StudyMed医師国家試験

覚えられているなら認知症らしくない―高齢者の抑うつで「記銘力」が持つ意味

第108回医師国家試験 H問題 第8問

国試問題にチャレンジ

第108回 H問題 第8問

抑うつ状態を示す高齢者について,うつ病と認知症との鑑別に有用な情報はどれか。

  1. a.病識がない。
  2. b.日内変動がない。
  3. c.早朝覚醒がある。
  4. d.記銘力が保たれている。
  5. e.頭部単純CTで梗塞巣がある。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、抑うつ状態の高齢者でうつ病と認知症をどう見分けるかを問う問題だ。両者は症状が大きく重なるから、「一方には当てはまるけれど、もう一方にはほとんど当てはまらない所見はどれか」という視点で選択肢を見ていくのがポイントだよ。
医学生医学生
精神科の講義で「仮性認知症」という言葉を習いました。うつ病なのに認知症のように見える状態でしたよね。
ドクタードクター
そう、うつ病性仮性認知症だ。うつ病では思考抑制、つまり考えがまとまらず頭が働かない状態や、意欲・集中力の低下のために、見かけ上もの覚えが悪くなることがある。逆に、アルツハイマー型や血管性、レビー小体型の認知症では、初期から抑うつ気分や意欲低下が出ることも珍しくない。
医学生医学生
お互いに相手の症状をまねするわけですね。それだと鑑別はかなり難しそうです。
ドクタードクター
しかも高齢期のうつ病が後に認知症へ移行したり、両者が併存したりすることもある。だからこそ「どちらでも起こりうる所見」は決め手にならない。まず早朝覚醒はどう考える?
医学生医学生
早朝覚醒はうつ病に典型的な睡眠障害だと習ったので、うつ病を示す有用な情報だと思いました。
ドクタードクター
若い人ならそう言いやすいけれど、ここは高齢者という点が大事なんだ。加齢で深い睡眠が減り、睡眠相が前に進むので、病気がなくても早朝に目が覚めやすい。認知症でも概日リズムが乱れて、明け方から起き出して活動することがある。高齢者では広くみられるから、鑑別の決め手にはならない。
医学生医学生
日内変動はどうでしょう。うつ病は朝に調子が悪くて夕方に楽になる、と国試の勉強で覚えました。
ドクタードクター
そういう日内変動がみられることはあるけれど、すべてのうつ病に出るわけではない。だから「日内変動がない」からといってうつ病は否定できない。それに認知症でも、夕方から混乱や落ち着きのなさが強まる夕暮れ症候群がある。「ない」という所見はどちらでもありうるから、役に立たないんだ。
医学生医学生
病識がない、というのは認知症らしい気がします。物忘れ外来の見学で、ご家族は困っているのに本人は「何も問題ない」と話していました。
ドクタードクター
いい観察だね。一般的な傾向として、仮性認知症では本人が物忘れを強く訴え、認知症では自覚が乏しく取り繕うことが多い。ただ、重症のうつ病では貧困妄想・罪業妄想・心気妄想といった微小妄想に支配されて、病気だという認識を失うことがある。逆に初期の認知症では物忘れを自覚して不安になる人もいる。傾向はあっても単独では決め手にならないんだ。
医学生医学生
CTの梗塞巣は、血管性認知症を示す所見ではないんですか。
ドクタードクター
梗塞は血管性認知症の原因になる一方で、脳卒中後うつ病や、基底核や白質の小梗塞を背景にした血管性うつ病の原因にもなる。そのうえ高齢者では、症状のないラクナ梗塞が偶然見つかることも多い。どちらにも合併しうるから、それだけでは区別できない。
医学生医学生
そうなると残るのは記銘力が保たれている、ですね。認知症の中核は記憶障害なので、記銘力が保たれていれば認知症らしくない、ということでしょうか。
ドクタードクター
その通り、それが正解だ。高齢者で最も多いアルツハイマー型認知症では、新しいことを覚えて保持する力、つまり記銘力や近時記憶の障害が初期から中心になる。客観的な検査で記銘力が保たれていれば認知症の可能性は大きく下がり、抑うつはうつ病によるものと考えやすくなる。
医学生医学生
でも、うつ病でも仮性認知症で記銘力が落ちるなら、「低下している」から認知症とは言えないですよね。
ドクタードクター
鋭いね。うつ病での記銘力低下は思考抑制や集中力低下によるもので、治療でうつ病がよくなれば回復しうる。だから「低下している」は認知症の断定には使えないけれど、「保たれている」は認知症を否定する方向に強く働く。この非対称性が今回の核心だ。なお前頭側頭型認知症のように、初期に記憶が比較的保たれる病型もあることは頭の片隅に置いておこう。
医学生医学生
ほかに、診察で仮性認知症を見分けるコツはありますか。
ドクタードクター
目安としては、仮性認知症は発症が比較的急で時期を特定しやすく、質問には「わからない」と答えがちで、検査ごとの成績のばらつきが大きい。認知症は緩徐に始まり、作話や的外れな答えでごまかすことが多く、近時記憶の障害が一貫している。ただし、どれも傾向であって一項目だけで断定はできない。
医学生医学生
高齢者のうつ病は、気分の落ち込みより体の不調の訴えが前に出ることもあるんでしたね。
ドクタードクター
そうなんだ。頭痛や便秘、倦怠感などの心気的な訴えや、不安・焦燥が目立つことが多い。また認知症の行動・心理症状としてのアパシーは、悲哀感や罪責感を伴わない点でうつ病の抑うつ気分と区別される。そして高齢期のうつ病は将来の認知症の危険因子でもあるから、うつ病と診断して治療がうまくいった後も、認知機能の経過を追うことが大切だよ。

まとめ

高齢者の抑うつ状態では、うつ病による仮性認知症と、抑うつを伴う認知症との鑑別が重要になります。アルツハイマー型認知症では記銘力(近時記憶)障害が中核症状であるため、記銘力が保たれていれば認知症は考えにくく、うつ病を考えやすくなります。一方、早朝覚醒は加齢でも起こり、日内変動がないことはうつ病を否定せず、病識の欠如は重症うつ病の微小妄想でも生じ、CT上の梗塞巣は血管性認知症にも血管性うつ病にも関わるため、いずれも単独では決め手になりません。うつ病でも記銘力は一時的に低下しうるものの治療で回復しうること、高齢期のうつ病自体が認知症の危険因子であることも押さえておきましょう。「両者で出現頻度に差がある所見はどれか」と考える姿勢は、治療可能なうつ病を見逃さないための臨床の基本です。

解答・解説

正解はdです

高齢者の抑うつ状態では、うつ病と認知症の区別がしばしば難しい。うつ病では思考の抑制(考えがまとまらず頭が働かない状態)や意欲・集中力の低下によって、見かけ上の認知機能低下が生じることがある。これを「うつ病性仮性認知症」とよぶ。反対に、認知症、特にアルツハイマー型認知症や血管性認知症、レビー小体型認知症では、初期から抑うつ気分や意欲低下(アパシー)が現れることがまれではない。さらに、高齢期のうつ病が後に認知症へ移行する例や、両者が併存する例もある。 このように症状が重なるため、鑑別に役立つのは「一方には当てはまるが、他方にはほとんど当てはまらない」所見である。認知症は、いったん獲得した認知機能が持続的に低下して生活に支障をきたす状態であり、高齢者で頻度の高いアルツハイマー型認知症では近時記憶(新しいことを覚えて保持する力、記銘力)の障害が中核症状となる。したがって、客観的な検査で記銘力が保たれていることが確認できれば、認知症の可能性は低くなり、抑うつ状態はうつ病によるものと考えやすくなる。 一方、睡眠障害、病識の乏しさ、画像上の小梗塞などは両疾患で共通してみられうるため、単独では決め手にならない。「その所見が両者で出現頻度に明確な差があるか」という観点で各選択肢を検討するのが本問の考え方である。

選択肢考察

  1. ×a.  病識がない。

    一般的な傾向として、うつ病性仮性認知症では本人が物忘れや能力低下を強く訴え、認知症では自覚が乏しく取り繕うことが多いとされる。しかし、重症のうつ病では微小妄想(貧困妄想・罪業妄想・心気妄想)に支配され、自分が病気であるという認識を失うことがある。逆に、認知症でも初期には物忘れを自覚して不安や抑うつを訴える例がある。病識の欠如はどちらでも起こりうるため、単独で両者を区別する情報としての有用性は低い。

  2. ×b.  日内変動がない。

    うつ病では、朝方に抑うつ気分や意欲低下が最も強く、夕方にかけて軽くなる日内変動がみられることがある。ただし、日内変動はすべてのうつ病患者に出現するわけではないため、「日内変動がない」ことからうつ病を否定することはできない。認知症でも、夕方から夜にかけて落ち着きがなくなり混乱が強まる夕暮れ症候群(日没症候群)がみられることがある。所見が「ない」ことは、どちらの疾患でも起こりうるため鑑別には役立たない。

  3. ×c.  早朝覚醒がある。

    早朝覚醒(予定より早く目が覚め、その後眠れない状態)は、うつ病の特徴的な睡眠障害として知られている。ただし、高齢者では加齢に伴う睡眠構造の変化(深い睡眠の減少や睡眠相の前進)によって、疾患がなくても早朝に目覚めやすい。認知症でも概日リズムの障害から睡眠覚醒パターンが乱れ、明け方に目覚めて活動を始めることがある。高齢者ではうつ病に限らず広くみられるため、鑑別の決め手にはならない。

  4. ○d.  記銘力が保たれている。

    認知症、特に高齢者で最も多いアルツハイマー型認知症では、記銘力障害(近時記憶障害)が初期から中心となる症状である。したがって、客観的な検査で記銘力が保たれていれば、認知症の可能性は大きく下がり、抑うつ状態の原因としてうつ病が考えやすくなる。なお、うつ病でも思考抑制や注意・集中力の低下により記銘力が一時的に低下することがある(仮性認知症)。この低下は抗うつ薬などによってうつ病が改善すれば回復しうるため、記銘力低下があるからといって認知症と断定はできない。しかし「保たれている」という情報は、認知症を否定する方向に強く働くため、鑑別に有用である。

  5. ×e.  頭部単純CTで梗塞巣がある。

    脳梗塞は血管性認知症の原因となる一方、脳血管障害後のうつ病や、基底核・白質の小梗塞を背景とする血管性うつ病(vascular depression)の原因にもなる。また、高齢者では症状を伴わない無症候性の小梗塞(ラクナ梗塞)が画像検査で偶然見つかることも多い。梗塞巣はうつ病・認知症のどちらの危険因子にもなり、どちらにも合併しうるため、その存在だけで両者を区別することはできない。

うつ病性仮性認知症と認知症(アルツハイマー型)の比較の目安

発症: 仮性認知症は比較的急で時期が特定しやすい。認知症は緩徐で発症時期がはっきりしない。 経過: 仮性認知症は進行が速いが、治療で改善しうる。認知症は徐々に進行する。 自覚・訴え: 仮性認知症では物忘れを強く訴え、能力低下を誇張しがちである。認知症では自覚が乏しく、失敗を取り繕ったりごまかしたりする。 質問への応答: 仮性認知症では「わからない」と答えることが多い。認知症では作話や的外れな答えがみられる。 気分: 仮性認知症では抑うつ気分が先行する。認知症では抑うつが目立たないことも多い。 記憶障害: 仮性認知症では記憶障害が一定せず、検査ごとの成績の差が大きい。認知症では近時記憶の障害が一貫してみられる。 治療反応: 仮性認知症は抗うつ薬で改善しうる。 これらはあくまで傾向であり、個々の項目だけで断定はできない。

高齢者のうつ病の特徴

高齢者のうつ病では、抑うつ気分の訴えが目立たず、頭痛・便秘・倦怠感などの身体的な訴え(心気的訴え)や不安・焦燥が前面に出やすい。微小妄想(貧困・罪業・心気妄想)を伴うこともある。また、高齢期のうつ病は将来の認知症発症の危険因子でもあり、認知症の前駆症状として抑うつが現れる場合もある。そのため、うつ病と診断した後も認知機能の経過観察が必要である。

認知症でみられる抑うつ・アパシー

認知症の行動・心理症状(BPSD)として抑うつやアパシー(意欲・関心の低下)が出現する。アパシーは悲哀感や罪責感を伴わない点で、うつ病の抑うつ気分と区別される。

POINT

・高齢者の抑うつ状態では、うつ病性仮性認知症と認知症の鑑別が重要である。 ・アルツハイマー型認知症では記銘力(近時記憶)障害が中核症状であり、記銘力が保たれていれば認知症は考えにくい。 ・うつ病でも記銘力は一時的に低下しうるが、治療で改善する(仮性認知症)。 ・病識の欠如、日内変動の有無、早朝覚醒、CT上の梗塞巣は両疾患に共通してみられうるため、単独では鑑別の決め手にならない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。