StudyMed医師国家試験

2か月後に訪れた眠れない夜―災害救助者のPTSDを見抜く「たった一つの質問」

第107回医師国家試験 D問題 第22問

国試問題にチャレンジ

第107回 D問題 第22問

32歳の男性。不眠を主訴に来院した。消防隊員として大規模災害の支援に災害発生の翌日から派遣され,厳しい状況下で2週間救助活動を行った。その後元の職場に戻り,しばらくは問題なく過ごし,むしろ以前よりも真剣に仕事をこなしていた。しかし救助活動から戻った約2か月後から何度も夜中に覚醒するようになり,いらいらして集中力も落ちてきたため産業医に相談し受診した。特記すべき既往歴はない。仕事への意欲はあり,疲労感の増大はみられない。  診断のために重要な質問はどれか。

  1. a.「嫌な情景が急に浮かんでくることがありますか」
  2. b.「家族につらい症状を話すと少しは楽になりますか」
  3. c.「今晩も眠れないのではないかと不安になりますか」
  4. d.「ひどく気持ちが落ち込んで,それが何日も続いていますか」
  5. e.「以前は楽しかったことを楽しめなくなったように感じますか」

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、災害救助から戻った消防隊員の不眠をどう評価するかという問題だ。カギは、トラウマとなりうる体験があったこと、そして症状がいつから、どんな種類のものかという点。そのうえで診断を確かにするには何を聞くべきかを考えよう。
医学生医学生
不眠と集中力の低下なら、まずうつ病を考えてしまいます。
ドクタードクター
自然な発想だね。ただ、この人は仕事への意欲が保たれていて、疲労感も増えていない。うつ病を積極的に支持する所見は乏しいんだ。むしろ注目してほしいのは、悲惨な災害現場での救助活動という出来事が先行していることだ。
医学生医学生
トラウマ体験のあとなので、PTSDですか。でも帰ってきてしばらくは問題なく、むしろ真剣に働いていたんですよね。
ドクタードクター
そこが落とし穴。PTSDの症状は出来事の直後に出るとは限らず、時間をおいて現れることがある。帰任後に以前より仕事に打ち込む過活動は、つらい体験から気持ちをそらす回避の表れということもあるんだ。そして中途覚醒、いらいら、集中困難は、PTSDの症状群でいう過覚醒にあたる。
医学生医学生
精神科の講義で、PTSDの4つの柱は侵入、回避、認知と気分の陰性変化、過覚醒と習いました。
ドクタードクター
その通り。この患者さんでは過覚醒は見えている。では、PTSDの診断を確かにするために、どの症状を確認するのが最も大事だと思う?
医学生医学生
PTSDらしさが一番出るのは、フラッシュバックでしょうか。
ドクタードクター
正解。嫌な情景が急に浮かんでくるかを尋ねる質問がそれにあたる。トラウマの記憶が意思と関係なくありありとよみがえる侵入症状、再体験症状は、ほかの精神疾患では見られにくいPTSDに特異性の高い中核症状なんだ。悪夢として繰り返し現れることも含まれる。
医学生医学生
落ち込みが続いているか、楽しめなくなったか、という質問も大事そうに見えますが。
ドクタードクター
どちらもうつ病の中核症状である抑うつ気分と興味・喜びの喪失を確かめる質問だ。うつ病はPTSDにしばしば合併するから確認自体は有用だよ。興味の減退はPTSDの認知と気分の陰性変化にも含まれる。でも、どちらも多くの疾患で見られる非特異的な症状で、診断の決め手にはなりにくい。
医学生医学生
「今晩も眠れないのでは」という不安は、不眠症の話でしょうか。
ドクタードクター
そう。眠れないことへの予期不安と、眠ろうとするほど緊張して眠れなくなる悪循環は、精神生理性不眠症の特徴だ。不眠の評価には役立つけれど、背景にあるPTSDを捉える質問ではない。家族に話すと楽になるかという質問も、支援体制を知るうえでは参考になるが、診断の根拠となる症状を確かめるものではないね。
医学生医学生
なるほど。見えている症状から疾患を想定して、その疾患に特異的な症状を取りにいく、という順番なんですね。
ドクタードクター
まさにそれが問診の組み立て方だ。補足すると、トラウマ体験後3日から1か月の間にとどまる症状は急性ストレス障害、1か月を超えて続けばPTSDと区別する。今回は出来事から2か月以上たっているから、PTSDの枠組みで評価する段階だ。
医学生医学生
OSCEの医療面接では開放型質問から入るよう教わりましたが、こういう場面ではどう聞けばいいですか。
ドクタードクター
まずは開かれた質問で体験や今の状態を自由に話してもらい、そのうえで侵入、回避、陰性変化を一つずつ穏やかに確認していくといい。無理に体験を詳しく語らせないことも大切だ。治療はトラウマに焦点をあてた認知行動療法やEMDRなどの心理療法と、SSRIによる薬物療法が中心になる。ベンゾジアゼピン系薬は効果が乏しく依存の問題もあるので推奨されない。
医学生医学生
消防隊員や医療者のような支援者自身も、トラウマにさらされるんですね。
ドクタードクター
その通り。遺体の収容などに繰り返し触れる職業上の曝露も、PTSDの原因となる出来事に含まれる。支援者は惨事ストレスを受けやすく、遅れて症状が出ることもあるから、帰任後も継続して心身の状態を見守ることが大切なんだ。

まとめ

悲惨な災害現場での救助活動後に、中途覚醒・いらいら・集中困難といった過覚醒症状が1か月以上たって現れた場合は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を疑います。PTSDの中核症状は侵入・回避・認知と気分の陰性変化・過覚醒の4つで、なかでもフラッシュバックや悪夢などの侵入症状は特異性が高く、「嫌な情景が急に浮かぶか」を尋ねることが診断に最も重要です。抑うつ気分や興味の喪失はうつ病の評価に、眠れないことへの予期不安は精神生理性不眠症の評価に役立ちますが、PTSDの決め手にはなりません。症状が3日〜1か月なら急性ストレス障害、1か月を超えればPTSDとし、治療はトラウマ焦点化心理療法とSSRIが中心でベンゾジアゼピン系薬は推奨されません。想定した疾患に特異的な症状を狙って問診を組み立てる姿勢は、精神科に限らずあらゆる診療の基本となります。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・32歳男性、消防隊員。大規模災害の翌日から2週間、厳しい状況のなかで救助活動にあたった。遺体の収容や悲惨な被災状況を繰り返し目にしたと推測され、心的外傷となりうる出来事(トラウマ体験)に曝露されている。 ・帰任後しばらくは問題なく、むしろ以前より仕事に打ち込んでいた(一見適応しているように見える時期)。 ・救助活動から約2か月後に、中途覚醒(夜中に何度も目が覚める)、いらいら、集中力の低下が現れた。 ・既往歴はない。仕事への意欲は保たれ、疲労感も強くなっていない。

診断の考え方

中途覚醒、易刺激性(いらいら)、集中困難は、心的外傷後ストレス障害(PTSD: posttraumatic stress disorder)の症状群のうち「過覚醒(覚醒度と反応性の変化)」に当たる。トラウマとなる出来事の後に、1か月以上続く(または遅れて出てくる)形でこのような症状が見られることから、PTSDを第一に疑う。出来事から症状が出るまで時間が空いていても、PTSDは否定されない。 一方、不眠と集中力低下はうつ病でも見られる。しかし本例では意欲が保たれ、疲労感の増大もなく、うつ病を積極的に示す所見に乏しい。

設問の考え方

PTSDの診断を確かにするには、過覚醒以外の中核症状、なかでもPTSDに特異性の高い「侵入症状(再体験)」があるかどうかを確かめることが最も重要である。侵入症状とは、トラウマ体験の記憶が本人の意思と関係なく急によみがえる(フラッシュバック)、悪夢として繰り返し現れる、といった症状である。したがって、嫌な情景が急に浮かぶかどうかを尋ねる質問が、診断のために最も重要である。 なお、トラウマ体験後3日〜1か月の間にとどまる同様の症状は急性ストレス障害(ASD: acute stress disorder)と呼ばれる。本例は出来事から2か月以上たっており、ASDではなくPTSDの枠組みで評価する段階である。

選択肢考察

  1. ○a.  「嫌な情景が急に浮かんでくることがありますか」

    トラウマ体験の場面が、意図しないのに急にありありとよみがえるフラッシュバック(侵入症状・再体験症状)があるかを確かめる質問である。侵入症状はPTSDの中核症状であり、ほかの精神疾患では見られにくい特異性の高い症状であるため、診断を確かにするうえで最も重要である。災害現場で目にした光景がよみがえるかを尋ねるのは、本例の経過に最もよく合った質問である。あわせて、悪夢、現場を思い出させるものを避ける行動(回避)、否定的な認知・気分の変化なども確認する。

  2. ×b.  「家族につらい症状を話すと少しは楽になりますか」

    家族などの支えが得られているか、症状を人に話せるかは、支援体制や回復の見通しを考えるうえで参考になる情報である。しかし、診断の根拠となる症状を確かめる質問ではない。PTSDでは周囲の支援に加え、トラウマに焦点をあてた認知行動療法や、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)による薬物療法などの専門的な治療が必要になる。

  3. ×c.  「今晩も眠れないのではないかと不安になりますか」

    「今夜も眠れないのでは」という予期不安と、眠ろうとするほど緊張して眠れなくなる悪循環は、精神生理性不眠症(慢性不眠障害)の特徴である。不眠の評価には役立つが、本例で疑われるPTSDに特有の症状を確かめる質問ではなく、診断の決め手にはならない。

  4. ×d.  「ひどく気持ちが落ち込んで,それが何日も続いていますか」

    抑うつ気分が続いているかを確かめる質問で、うつ病の中核症状の一つを評価している。うつ病はPTSDにしばしば合併するため確認しておくことは有用であるが、本例では意欲が保たれ疲労感の増大もなく、うつ病を積極的に疑う所見に乏しい。トラウマ体験後の不眠・いらいら・集中困難という経過から最初に確かめるべきは、PTSDに特異的な侵入症状である。

  5. ×e.  「以前は楽しかったことを楽しめなくなったように感じますか」

    興味・喜びの喪失(アンヘドニア)を確かめる質問で、抑うつ気分とともにうつ病の中核症状である。なお、DSM-5のPTSD診断基準の「認知と気分の陰性変化」にも、活動への関心や参加の著しい減退が含まれるが、うつ病や他の疾患でも広く見られる非特異的な症状である。PTSDの診断を確かにするには、より特異的な侵入症状を確かめる質問(a)の方が重要である。

PTSDの診断基準の要点(DSM-5)

A. 実際に死ぬ、または死にそうになる、重症を負う、性的暴力を受けるといった出来事を、直接体験する、他人に起こるのを目撃する、近親者や親しい友人に起こったことを知る、あるいは職業上その出来事の強い不快感を伴う細部に繰り返し曝露される(例: 遺体を収容する救急隊員、虐待の詳細に繰り返し触れる警察官)。 B. 侵入症状(1つ以上): 苦痛な記憶が意図せず繰り返しよみがえる、悪夢、フラッシュバック(その出来事が再び起きているように感じ、行動する)、きっかけによる強い心理的苦痛や生理的反応。 C. 回避(1つ以上): 出来事に関する記憶・思考・感情や、それを思い出させる人・場所・会話・状況を避ける。 D. 認知と気分の陰性の変化(2つ以上): 出来事の重要な部分を思い出せない、自分や世界に対する過剰に否定的な信念、自分や他者を不当に責める、恐怖・罪悪感・恥などの持続、活動への関心の減退、他者からの孤立感、陽性の感情(幸福感・愛情など)を感じられない。 E. 覚醒度と反応性の著しい変化(2つ以上): いらだたしさ・激しい怒り、無謀な行動や自己破壊的行動、過度の警戒心、過剰な驚愕反応、集中困難、睡眠障害。 F. 上記の症状が1か月を超えて続く。 G. 臨床的に意味のある苦痛や、社会的・職業的な機能障害を引き起こしている。 H. 物質や他の医学的疾患の影響ではない。 ・出来事から6か月以上たって初めて基準を満たした場合は「遅延顕症型」と特定する。 ・本例はEの睡眠障害・いらだたしさ・集中困難に当たる症状があり、B〜Dを確認することで診断に近づく。

急性ストレス障害(ASD)との違い

・ASD: トラウマ体験後3日〜1か月の間に、侵入・陰性気分・解離・回避・覚醒の症状が見られる。 ・PTSD: 症状が1か月を超えて続く。ASDからPTSDに移行する例もある。 ・ICD-11ではASDは疾患ではなく「急性ストレス反応」という正常範囲の反応として位置づけられている。

PTSDの治療

・心理療法: トラウマに焦点をあてた認知行動療法(持続エクスポージャー療法、認知処理療法など)や眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)が第一選択として推奨される。 ・薬物療法: SSRI(わが国ではパロキセチン、セルトラリンがPTSDに適応をもつ)。 ・ベンゾジアゼピン系薬は、有効性が乏しく依存の問題もあるため推奨されない。

災害支援者のメンタルヘルス

消防隊員・警察官・医療従事者などの支援者は、悲惨な現場に繰り返し触れることで惨事ストレスを受ける。帰任後しばらく過剰に仕事に打ち込む(過活動)ことは、苦痛な体験から気持ちをそらす回避の表れであることもあり、遅れて症状が出ることがある。帰任後も継続的に心身の状態を見守ることが重要である。

POINT

・トラウマ体験後に不眠・いらいら・集中困難(過覚醒)が1か月以上続く場合はPTSDを疑う。症状は出来事から時間が経ってから出ることもある。 ・PTSDの中核症状は、侵入(フラッシュバック・悪夢)、回避、認知と気分の陰性変化、過覚醒の4つである。 ・診断に最も特異的なのは侵入症状であり、「嫌な情景が急に浮かぶか」を尋ねることが重要である。 ・症状が3日〜1か月ならASD、1か月を超えればPTSD。 ・治療はトラウマに焦点をあてた心理療法とSSRIが中心で、ベンゾジアゼピン系薬は推奨されない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。