ほとんどが「増える」妊娠の体―ただ一つ下がるのは腟内pH
第107回医師国家試験 E問題 第13問
国試問題にチャレンジ
妊娠によって母体で低下するのはどれか。
- a.腟内pH
- b.循環血液量
- c.腎糸球体濾過値
- d.インスリン分泌量
- e.血漿フィブリノゲン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊娠中の母体は、胎児への供給と分娩時出血への備えのため、循環血液量(約1.4〜1.5倍)、糸球体濾過値(約1.5倍)、インスリン分泌量、フィブリノゲンなど多くの項目が増加します。その中で腟内pHは、胎盤由来の大量のエストロゲンが腟上皮のグリコーゲンを増やし、乳酸桿菌(デーデルライン桿菌)による乳酸産生が増すことで低下し、上行性感染の防御に役立ちます。また、血漿量の増加による希釈でヘモグロビンやアルブミンが、GFRの増加でクレアチニンや尿酸が、過換気でPaCO2が低下するなど、「量」と「濃度」を区別して整理することが重要です。妊婦の検査値を非妊時の基準で判断すると腎機能低下などを見逃すおそれがあるため、生理的変化の知識は妊婦診療の基本となります。
解答・解説
正解はaです
本問は、妊娠に伴う母体の生理的変化のうち「低下するもの」を選ぶ一般問題である。
妊娠による母体変化の全体像
妊娠中の母体は、胎児・胎盤への酸素と栄養の供給、分娩時の出血への備え、胎児由来の老廃物の処理といった要求に応えるため、多くの機能が「増加・亢進」の方向へ変化する。 ・循環:循環血液量、心拍出量が増加する。 ・腎:腎血漿流量と糸球体濾過値(GFR)が増加し、その結果、血中のクレアチニンや尿素窒素、尿酸は低下する。 ・代謝:胎盤ホルモンの作用でインスリン抵抗性が強まり、それを補うためにインスリン分泌が増える。 ・凝固:分娩時出血に備えて凝固因子やフィブリノゲンが増え、過凝固状態となる。
解き方
選択肢の多くは上記の「増加する項目」であり、その中で性質の異なる腟内pHが唯一低下する項目である。妊娠中は胎盤由来の大量のエストロゲンにより腟上皮のグリコーゲンが増え、乳酸桿菌(デーデルライン桿菌)がそれを乳酸に変えるため、腟内の酸性度が強まる(pHが下がる)。 なお、「値そのものは低下する」と「濃度として低下する」を区別することも大切である。例えば赤血球量自体は増えるが、血漿量の増加がそれを上回るためヘモグロビン濃度やヘマトクリットは低下する(生理的な水血症)。本問の選択肢はいずれも量や機能そのものを問うており、低下するのは腟内pHのみである。
選択肢考察
- ○a. 腟内pH
妊娠で低下する。非妊時でも、エストロゲンの作用で腟上皮細胞にグリコーゲンが蓄積し、常在する乳酸桿菌(Lactobacillus属、デーデルライン桿菌)がこれを分解して乳酸を産生するため、腟内はpH約4.5前後の酸性に保たれている(腟の自浄作用)。妊娠すると胎盤から大量のエストロゲンが分泌されて腟上皮のグリコーゲンがさらに増え、乳酸産生も増すため、腟内はより強い酸性(pH約4.0前後)へ傾く。この酸性環境は外部からの病原菌の増殖や上行性感染を防ぐのに役立っている。
- ×b. 循環血液量
妊娠で増加する。循環血液量は妊娠初期から増え始め、妊娠30〜32週ごろに最大となり、非妊時の約1.4〜1.5倍(およそ40〜50%増)に達する。主に血漿量の増加によるもので、赤血球量の増加(約20〜30%)を上回るため、血液が希釈されてヘモグロビン濃度やヘマトクリットが低下する(生理的貧血、水血症)。この増加は、子宮・胎盤への血流の確保と、分娩時の出血への備えという意味をもつ。
- ×c. 腎糸球体濾過値
妊娠で増加する。循環血液量と心拍出量の増加に伴い、腎血漿流量と糸球体濾過値(GFR)は妊娠初期から増え、妊娠中期までに非妊時の約1.5倍(約50%増)に達する。GFRが増えることで、血清クレアチニン、尿素窒素(BUN)、尿酸は非妊時よりも低値となる。そのため、妊婦で非妊時の基準範囲内に見えるクレアチニン値でも、実際には腎機能低下を示している場合があり注意を要する。また、濾過されるブドウ糖量が再吸収能を上回りやすく、尿糖陽性となることもある。
- ×d. インスリン分泌量
妊娠で増加する。妊娠中期以降、胎盤から分泌されるヒト胎盤性ラクトーゲン(hPL)やプロゲステロン、コルチゾール、胎盤由来成長ホルモンなどの作用でインスリン抵抗性が高まる。これは母体のブドウ糖利用を抑え、胎児へ優先的にブドウ糖を供給するための適応である。膵β細胞はこれを代償するためにインスリン分泌を増やし、高インスリン血症となる。この代償が不十分な場合に発症するのが妊娠糖尿病である。
- ×e. 血漿フィブリノゲン
妊娠で増加する。妊娠中はフィブリノゲンや第VII・VIII・X因子などの凝固因子が増加し、線溶系は抑制される方向に働くため、過凝固状態となる。フィブリノゲンは非妊時(おおむね200〜400mg/dL)より高く、妊娠後期には400〜600mg/dL程度に達する。これは分娩時の出血に備える合目的的な変化であるが、一方で深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症のリスクを高める。フィブリノゲンの増加により赤血球沈降速度(赤沈)も亢進する。
妊娠による母体の主な生理的変化(増減の整理)
増加するもの: ・循環血液量(約40〜50%増、妊娠30〜32週で最大)、血漿量、赤血球量 ・心拍出量(約30〜50%増)、心拍数(10〜15/分程度増) ・腎血漿流量、糸球体濾過値(約50%増) ・インスリン分泌量、インスリン抵抗性 ・フィブリノゲン、多くの凝固因子、白血球数、赤沈 ・1回換気量、分時換気量(プロゲステロンの呼吸中枢刺激作用) ・総コレステロール、中性脂肪 ・アルカリホスファターゼ(胎盤由来) 低下するもの: ・腟内pH ・ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット(希釈による) ・血清アルブミン、総蛋白(希釈による) ・血清クレアチニン、尿素窒素、尿酸(GFR増加による) ・動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2、過換気による軽度の呼吸性アルカローシス) ・末梢血管抵抗、拡張期血圧(妊娠中期に最低) ・機能的残気量(増大した子宮による横隔膜挙上)
腟の自浄作用
エストロゲン→腟上皮グリコーゲン蓄積→乳酸桿菌による乳酸産生→腟内酸性化、という流れで病原菌の増殖を防ぐ仕組みである。エストロゲンが低下する閉経後や小児期には腟内pHが上昇し、萎縮性腟炎や細菌感染を起こしやすくなる。
POINT
・妊娠では多くの項目が増加する(循環血液量、GFR、インスリン分泌、フィブリノゲン) ・腟内pHは、エストロゲン増加→グリコーゲン増加→乳酸増加により低下する ・濃度で見て低下するもの(Hb、Ht、アルブミン、クレアチニン、BUN、尿酸、PaCO2)も合わせて覚える
