高血圧の人の「片眼の急な視力低下」―虚血が招く100日後の落とし穴、血管新生緑内障
第107回医師国家試験 D問題 第25問
国試問題にチャレンジ
68歳の女性。1週前からの右眼の視力低下を主訴に来院した。10年前から高血圧症で内服中である。前眼部に異常を認めない。視力は右0.1(矯正不能),左1.5(矯正不能)。眼圧は右15 mmHg,左14 mmHg。右眼の眼底写真を別に示す。蛍光眼底造影では広範な血管閉塞を示す虚血の所見を認める。左眼の眼底には異常を認めない。 今後起こりうる合併症はどれか。

- a.兎眼
- b.涙腺炎
- c.眼瞼炎
- d.角膜炎
- e.血管新生緑内障
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢・高血圧の患者で、視神経乳頭を中心に眼底全体へ火炎状出血と静脈の拡張・蛇行が広がっていれば網膜中心静脈閉塞症(CRVO)であり、蛍光眼底造影で広範な無灌流領域を認めれば虚血型と判断します。虚血網膜から放出されたVEGFが虹彩や隅角に新生血管を誘導し、線維柱帯の閉塞や周辺虹彩前癒着によって眼圧が上昇するのが血管新生緑内障で、発症後約3か月に起こりやすいことから「100日緑内障」とも呼ばれます。兎眼・涙腺炎・眼瞼炎・角膜炎は網膜循環障害とは機序が結びつきません。予防と治療の柱は汎網膜光凝固と抗VEGF薬で、虹彩・隅角の定期的な観察が欠かせません。糖尿病網膜症や眼虚血症候群にも共通する「虚血→VEGF→新生血管」という流れを理解することは、眼科の血管性疾患全体を見通す土台になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・68歳女性、10年来の高血圧症 ・1週前からの右眼の視力低下(片眼性、亜急性) ・前眼部に異常なし、眼圧は両眼とも正常 ・右視力0.1(矯正不能)と高度低下、左は正常 ・右眼底写真:視神経乳頭を中心として、網膜全体(4象限すべて)に放射状に広がる火炎状出血、静脈の拡張・蛇行、軟性白斑(綿花様白斑:神経線維層の虚血を示す白いふわっとした斑)がみられる ・蛍光眼底造影:広範な血管閉塞による虚血(網膜無灌流領域)
診断へのプロセス
高齢・高血圧を背景とした片眼の急な視力低下で、前眼部と眼圧に異常がないことから、眼底の血管病変を考える。候補は網膜中心動脈閉塞症、網膜静脈閉塞症、高血圧網膜症などである。 ・網膜中心動脈閉塞症では網膜が白く混濁し、黄斑部だけが赤く見える桜実紅斑(cherry-red spot)が特徴で、出血は目立たない。 ・網膜静脈分枝閉塞症では、出血が閉塞した静脈の支配領域(多くは上耳側など扇形の一部分)に限られる。 ・本例は乳頭を中心に全象限に出血が広がっており、視神経乳頭内の網膜中心静脈が閉塞した網膜中心静脈閉塞症(CRVO)と診断できる。高血圧や動脈硬化は、動脈と静脈が共通の外膜を共有する部位で静脈を圧迫し、血栓形成を促す最大の危険因子である。 さらに蛍光眼底造影で広範な無灌流領域があることから、虚血型CRVOである。
設問への考え方
網膜が広く虚血になると、酸素不足になった網膜から血管内皮増殖因子(VEGF)が大量に放出される。VEGFは眼内の房水に乗って前眼部にも及び、虹彩(虹彩ルベオーシス)や隅角に新生血管を生じさせる。隅角の新生血管とそれに伴う線維血管膜が房水の出口(線維柱帯)をふさぐと眼圧が上昇し、血管新生緑内障となる。虚血型CRVOでは発症後およそ3か月前後に起こりやすく、「100日緑内障」と呼ばれることもある。問われている今後の合併症は、この虚血に基づく血管新生緑内障である。
選択肢考察
- ×a. 兎眼
兎眼は、まぶたが十分に閉じられない状態であり、顔面神経麻痺による眼輪筋の麻痺、甲状腺眼症などによる眼球突出、眼瞼の瘢痕などで起こる。網膜の血管閉塞とは無関係であり、CRVOの合併症ではない。
- ×b. 涙腺炎
涙腺炎は、流行性耳下腺炎などのウイルス感染や細菌感染、IgG4関連疾患やサルコイドーシスなどで涙腺が腫れる疾患で、上眼瞼の耳側が腫れる。眼球内部の網膜循環障害であるCRVOとは関係がない。
- ×c. 眼瞼炎
眼瞼炎は、まぶたの縁の皮膚やマイボーム腺などに生じる細菌感染・脂漏性炎症・アレルギー性炎症である。網膜の血管閉塞が眼瞼の炎症を起こすことはなく、CRVOの合併症には含まれない。
- ×d. 角膜炎
角膜炎は、細菌・真菌・ウイルス感染、ドライアイ、兎眼などによる角膜の炎症である。CRVOは網膜の循環障害であり、角膜炎を引き起こす機序はない。なお、血管新生緑内障で眼圧が非常に高くなると角膜浮腫(角膜のむくみ)は生じうるが、それは角膜炎とは異なる。
- ○e. 血管新生緑内障
虚血型CRVOでは、広い無灌流領域から放出されたVEGFが虹彩や隅角に新生血管を誘導する。隅角に生じた新生血管と線維血管膜が線維柱帯をふさぎ、進行すると周辺虹彩前癒着によって隅角が閉じて、著しい眼圧上昇を来す。これが血管新生緑内障であり、強い眼痛と失明の原因となる難治性の続発緑内障である。予防・治療として、無灌流領域への汎網膜光凝固(レーザーで虚血網膜を凝固しVEGF産生を減らす)や抗VEGF薬の硝子体内注射を行い、眼圧が下がらなければ緑内障手術を行う。
網膜静脈閉塞症(RVO)
・網膜中心静脈閉塞症(CRVO):視神経乳頭内の篩状板付近で中心静脈が閉塞。眼底全体に火炎状出血、静脈の拡張・蛇行、乳頭浮腫、綿花様白斑。 ・網膜静脈分枝閉塞症(BRVO):動静脈交叉部で分枝静脈が閉塞。閉塞した静脈の支配領域に扇状の出血。上耳側に多い。頻度はBRVOの方が高い。 ・危険因子:高血圧(最大)、動脈硬化、糖尿病、脂質異常症、緑内障、血液粘稠度の上昇など。
CRVOの病型
・非虚血型:無灌流領域が小さく、比較的予後が良い。経過中に虚血型へ移行することがある。 ・虚血型:蛍光眼底造影で広範な無灌流領域(目安として視神経乳頭面積の10倍以上)。視力予後が悪く、血管新生緑内障のリスクが高い。
主な合併症
・黄斑浮腫:視力低下の主因。治療は抗VEGF薬の硝子体内注射が第一選択で、ステロイド局所投与も用いられる。 ・新生血管:虹彩・隅角の新生血管(血管新生緑内障)、網膜・乳頭の新生血管(硝子体出血、牽引性網膜剥離)。CRVOでは前眼部の新生血管が、BRVOでは網膜新生血管と硝子体出血が問題になりやすい。
血管新生緑内障の三大原因
糖尿病網膜症、網膜中心静脈閉塞症、眼虚血症候群(内頸動脈の狭窄・閉塞による眼全体の虚血)。いずれも網膜虚血によるVEGF産生が共通の機序である。
経過観察の要点
虚血型CRVOでは、細隙灯顕微鏡での虹彩新生血管の確認と隅角鏡検査を定期的に行い、新生血管が出現したら速やかに汎網膜光凝固や抗VEGF療法を行う。
POINT
・乳頭を中心に全象限に広がる火炎状出血、静脈の拡張・蛇行=網膜中心静脈閉塞症(CRVO)。最大の危険因子は高血圧。 ・蛍光眼底造影で広範な無灌流領域=虚血型CRVO。 ・網膜虚血→VEGF産生→虹彩・隅角の新生血管→血管新生緑内障(発症後約3か月、100日緑内障)。 ・予防・治療は汎網膜光凝固と抗VEGF薬の硝子体内注射。 ・血管新生緑内障の三大原因:糖尿病網膜症、CRVO、眼虚血症候群。
