StudyMed医師国家試験

「手術当日」を読み落とすな―大腿骨転子部骨折術後の合併症を時間軸で整理する

第108回医師国家試験 G問題 第60問

国試問題にチャレンジ

第108回 G問題 第60問

89歳の女性。室内で転倒し動けなくなり搬入された。左大腿骨転子部骨折と診断され,翌日に骨接合術を受けた。術後の経過は順調である。10年前からAlzheimer型認知症で内服治療を受けている。  手術当日に起こりうる合併症はどれか。3つ選べ。

  1. a.褥瘡
  2. b.せん妄
  3. c.偽関節
  4. d.関節拘縮
  5. e.深部静脈血栓症

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、高齢者の大腿骨近位部骨折の術後合併症を問う問題だ。ただし最大のポイントは設問の「手術当日に」という一言。合併症を「いつ起こるか」という時間軸で分けられるかが試されている。どの合併症もこの骨折で起こりうるからこそ、時期で絞り込む必要があるんだ。
医学生医学生
選択肢はどれも大腿骨骨折の合併症として聞いたことがあるので、全部正しく見えてしまいました。
ドクタードクター
そう感じるのが自然だよ。だから「当日から起こりうるもの」と「数週〜数か月経って明らかになるもの」に分けてみよう。まずは背景の確認。大腿骨近位部骨折は、関節包の内側の頸部骨折と外側の転子部骨折に分かれる。今回は転子部骨折で、髄内釘などで骨接合術を受けている。
医学生医学生
骨粗鬆症のある高齢女性が転倒して起こる、典型的な骨折ですね。整形外科の臨床実習でも、毎週のように緊急入院がありました。
ドクタードクター
本当に多い骨折だね。では時間軸に沿って見ていこう。この方は高齢で、しかも長年のAlzheimer型認知症がある。手術当日に起こりやすい精神症状といえば何かな。
医学生医学生
せん妄です。認知症とせん妄は混同しやすいですが、せん妄は急に起こって日内変動がある意識障害でしたよね。
ドクタードクター
その通り。せん妄は注意障害や見当識障害、幻覚、興奮が急激に現れ、夜間に悪化しやすい。高齢と認知症は最大の準備因子で、そこに手術侵襲、麻酔、疼痛、入院による環境変化、睡眠障害が誘因として加わる。大腿骨近位部骨折の術後はせん妄が特に多く、術直後から数日以内に起こることが多いから、手術当日から十分起こりうる。
医学生医学生
褥瘡も当日からでいいんでしょうか。なんとなく何日も寝ていてできるイメージがあります。
ドクタードクター
そこは誤解しやすいところだね。褥瘡は持続的な圧迫で皮膚や皮下組織の血流が途絶えて壊死する病態で、強い圧迫が続けば数時間で生じうる。この方は痩せて皮膚が脆弱なうえ、認知症や痛みで自分から体位を変えにくい。受傷から手術までの臥床、術中の長時間の同一体位が重なるから、仙骨部や踵などの骨突出部に当日から発生しうるんだ。
医学生医学生
数時間でもできるんですね。看護実習で2時間ごとの体位変換をしていた意味がやっとわかりました。
ドクタードクター
そういうこと。次は深部静脈血栓症。なぜこの状況で起こりやすいか、説明できるかな。
医学生医学生
Virchowの三徴ですね。臥床による血流のうっ滞、手術による血管内皮の障害、手術侵襲による凝固能の亢進がそろっています。
ドクタードクター
完璧だ。股関節周囲の骨折手術は静脈血栓塞栓症の高リスク手術とされ、血栓は術中から術直後にかけて形成されうる。遊離すれば肺血栓塞栓症となり致死的なこともある。だから弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固薬で予防し、早期離床を進めるんだ。
医学生医学生
一方で偽関節は、骨がくっつかないまま動いてしまう状態ですよね。手術の日にわかるものではなさそうです。
ドクタードクター
その通り。偽関節は骨癒合の過程が止まり、異常可動性が残った状態で、通常は受傷後6〜9か月程度経っても癒合しないときに診断する。手術当日に起こることも判定することもできない。しかも転子部は血流豊富な海綿骨が多くて癒合しやすいから、偽関節は頸部骨折に比べてまれなんだ。
医学生医学生
頸部骨折は骨頭への血流が途絶えやすいので、偽関節や骨頭壊死が問題になり、人工骨頭置換術が選ばれやすいんでしたね。
ドクタードクター
よく整理できているね。最後の関節拘縮は、関節包や靭帯、筋が短縮・癒着して可動域が狭くなる状態で、長期間の固定や不動が続いて週単位以上かけて進む。これも当日には起こらない。
医学生医学生
つまり、当日から起こりうるのはせん妄、褥瘡、深部静脈血栓症で、偽関節と関節拘縮は晩期の合併症ということですね。
ドクタードクター
その通り。臨床での注意点もまとめておこう。高齢者では寝たきりを防ぐため、全身状態が許せば受傷後なるべく早期、目安として48時間以内に手術し、術後早くから離床と荷重を始める。早期離床は血栓や褥瘡の予防になり、関節拘縮や筋力低下といった廃用症候群も防ぐ。そしてせん妄対策では、疼痛や脱水、電解質異常、感染、低酸素といった身体要因を取り除き、ベンゾジアゼピン系薬や抗コリン薬など原因となりうる薬剤を見直すことが大切だ。
医学生医学生
昼夜のリズムをつけたり、眼鏡や補聴器を使ってもらったり、家族に面会してもらうといった環境調整も有効なんですよね。
ドクタードクター
そのとおり。薬に頼る前に、まず原因と環境を整える。それがせん妄診療の基本だよ。

まとめ

大腿骨近位部骨折の術後合併症は、発生時期で整理すると理解しやすくなります。手術当日から起こりうるのは、高齢と認知症を準備因子とし手術侵襲や環境変化を誘因とするせん妄、数時間の持続圧迫でも生じうる褥瘡、Virchowの三徴がそろう深部静脈血栓症で、後者は肺血栓塞栓症につながる危険があります。偽関節は数か月を経て骨癒合が得られないときに診断され、関節拘縮も長期の不動で週単位以上かけて進む晩期合併症です。早期手術と早期離床、血栓予防、せん妄の誘因除去と環境調整が周術期管理の柱となります。設問の時間条件を正確に読み取り、合併症を時間軸で考える習慣は、術後管理の実践にもそのまま役立ちます。

解答・解説

正解はa, b, eです

所見の整理

・89歳の超高齢女性が室内で転倒し、左大腿骨転子部骨折を受傷した。 ・受傷翌日に骨接合術(γネイルなどの髄内釘や、プレートとスクリューを用いて骨折部を固定する手術)を受けている。 ・10年来のAlzheimer型認知症があり、薬物治療中である。

考え方

大腿骨近位部骨折(頸部骨折・転子部骨折)は、骨粗鬆症を背景とした高齢者の転倒で起こる代表的な骨折である。術後合併症には、時間をおかず起こるもの(せん妄、褥瘡、深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症、肺炎、出血など)と、数週〜数か月を経て初めて明らかになるもの(偽関節、関節拘縮、固定材料の破綻、感染の遷延など)がある。 本問は「手術当日」に限定しているので、術後数時間〜1日以内に発生しうるものを選べばよい。 ・骨折後から手術までの臥床、術中の同一体位、術後の安静によって、同じ部位に長時間圧がかかる→褥瘡 ・高齢、認知症、手術侵襲・麻酔・疼痛、入院という環境変化→せん妄 ・下肢の骨折と手術、臥床による血流うっ滞、手術による血管内皮損傷と凝固能亢進(Virchowの三徴)→深部静脈血栓症 この3つは当日から起こりうる。一方、偽関節と関節拘縮は、骨癒合の過程や長期の不動を経て生じる晩期の合併症であり、手術当日には起こらない(診断もできない)。

選択肢考察

  1. ○a.  褥瘡

    褥瘡は、持続的な圧迫によって皮膚や皮下組織の血流が途絶え、組織が壊死する病態である。強い圧迫が続けば数時間で発生しうる。本例は高齢でやせやすく皮膚が脆弱なうえ、認知症や疼痛のため自分で体位を変えにくい。受傷から手術までの臥床、手術中の長時間の同一体位も加わるため、仙骨部や踵部などの骨突出部に手術当日から発生しうる。

  2. ○b.  せん妄

    せん妄は、身体的な負荷を契機に急激に発症する一過性の意識障害である。注意の障害、見当識障害、幻覚、興奮などがみられ、症状は日内変動する(夜間に悪化しやすい)。高齢、認知症の存在は最大の準備因子(もともと持っている発症しやすさ)であり、手術侵襲・麻酔薬・疼痛・入院による環境変化・睡眠障害などが直接の誘因となる。大腿骨近位部骨折の術後はせん妄の頻度が特に高く、術直後〜数日以内に起こることが多い。したがって手術当日から起こりうる。

  3. ×c.  偽関節

    偽関節は、骨折部の骨癒合過程が止まり、癒合しないまま異常可動性が残った状態である。通常は受傷後6〜9か月程度経っても骨癒合が得られない場合に診断され、手術当日に起こる(または判定できる)合併症ではない。なお、転子部は血流が豊富な海綿骨が多いため骨癒合しやすく、偽関節は頸部骨折よりまれである。

  4. ×d.  関節拘縮

    関節拘縮は、関節包・靭帯・筋などの軟部組織が短縮・癒着して関節の可動域が制限される状態である。長期間の固定や不動・廃用が続くことで週単位以上をかけて進行する。手術当日には生じない。術後早期から離床とリハビリテーションを進めるのは、拘縮や筋力低下などの廃用症候群を防ぐためでもある。

  5. ○e.  深部静脈血栓症

    深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)は、下肢や骨盤内の深部静脈に血栓ができる病態である。Virchowの三徴(血流のうっ滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)のすべてが、下肢の骨折・手術・臥床でそろう。股関節周囲の骨折手術は静脈血栓塞栓症の高リスク手術であり、血栓は術中から術直後にかけてすでに形成されうる。血栓が遊離すると肺血栓塞栓症を起こし、致死的となることがある。そのため弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法、抗凝固薬による予防と、早期離床が行われる。

大腿骨近位部骨折

・関節包の内側で起こる頸部骨折(内側骨折)と、関節包の外側で起こる転子部骨折(外側骨折)に大別される。 ・頸部骨折は骨頭への血流が途絶えやすく、偽関節や大腿骨頭壊死を起こしやすい。転位の大きいものでは人工骨頭置換術が選ばれることが多い。 ・転子部骨折は血流が保たれ骨癒合しやすく、骨接合術(髄内釘など)が基本である。 ・高齢者では寝たきりを防ぐため、全身状態が許せば可能な限り早期(受傷後48時間以内が目安)に手術を行い、術後早期から離床・荷重を開始する。

術後合併症を時期で整理

・当日〜数日:術後出血、せん妄、褥瘡、深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症、誤嚥性肺炎、尿路感染症、心血管イベント ・数日〜数週:手術部位感染、廃用症候群(筋力低下、関節拘縮) ・数か月以降:偽関節、骨癒合の遅れ、固定材料の破綻・カットアウト(ラグスクリューが骨頭を突き抜ける)、大腿骨頭壊死(主に頸部骨折)

せん妄の予防・対応

原因となる身体要因(疼痛、脱水、電解質異常、感染、低酸素など)の除去、ベンゾジアゼピン系薬や抗コリン薬など原因となりうる薬剤の見直し、昼夜リズムの確保、眼鏡・補聴器の使用、家族の面会などの環境調整を行う。

POINT

・「手術当日」という時間軸がカギである。当日から起こるのは褥瘡・せん妄・深部静脈血栓症、晩期に起こるのは偽関節・関節拘縮。 ・高齢と認知症はせん妄の強い準備因子であり、大腿骨近位部骨折術後はせん妄の好発状況である。 ・股関節周囲の骨折手術は静脈血栓塞栓症の高リスク手術であり、予防と早期離床が重要である。 ・偽関節は数か月単位で経過をみて診断する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。