押すと消える右鼠径部のふくらみ―家族に伝えるべきは「戻るかどうか」
第108回医師国家試験 I問題 第48問
国試問題にチャレンジ
2か月の男児。右下腹部の膨らみを主訴に母親に連れられて来院した。全身状態は良好であり,機嫌もよい。膨らみを触れても痛がる様子はない。強く押すと消失するが離すとまた膨らむ。下腹部の写真を別に示す。 母親への説明として適切なのはどれか。

- a.「緊急手術が必要です」
- b.「膨れた時には浣腸してください」
- c.「いつもより哺乳量を減らしてください」
- d.「時々押して平らになることを確認してください」
- e.「できるだけ泣かさないように注意してください」
対話形式の解説
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ドクターまとめ
乳児の鼠径部に押すと消えて離すと再び膨らむ還納性の膨隆があれば、腹膜鞘状突起の開存による外鼠径ヘルニアを考えます。押しても消えず透光性陽性の陰嚢水腫、陰嚢内に精巣を触れない停留精巣、発赤や圧痛を伴うリンパ節炎とは、診察で区別できます。痛みがなく容易に還納できれば嵌頓はしておらず、緊急手術ではなく高位結紮術やLPEC法による待機的手術を計画します。乳児は嵌頓を起こしやすいため、保護者には膨らみが押して戻ることを時々確認してもらい、戻らない・硬い・痛がる・嘔吐するといった変化があればすぐ受診するよう指導します。浣腸や哺乳制限、泣かせない工夫には根拠がなく、病態に基づいた具体的な家庭観察の指導こそが合併症を防ぐ鍵となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・生後2か月の男児。右下腹部(鼠径部)の膨らみを主訴に来院した。 ・全身状態は良好で機嫌もよく、膨らみに触れても痛がらない。 ・膨らみは強く押すと消失し、手を離すと再び膨らむ(還納性である)。 ・写真では右鼠径部に膨隆がみられる。
診断へのプロセス
乳児の鼠径部の腫瘤としては、鼠径ヘルニア、陰嚢水腫・精索水腫、停留精巣・移動性精巣、鼠径リンパ節炎などが鑑別に挙がる。 ・押すと腹腔内へ戻って消え、離すとまた出てくる還納性の膨隆は、腹腔内容(主に腸管、女児では卵巣)が鼠径管へ脱出する鼠径ヘルニアに特徴的である。 ・陰嚢水腫・精索水腫は押しても通常は消えず、ペンライトで光を当てると透けて見える(透光性陽性)。 ・停留精巣・移動性精巣であれば、膨隆は精巣程度の大きさで、同側の陰嚢内に精巣を触れない。 ・鼠径リンパ節炎では発赤・熱感・圧痛を伴い、機嫌も悪くなる。 以上から、右外鼠径ヘルニアと診断できる。小児の鼠径ヘルニアのほとんどは外鼠径ヘルニアで、胎生期に精巣が陰嚢へ下降する際にできる腹膜の袋(腹膜鞘状突起)が閉じずに残ることで生じる。
設問の考え方
母親への説明で最も重要なのは、嵌頓(かんとん:脱出した腸管が戻らなくなり、締めつけられて血流障害を起こす状態)が起こっていないかを家庭で見分けられるようにすることである。本例は痛みがなく容易に還納できるため嵌頓はしておらず、緊急手術は不要である。一方、乳児、特に1歳未満は嵌頓を起こしやすいため、放置せず早めに待機的(予定)手術を計画する。手術までの間は、膨らみが押して戻ることを保護者に確認してもらい、戻らない、硬くなる、痛がって泣きやまない、嘔吐するといった変化があれば嵌頓を疑ってすぐに受診するよう指導する。
選択肢考察
- ×a. 「緊急手術が必要です」
緊急手術が必要となるのは、用手整復ができない嵌頓ヘルニアや、腸管の血流障害(絞扼)が疑われる場合である。本例は全身状態が良好で痛みがなく、押すと容易に還納できるため嵌頓していない。治療は待機的な手術(腹膜鞘状突起の高位結紮術、近年は腹腔鏡下手術も普及)を予定すればよい。ただし乳児は嵌頓の危険が高いため、自然閉鎖を長く待たず、診断がつけば比較的早期に手術を計画するのが一般的である。
- ×b. 「膨れた時には浣腸してください」
鼠径部の膨隆は腹腔内容が鼠径管へ脱出したものであり、便秘やガスの貯留による腹部膨満ではない。浣腸をしてもヘルニアは戻らず、治療的意義はない。むしろ浣腸でいきませることは腹圧を上げ、ヘルニアの脱出を助長しうる。
- ×c. 「いつもより哺乳量を減らしてください」
鼠径ヘルニアは腹膜鞘状突起の開存という解剖学的な異常によるもので、哺乳量とは関係がない。生後2か月の乳児で哺乳量を制限すると、体重増加不良や脱水を招くおそれがあり不適切である。
- ○d. 「時々押して平らになることを確認してください」
膨らみを押して平らに戻る(還納できる)ことは、嵌頓していないことの確認になる。手術までの待機期間に保護者自身が還納性を確かめておくことで、押しても戻らない、硬く張っている、痛がる・不機嫌で泣きやまない、嘔吐する、局所が赤く変色するといった嵌頓の徴候にいち早く気付き、速やかに受診できる。家庭での観察方法として適切な説明である。
- ×e. 「できるだけ泣かさないように注意してください」
啼泣やいきみで腹圧が上がると膨隆は目立ちやすくなるが、泣くこと自体が嵌頓の原因となるわけではなく、泣かさないようにしてもヘルニアが治ることはない。そもそも2か月の乳児を泣かせないようにするのは不可能であり、保護者に過度の負担と不安を与えるだけで、適切な説明とはいえない。
小児鼠径ヘルニアの概要
・発生機序:精巣下降(女児では子宮円索に沿う腹膜)に伴って形成される腹膜鞘状突起(女児ではNuck管)が出生後も閉鎖せずに残り、そこへ腸管や大網、女児では卵巣が脱出する。したがって小児ではほぼすべてが外鼠径ヘルニア(間接ヘルニア)である。 ・頻度:小児外科で最も多い手術対象疾患の一つ。男児に多く、右側に多い(右精巣の下降が遅いことなどが理由とされる)。低出生体重児・早産児ではさらに頻度が高い。 ・症状:啼泣・排便時など腹圧上昇時に鼠径部から陰嚢(女児では大陰唇)にかけて膨隆し、安静時や仰臥位で消失する。
嵌頓ヘルニア
脱出した内容が戻らなくなった状態で、乳児期(特に生後6か月未満)に起こりやすい。症状は、硬く圧痛のある膨隆、激しい啼泣・不機嫌、嘔吐、腹部膨満で、時間が経つと腸管の血流障害(絞扼)による壊死や、精巣への血流障害を起こしうる。多くは用手整復が可能で、整復後に浮腫が引いてから待機的に手術を行う。整復できない場合や絞扼が疑われる場合は緊急手術となる。女児で卵巣が脱出して還納できない場合(卵巣滑脱)は卵巣捻転のリスクがあり、早期手術を検討する。
治療
自然治癒は乳児期早期の一部を除いてあまり期待できず、嵌頓の危険もあるため、診断されれば待機的に手術を行うのが原則である。手術は腹膜鞘状突起を内鼠径輪の高さで結紮・切離する高位結紮術(Potts法)が標準で、腹腔鏡下経皮的腹膜鞘状突起閉鎖術(LPEC法)も広く行われている。成人のようなメッシュによる後壁補強は通常不要である。
鑑別疾患
・陰嚢水腫・精索水腫:鞘状突起内に液体が貯留したもの。押しても消えず、透光性陽性。多くは1~2歳ごろまでに自然消失する。 ・停留精巣・移動性精巣:陰嚢内に精巣を触れない。 ・鼠径リンパ節炎:発赤・熱感・圧痛、発熱を伴う。
POINT
・乳児の鼠径部の還納性膨隆(押すと消え、離すと出る)→外鼠径ヘルニア(腹膜鞘状突起の開存)。 ・還納でき痛みがない=嵌頓なし→緊急手術は不要で待機的手術を計画する。 ・乳児は嵌頓しやすいので、保護者には還納性を確認させ、戻らない・硬い・痛がる・嘔吐する場合はすぐ受診するよう指導する。 ・陰嚢水腫は透光性陽性で押しても消えない点で鑑別する。 ・小児鼠径ヘルニアの標準術式は高位結紮術(Potts法)、LPEC法も普及。
