覚えられているなら認知症らしくない―高齢者の抑うつで「記銘力」が持つ意味
第108回医師国家試験 H問題 第8問
国試問題にチャレンジ
抑うつ状態を示す高齢者について,うつ病と認知症との鑑別に有用な情報はどれか。
- a.病識がない。
- b.日内変動がない。
- c.早朝覚醒がある。
- d.記銘力が保たれている。
- e.頭部単純CTで梗塞巣がある。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
高齢者の抑うつ状態では、うつ病による仮性認知症と、抑うつを伴う認知症との鑑別が重要になります。アルツハイマー型認知症では記銘力(近時記憶)障害が中核症状であるため、記銘力が保たれていれば認知症は考えにくく、うつ病を考えやすくなります。一方、早朝覚醒は加齢でも起こり、日内変動がないことはうつ病を否定せず、病識の欠如は重症うつ病の微小妄想でも生じ、CT上の梗塞巣は血管性認知症にも血管性うつ病にも関わるため、いずれも単独では決め手になりません。うつ病でも記銘力は一時的に低下しうるものの治療で回復しうること、高齢期のうつ病自体が認知症の危険因子であることも押さえておきましょう。「両者で出現頻度に差がある所見はどれか」と考える姿勢は、治療可能なうつ病を見逃さないための臨床の基本です。
解答・解説
正解はdです
高齢者の抑うつ状態では、うつ病と認知症の区別がしばしば難しい。うつ病では思考の抑制(考えがまとまらず頭が働かない状態)や意欲・集中力の低下によって、見かけ上の認知機能低下が生じることがある。これを「うつ病性仮性認知症」とよぶ。反対に、認知症、特にアルツハイマー型認知症や血管性認知症、レビー小体型認知症では、初期から抑うつ気分や意欲低下(アパシー)が現れることがまれではない。さらに、高齢期のうつ病が後に認知症へ移行する例や、両者が併存する例もある。 このように症状が重なるため、鑑別に役立つのは「一方には当てはまるが、他方にはほとんど当てはまらない」所見である。認知症は、いったん獲得した認知機能が持続的に低下して生活に支障をきたす状態であり、高齢者で頻度の高いアルツハイマー型認知症では近時記憶(新しいことを覚えて保持する力、記銘力)の障害が中核症状となる。したがって、客観的な検査で記銘力が保たれていることが確認できれば、認知症の可能性は低くなり、抑うつ状態はうつ病によるものと考えやすくなる。 一方、睡眠障害、病識の乏しさ、画像上の小梗塞などは両疾患で共通してみられうるため、単独では決め手にならない。「その所見が両者で出現頻度に明確な差があるか」という観点で各選択肢を検討するのが本問の考え方である。
選択肢考察
- ×a. 病識がない。
一般的な傾向として、うつ病性仮性認知症では本人が物忘れや能力低下を強く訴え、認知症では自覚が乏しく取り繕うことが多いとされる。しかし、重症のうつ病では微小妄想(貧困妄想・罪業妄想・心気妄想)に支配され、自分が病気であるという認識を失うことがある。逆に、認知症でも初期には物忘れを自覚して不安や抑うつを訴える例がある。病識の欠如はどちらでも起こりうるため、単独で両者を区別する情報としての有用性は低い。
- ×b. 日内変動がない。
うつ病では、朝方に抑うつ気分や意欲低下が最も強く、夕方にかけて軽くなる日内変動がみられることがある。ただし、日内変動はすべてのうつ病患者に出現するわけではないため、「日内変動がない」ことからうつ病を否定することはできない。認知症でも、夕方から夜にかけて落ち着きがなくなり混乱が強まる夕暮れ症候群(日没症候群)がみられることがある。所見が「ない」ことは、どちらの疾患でも起こりうるため鑑別には役立たない。
- ×c. 早朝覚醒がある。
早朝覚醒(予定より早く目が覚め、その後眠れない状態)は、うつ病の特徴的な睡眠障害として知られている。ただし、高齢者では加齢に伴う睡眠構造の変化(深い睡眠の減少や睡眠相の前進)によって、疾患がなくても早朝に目覚めやすい。認知症でも概日リズムの障害から睡眠覚醒パターンが乱れ、明け方に目覚めて活動を始めることがある。高齢者ではうつ病に限らず広くみられるため、鑑別の決め手にはならない。
- ○d. 記銘力が保たれている。
認知症、特に高齢者で最も多いアルツハイマー型認知症では、記銘力障害(近時記憶障害)が初期から中心となる症状である。したがって、客観的な検査で記銘力が保たれていれば、認知症の可能性は大きく下がり、抑うつ状態の原因としてうつ病が考えやすくなる。なお、うつ病でも思考抑制や注意・集中力の低下により記銘力が一時的に低下することがある(仮性認知症)。この低下は抗うつ薬などによってうつ病が改善すれば回復しうるため、記銘力低下があるからといって認知症と断定はできない。しかし「保たれている」という情報は、認知症を否定する方向に強く働くため、鑑別に有用である。
- ×e. 頭部単純CTで梗塞巣がある。
脳梗塞は血管性認知症の原因となる一方、脳血管障害後のうつ病や、基底核・白質の小梗塞を背景とする血管性うつ病(vascular depression)の原因にもなる。また、高齢者では症状を伴わない無症候性の小梗塞(ラクナ梗塞)が画像検査で偶然見つかることも多い。梗塞巣はうつ病・認知症のどちらの危険因子にもなり、どちらにも合併しうるため、その存在だけで両者を区別することはできない。
うつ病性仮性認知症と認知症(アルツハイマー型)の比較の目安
発症: 仮性認知症は比較的急で時期が特定しやすい。認知症は緩徐で発症時期がはっきりしない。 経過: 仮性認知症は進行が速いが、治療で改善しうる。認知症は徐々に進行する。 自覚・訴え: 仮性認知症では物忘れを強く訴え、能力低下を誇張しがちである。認知症では自覚が乏しく、失敗を取り繕ったりごまかしたりする。 質問への応答: 仮性認知症では「わからない」と答えることが多い。認知症では作話や的外れな答えがみられる。 気分: 仮性認知症では抑うつ気分が先行する。認知症では抑うつが目立たないことも多い。 記憶障害: 仮性認知症では記憶障害が一定せず、検査ごとの成績の差が大きい。認知症では近時記憶の障害が一貫してみられる。 治療反応: 仮性認知症は抗うつ薬で改善しうる。 これらはあくまで傾向であり、個々の項目だけで断定はできない。
高齢者のうつ病の特徴
高齢者のうつ病では、抑うつ気分の訴えが目立たず、頭痛・便秘・倦怠感などの身体的な訴え(心気的訴え)や不安・焦燥が前面に出やすい。微小妄想(貧困・罪業・心気妄想)を伴うこともある。また、高齢期のうつ病は将来の認知症発症の危険因子でもあり、認知症の前駆症状として抑うつが現れる場合もある。そのため、うつ病と診断した後も認知機能の経過観察が必要である。
認知症でみられる抑うつ・アパシー
認知症の行動・心理症状(BPSD)として抑うつやアパシー(意欲・関心の低下)が出現する。アパシーは悲哀感や罪責感を伴わない点で、うつ病の抑うつ気分と区別される。
POINT
・高齢者の抑うつ状態では、うつ病性仮性認知症と認知症の鑑別が重要である。 ・アルツハイマー型認知症では記銘力(近時記憶)障害が中核症状であり、記銘力が保たれていれば認知症は考えにくい。 ・うつ病でも記銘力は一時的に低下しうるが、治療で改善する(仮性認知症)。 ・病識の欠如、日内変動の有無、早朝覚醒、CT上の梗塞巣は両疾患に共通してみられうるため、単独では鑑別の決め手にならない。
