指先が語る酸素不足―Fontan術後のばち指から読み解く赤血球の代償
第108回医師国家試験 I問題 第46問
国試問題にチャレンジ
26歳の男性。会社の定期健康診断を受診した。三尖弁閉鎖症で幼児期にFontan手術を受けているとのことである。胸部正中に手術痕を認める。手指の写真を別に示す。 予想される所見はどれか。

- a.徐脈
- b.低体温
- c.高身長
- d.高血圧
- e.高ヘモグロビン血症
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
ばち指は指先の軟部組織が増殖して爪が時計皿状に弯曲した状態で、慢性的な低酸素血症の存在を示唆する重要な身体所見です。三尖弁閉鎖症はチアノーゼ性先天性心疾患であり、Fontan手術後もフェネストレーションや静脈-静脈側副血行路、肺動静脈瘻を介した右左短絡により軽度の低酸素血症が残ることが少なくありません。慢性低酸素は腎臓からのエリスロポエチン分泌を増やして二次性赤血球増加症を起こすため、高ヘモグロビン血症やヘマトクリット上昇が予想されます。一方、低酸素ではむしろ頻脈傾向となり、チアノーゼ性心疾患では高身長より成長障害が目立ち、Fontan循環で高血圧は典型的ではありません。身体所見から病態を推定し、その代償反応まで予測する考え方は、増え続ける成人先天性心疾患患者の診療にも直結します。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・26歳男性、定期健康診断で受診し、自覚症状の訴えはない。 ・三尖弁閉鎖症に対し、幼児期にFontan(フォンタン)手術を受けている。胸部正中に手術創がある。 ・手指の写真では、指先が太鼓のばちのように丸く膨らみ、爪が円く弯曲している。爪甲と後爪郭(爪の根元の皮膚)のなす角が180°を超えており、ばち指(clubbing)と判断できる。
診断へのプロセス
三尖弁閉鎖症は、右房から右室への出口が閉じているチアノーゼ性先天性心疾患である。右房に戻った静脈血は心房間交通(卵円孔や心房中隔欠損)を通って左房へ流れ、肺静脈から戻った酸素化血と混ざって体循環へ送り出されるため、生まれつき動脈血の酸素飽和度が低い。 Fontan手術は、上下大静脈の血液を心室を介さずに直接肺動脈へ流す手術であり、静脈血と動脈血の混合を解消して理論上はチアノーゼをなくすことを目指す。しかし実際には、手術前に長期間続いた低酸素状態の名残に加え、術後も次のような機序で軽度の動脈血酸素飽和度の低下が残ることが多い。 ・フェネストレーション(静脈圧を逃がす目的で導管と心房の間に開けた小孔)を通る右左短絡 ・体静脈から肺静脈系・心房へ抜ける静脈-静脈側副血行路の発達 ・肺動静脈瘻(肺内の動静脈シャント)の形成 本例でばち指がみられることは、慢性的な低酸素血症(チアノーゼ)が存在する、あるいは長く存在したことを示している。
設問の考え方
慢性の低酸素血症があると、腎臓でエリスロポエチン(赤血球産生を促すホルモン)の分泌が増え、骨髄での赤血球産生が亢進する。これは酸素運搬能を補うための代償反応であり、赤血球数・ヘモグロビン濃度・ヘマトクリット値が上昇する(二次性赤血球増加症)。したがって、ばち指を伴うチアノーゼ性心疾患の術後患者で予想される所見は高ヘモグロビン血症である。
選択肢考察
- ×a. 徐脈
ばち指や慢性低酸素血症から予想される所見ではない。低酸素血症では、むしろ交感神経の緊張により頻脈傾向となる。なおFontan術後の遠隔期には、手術操作による洞結節の障害から洞機能不全(徐脈性不整脈)や心房頻拍が合併することがあるが、それは本問の手指所見から推定できる事項ではなく、健康診断で一般的に予想される所見ともいえない。
- ×b. 低体温
低体温は寒冷曝露、甲状腺機能低下症、低栄養、敗血症などでみられる所見であり、三尖弁閉鎖症やFontan術後、ばち指との関連はない。
- ×c. 高身長
やせ型の高身長と心血管病変(大動脈拡張、僧帽弁逸脱など)を合わせもつ疾患としてはMarfan症候群が代表的であるが、本例とは関係がない。チアノーゼ性心疾患では、慢性低酸素や心不全の影響でむしろ成長障害(低身長・低体重)をきたしやすい。
- ×d. 高血圧
三尖弁閉鎖症やFontan術後に高血圧が典型的に生じるわけではない。Fontan循環では心室が1つしか機能せず、肺への血流を静脈圧のみに頼るため、心拍出量は低めになりやすい。高血圧は大動脈縮窄症などでは重要な所見だが、ばち指から予想されるものではない。
- ○e. 高ヘモグロビン血症
ばち指は慢性低酸素血症(チアノーゼ)の存在を示唆する。低酸素が続くと腎臓からのエリスロポエチン分泌が増加して赤血球産生が促され、ヘモグロビン濃度とヘマトクリット値が上昇する(二次性赤血球増加症)。三尖弁閉鎖症はチアノーゼ性心疾患であり、Fontan術後もフェネストレーションや側副血行路などを介した右左短絡により軽度の低酸素血症が残ることが多いため、高ヘモグロビン血症が予想される。
ばち指(clubbing)
指趾末端の軟部組織が増殖して太鼓のばち状に膨らみ、爪が時計皿状に弯曲した状態である。爪甲と後爪郭のなす角(Lovibond角)が正常では約160°であるのに対し、ばち指では180°以上となる。左右の同じ指の爪同士を背側で合わせたときに、正常なら爪の付け根にみられるひし形の隙間が消失する所見(Schamroth徴候)も簡便な診察法である。 機序は完全には解明されていないが、右左短絡などで肺の毛細血管床を通過しなかった巨核球・血小板塊が指先の末梢血管に捕捉され、血小板由来増殖因子(PDGF)や血管内皮増殖因子(VEGF)を放出して組織増殖を起こすという説が有力である。
ばち指をきたす主な疾患
・心疾患:チアノーゼ性先天性心疾患(Fallot四徴症、三尖弁閉鎖症、完全大血管転位症など、Eisenmenger症候群を含む)、感染性心内膜炎 ・肺疾患:肺癌、間質性肺炎・特発性肺線維症、気管支拡張症、肺膿瘍・膿胸、嚢胞性線維症、肺動静脈瘻 ・消化器疾患:肝硬変、炎症性腸疾患(Crohn病、潰瘍性大腸炎) ※慢性閉塞性肺疾患(COPD)単独ではばち指は起こりにくく、COPD患者にばち指があれば肺癌などの合併を疑う。
チアノーゼ性心疾患でみられる主な所見
・中心性チアノーゼ、ばち指 ・二次性赤血球増加症(高ヘモグロビン血症、ヘマトクリット上昇)とそれに伴う過粘稠症候群(頭痛、めまいなど) ・赤血球増加に伴う高尿酸血症、胆石(ビリルビン結石) ・右左短絡による奇異性塞栓(脳塞栓)や脳膿瘍 ・成長障害
三尖弁閉鎖症とFontan手術
三尖弁閉鎖症では右室が低形成で、心房間交通が生存に必須である。肺血流量が少ない型ではチアノーゼが強い。治療は段階的に行い、まず体肺動脈短絡術(Blalock-Taussig短絡術)や両方向性Glenn手術(上大静脈-肺動脈吻合)を経て、最終的にFontan手術(現在は下大静脈血も人工導管などで肺動脈へつなぐTCPC:total cavopulmonary connectionが主流)を行う。 Fontan循環は心室による肺への駆出がないため、中心静脈圧が慢性的に高い。遠隔期合併症として、不整脈(洞機能不全、心房頻拍)、血栓塞栓症、蛋白漏出性胃腸症、鋳型気管支炎、肝線維化・肝硬変(Fontan関連肝疾患)、心不全、残存チアノーゼなどが知られる。
POINT
・ばち指=慢性低酸素血症(チアノーゼ)の存在を示唆する所見。 ・慢性低酸素→エリスロポエチン増加→二次性赤血球増加症(高ヘモグロビン血症、ヘマトクリット上昇)。 ・三尖弁閉鎖症はチアノーゼ性先天性心疾患であり、Fontan手術後もフェネストレーションや側副血行路による右左短絡で軽度のチアノーゼが残りうる。 ・ばち指の原因:チアノーゼ性心疾患、感染性心内膜炎、肺癌、間質性肺炎、気管支拡張症、肝硬変、炎症性腸疾患。
