子宮の「内側」に触れたかどうか―脱落膜の欠損と癒着胎盤をつなぐ手術歴
第108回医師国家試験 I問題 第34問
国試問題にチャレンジ
脱落膜の欠損をきたす可能性がある手術はどれか。2つ選べ。
- a.帝王切開術
- b.卵管結紮術
- c.子宮頸管縫縮術
- d.子宮内容除去術
- e.卵巣嚢腫摘出術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
脱落膜はプロゲステロンの作用で肥大・分化した妊娠時の子宮内膜で、胚への栄養供給とともに、絨毛の筋層への過度な侵入を防ぐ緩衝帯として働きます。脱落膜の欠損を生じうるのは、子宮内腔に直接操作が及ぶ帝王切開術と子宮内容除去術であり、卵管結紮術・子宮頸管縫縮術・卵巣嚢腫摘出術は子宮内腔に触れないため影響しません。脱落膜が欠損した部位に胎盤が付着すると、絨毛が筋層へ直接侵入する癒着胎盤が生じやすく、既往帝王切開と前置胎盤の合併は特に高リスクで、過度の掻爬はAsherman症候群の原因にもなります。「子宮内腔に触れたか」という視点で手術歴を評価することは、妊婦健診でのリスク評価と分娩時の大量出血への備えに直結します。
解答・解説
正解はa, dです
脱落膜とは
脱落膜は、妊娠の成立に伴って変化した子宮内膜である。排卵後の黄体、妊娠成立後は妊娠黄体(のちに胎盤)から分泌されるプロゲステロンの作用で、子宮内膜機能層の間質細胞がグリコーゲンや脂質をため込んで大型化(脱落膜化)し、内膜全体が厚く肥大する。脱落膜は着床した胚に栄養を与える場であると同時に、絨毛(胎盤の組織)が子宮筋層へ過度に侵入しないよう食い止める「緩衝帯」の役割をもつ。
設問の考え方
脱落膜は子宮内腔を覆う組織であるから、それが欠損する原因となるのは、子宮の内腔側に器械や手指が直接到達し、内膜を剥がしたり掻き取ったり、切開・縫合したりする手術である。したがって、各術式が「子宮内腔に操作が及ぶかどうか」で判断すればよい。子宮内腔を開放して胎盤を剥離・娩出し子宮壁を切開・縫合する帝王切開術と、キュレット(鋭匙)や吸引管で内腔を掻爬する子宮内容除去術がこれに当たる。卵管・子宮頸部の外側・卵巣の手術は子宮内腔に触れないため、脱落膜には影響しない。
臨床的な意義
脱落膜(その基となる子宮内膜)が欠損した部位に次の妊娠で胎盤が付着すると、絨毛が直接子宮筋層に付着・侵入し、癒着胎盤(placenta accreta spectrum)を生じやすくなる。本問はこの危険因子の理解を問うものである。
選択肢考察
- ○a. 帝王切開術
子宮筋層を切開して子宮内腔を開放し、児を娩出したのち胎盤を子宮壁から剥がして娩出させる。胎盤の剥離は脱落膜の層で起こるうえ、切開創部では内膜・脱落膜が断裂し、縫合によって瘢痕となる。このため脱落膜の欠損を生じうる。既往帝王切開は、次回妊娠での前置胎盤や癒着胎盤(特に子宮切開瘢痕部への付着)の代表的な危険因子である。
- ×b. 卵管結紮術
避妊を目的に両側の卵管を結紮・切断する手術である。開腹・腹腔鏡下、あるいは帝王切開時に併せて行われるが、操作の対象は子宮外にある卵管であり、子宮内腔には器具が入らない。したがって脱落膜の欠損はきたさない。
- ×c. 子宮頸管縫縮術
子宮頸管無力症(頸管の早期開大による流早産)の予防・治療として、腟側から子宮頸部に糸をかけて頸管を締める手術である(Shirodkar法、McDonald法など)。糸は頸部組織にかけるもので、子宮体部の内腔(脱落膜のある部位)には操作が及ばない。したがって脱落膜の欠損はきたさない。
- ○d. 子宮内容除去術
流産(稽留流産・不全流産など)、人工妊娠中絶、胞状奇胎、分娩後の胎盤遺残などで、子宮内に残った妊娠組織を除去する手術である。頸管を拡張したうえで胎盤鉗子、キュレット、吸引管を子宮内腔に挿入して内容を掻き出すため、脱落膜や基底層を含む子宮内膜を損傷しうる。過度の掻爬は子宮内腔の癒着(Asherman症候群)や次回妊娠での癒着胎盤の原因となる。
- ×e. 卵巣嚢腫摘出術
卵巣にできた嚢腫(皮様嚢腫、子宮内膜症性嚢胞など)を、卵巣の正常部分を残して摘出する手術である。開腹または腹腔鏡下で卵巣に対して行う操作であり、子宮内腔には触れない。したがって脱落膜の欠損はきたさない。
脱落膜の区分
脱落膜は胎嚢との位置関係で3つに分けられる。胎嚢の子宮壁側で胎盤の母体側となる基底脱落膜、胎嚢の子宮内腔側を覆う被包脱落膜、それ以外の子宮内腔を覆う壁側(真)脱落膜である。胎盤は基底脱落膜と絨毛膜有毛部から形成され、分娩後の胎盤剥離は脱落膜の海綿層で起こる。
癒着胎盤(placenta accreta spectrum)
脱落膜(特に基底脱落膜)の形成が不十分または欠損していると、絨毛が子宮筋層に直接付着・侵入する。侵入の深さにより、筋層表面に付着する楔入胎盤(accreta)、筋層内に侵入する嵌入胎盤(increta)、筋層を貫いて漿膜や周囲臓器に達する穿通胎盤(percreta)に分類される。分娩後に胎盤が自然に剥がれず、無理に剥がすと大量出血をきたし、子宮摘出が必要になることも多い。 主な危険因子:既往帝王切開(回数が増えるほどリスク上昇)、前置胎盤(特に既往帝王切開との合併)、子宮内容除去術(掻爬)の既往、子宮筋腫核出術などの子宮手術歴、子宮内膜炎、Asherman症候群、高年妊娠、多産、体外受精などの生殖補助医療。
Asherman症候群
過度の子宮内膜掻爬などで内膜の基底層が損傷され、子宮内腔に癒着が生じた状態である。月経量の減少・無月経、不妊、反復流産の原因となる。
POINT
・脱落膜はプロゲステロンの作用で肥大・分化した妊娠時の子宮内膜である。 ・脱落膜の欠損は、子宮内腔に直接操作が及ぶ手術(帝王切開術、子宮内容除去術=掻爬)で生じうる。 ・卵管、子宮頸部、卵巣など子宮内腔以外への手術は脱落膜に影響しない。 ・脱落膜の欠損は次回妊娠での癒着胎盤の危険因子となる(既往帝王切開、掻爬既往)。
