「〜はない」に要注意―帰国後の発熱から考える旅行者疾患の基本
第108回医師国家試験 A問題 第9問
国試問題にチャレンジ
旅行者疾患について正しいのはどれか。
- a.旅行者下痢症では発熱はない。
- b.マラリアで死亡することはない。
- c.狂犬病は犬以外の動物からは感染しない。
- d.デング熱のワクチンは実用化されていない。
- e.都道府県知事に届出義務のある疾患はない。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
旅行者疾患では、旅行者下痢症、マラリア、デング熱、狂犬病などの臨床像と予防、感染症法上の扱いを整理しておくことが大切です。旅行者下痢症の最多原因はETECですが、侵入性の病原体では発熱を伴い、熱帯熱マラリアは致死的になりうるため帰国後の発熱ではまず疑う必要があります。狂犬病はすべての哺乳類から感染しうる病気であり、発症すればほぼ致死的なので曝露後予防が重要で、マラリア・デング熱・狂犬病はいずれも4類感染症として保健所長経由で都道府県知事への届出が必要です。デング熱ワクチンは出題当時は未実用化でしたが、その後海外では承認されており、知識が時代とともに更新される点にも注意が求められます。断定的な否定の選択肢を一つずつ検証する読み方は、感染症に限らず国家試験全般で役立ちます。
解答・解説
正解はdです
旅行者疾患(輸入感染症)とは、海外渡航中あるいは帰国後に発症する感染症の総称で、旅行者下痢症、マラリア、デング熱、狂犬病、腸チフス、ウイルス性肝炎などが代表である。本問は、それぞれの疾患の臨床像・重症度・感染経路・予防法と、感染症法上の届出について基本的な知識を問うている。
考え方
選択肢の多くは「〜はない」「〜しない」と断定的な表現をとっている。旅行者下痢症の発熱、マラリアの致死性、狂犬病の感染源となる動物、感染症法の届出義務については、いずれも「ある」のが正しく、断定的な否定は誤りとなる。一方、デング熱については、本試験の実施時点(2014年)ではワクチンが実用化されておらず、この記述が正しいとされた。なお、その後の状況は変化しており、海外ではデング熱ワクチンが承認・使用されるようになっている(詳細は選択肢dで述べる)。
選択肢考察
- ×a. 旅行者下痢症では発熱はない。
旅行者下痢症は、渡航中または帰国後まもなく(おおむね10日以内)に、1日3回以上の軟便・水様便を生じるものをいい、悪心・嘔吐、腹痛、発熱、血便を伴うことがある。原因として最も多いのは毒素原性大腸菌(ETEC)で、この場合は発熱がないか軽度のことが多い。しかし、カンピロバクター、サルモネラ、赤痢菌(細菌性赤痢)など腸管粘膜に侵入する病原体による下痢では発熱を伴うことが多い。したがって「発熱はない」と断定するのは誤りである。
- ×b. マラリアで死亡することはない。
マラリアはハマダラカが媒介する原虫感染症で、世界では毎年2億人を超える患者と数十万人規模(約60万人)の死亡があり、死亡者の多くはアフリカの小児である。特に熱帯熱マラリアは、感染赤血球が脳などの微小血管に付着して循環障害を起こし、脳症(脳性マラリア)、重症貧血、急性腎障害、急性呼吸窮迫症候群、低血糖、播種性血管内凝固などを合併し、治療が遅れると短期間で死亡しうる。帰国後の発熱ではまずマラリアを疑うことが重要である。
- ×c. 狂犬病は犬以外の動物からは感染しない。
狂犬病ウイルスはすべての哺乳類に感染しうる。アジアやアフリカでは犬からの咬傷による感染が大部分を占めるが、北米ではコウモリによる感染が多く、ほかにキツネ、アライグマ、スカンク、マングース、ネコなども感染源となる。発症するとほぼ100%死亡するため、流行地で動物に咬まれた場合には、発症前に狂犬病ワクチンを接種する曝露後予防(必要に応じて抗狂犬病免疫グロブリンを併用)が不可欠である。日本国内では動物での発生は長く確認されていないが、海外で咬まれて帰国後に発症した輸入例が報告されている。
- ○d. デング熱のワクチンは実用化されていない。
デング熱はネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介するデングウイルス(4つの血清型がある)による感染症である。本試験が実施された2014年の時点では、ワクチンは臨床試験の段階にあり、実用化されたものはなかったため、この記述が正しいとされた。 その後、2015年末以降に最初のデングワクチン(弱毒生の4価ワクチン)が中南米・アジアなどの流行国で承認された。ただしこのワクチンは、過去にデングウイルスに感染したことのない人に接種すると、その後の初感染時に重症化しやすくなることが判明し、既感染者に限定して用いる方針となった。2020年代には別の4価弱毒生ワクチンもヨーロッパや流行国などで承認されている。一方、日本国内ではデング熱ワクチンは承認されておらず、国内での予防は蚊に刺されない対策(防虫剤、長袖着用など)が中心である。
- ×e. 都道府県知事に届出義務のある疾患はない。
感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)では、1類〜4類感染症、5類感染症のうち全数把握対象の疾患などを診断した医師は、最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出なければならない。旅行者疾患の多くはこれに該当し、例えばエボラ出血熱などのウイルス性出血熱は1類、コレラ・細菌性赤痢・腸チフスは3類、マラリア・デング熱・狂犬病・黄熱・チクングニア熱は4類、アメーバ赤痢やジアルジア症は5類(全数把握)である。したがって「届出義務のある疾患はない」は誤りである。
主な旅行者疾患の整理
・旅行者下痢症:最多はETEC。ほかにカンピロバクター、サルモネラ、赤痢菌、ノロウイルス、赤痢アメーバ、ジアルジア、クリプトスポリジウムなど。治療は水分・電解質補給が基本で、中等症以上では抗菌薬を考慮する。 ・マラリア:熱帯熱、三日熱、四日熱、卵形の4種(加えて東南アジアではサルマラリアの一種 P. knowlesi のヒト感染も知られる)。潜伏期は熱帯熱で1〜4週程度。診断は血液塗抹標本(ギムザ染色)や迅速診断キット。三日熱・卵形マラリアは肝内休眠体による再発があり、プリマキンで根治する。予防には防蚊対策と抗マラリア薬の予防内服がある。 ・デング熱:潜伏期3〜7日程度。発熱、頭痛、眼窩後部痛、筋肉痛・関節痛、発疹、白血球減少・血小板減少。解熱前後に血漿漏出や出血傾向が生じる重症型(デング出血熱/重症デング)に注意する。異なる血清型の再感染で重症化しやすい。出血を助長するため解熱鎮痛薬はアセトアミノフェンを用い、NSAIDsは避ける。 ・狂犬病:潜伏期は通常1〜3か月程度と長い。咬傷部位の知覚異常に始まり、恐水症、恐風症、興奮、麻痺を経て死亡する。曝露前・曝露後のワクチン接種で予防する。
渡航前に考慮される主な予防接種
A型肝炎、B型肝炎、破傷風、狂犬病、黄熱、日本脳炎、腸チフス、髄膜炎菌、コレラ(経口ワクチン)などがあり、渡航先・滞在期間・活動内容に応じて選択する。黄熱ワクチンは国によって入国時に接種証明書が求められる。
感染症法の届出
1〜4類感染症と5類の全数把握疾患は、診断した医師が保健所長を経由して都道府県知事に届け出る(1〜4類は直ちに)。5類の定点把握疾患は指定届出機関からの届出となる。
POINT
・旅行者下痢症の最多原因はETECで、侵入性の病原体(カンピロバクター、サルモネラ、赤痢菌)では発熱を伴う ・熱帯熱マラリアは重症化しやすく致死的であり、帰国後の発熱ではまずマラリアを疑う ・狂犬病はすべての哺乳類から感染しうる(犬、コウモリ、キツネ、アライグマなど)。発症すればほぼ致死的で、曝露後予防が重要 ・デング熱ワクチンは出題当時は未実用化。その後海外では承認されたが、日本では未承認 ・マラリア、デング熱、狂犬病は4類感染症で、保健所長経由で都道府県知事への届出が必要
