体外受精でも時計は戻せない―数字で読み解く日本の不妊症と生殖補助医療
第107回医師国家試験 A問題 第10問
国試問題にチャレンジ
我が国の不妊症の現状について正しいのはどれか。
- a.出生500人に約1人が体外受精児である。
- b.女性不妊の頻度は男性不妊の約5倍である。
- c.40歳代女性の不妊症の頻度は約10%である。
- d.同年齢層では体外受精の流産率は自然妊娠よりも高い。
- e.女性の加齢とともに体外受精による妊娠率は低下する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
日本では生殖補助医療が広く普及し、出題当時の2010年で全出生の約37人に1人、2020年代には約10人に1人がART出生児となっています。不妊の原因は女性側だけでなく男性因子が関与する例も約半数あり、夫婦全体の不妊頻度は約10〜15%でも40歳代女性では大幅に高くなります。体外受精の流産率が高く見えるのは受療者の年齢が高いためで、同年齢で比べれば自然妊娠と大差はありません。女性の加齢に伴い卵子の数と質が低下するため、自然妊娠でも体外受精でも妊娠率は低下し流産率は上昇し、ARTはこの加齢の影響を補うことができません。不妊症の定義が1年に改められたことや保険適用の拡大も含め、年齢と妊孕性の関係を正しく理解することは、患者への適切な情報提供と治療開始のタイミングの判断に直結します。
解答・解説
正解はeです
本問は、我が国の不妊症と生殖補助医療(ART:assisted reproductive technology。体外受精、顕微授精、凍結胚移植など、卵子や胚を体外で扱う治療の総称)の実態を、数値の大まかな感覚とともに理解しているかを問う。 押さえるべき柱は次の3点である。 1)ARTは広く普及しており、出生児に占めるART出生児の割合は年々増加している。本試験が行われた当時で出生児の数十人に1人、近年では約10人に1人がART由来である。 2)不妊の原因は女性側だけにあるわけではなく、男性因子が関与する例も約半数にのぼり、男女の原因はほぼ同程度の比重をもつ。 3)女性の妊孕性(妊娠する能力)は年齢に強く依存する。卵子の数(卵巣予備能)が減るだけでなく、卵子の質も低下して染色体異常(異数性)をもつ卵子が増えるため、自然妊娠でもARTでも、加齢に伴い妊娠率は低下し、流産率は上昇する。 この3点に照らすと、体外受精の妊娠率が女性の加齢とともに低下するという記述が正しい。ARTは精子と卵子の出会いや受精の過程を助けることはできても、卵子そのものの加齢による質の低下を補うことはできない、という点が本質である。
選択肢考察
- ×a. 出生500人に約1人が体外受精児である。
実際の割合ははるかに高い。本試験の出題当時の2010年には、ARTによる出生児は約2万9千人で、全出生(約107万人)の約2.7%、つまり約37人に1人であった。その後もART出生児は増え続け、2020年代には全出生の約1割(約10人に1人)に達している。「500人に1人」は実態を大きく下回っており、誤りである。
- ×b. 女性不妊の頻度は男性不妊の約5倍である。
不妊の原因を男女別にみると、女性側のみの因子、男性側のみの因子、双方の因子がそれぞれ一定の割合を占め、男性因子が関与する例は不妊夫婦の約半数にのぼるとされる。女性因子と男性因子の比重はおおむね同程度であり、「5倍」という大きな差はない。男性不妊の多くは造精機能障害(乏精子症、無精子症など)である。不妊診療では女性の検査だけでなく、早い段階で精液検査を行うことが重要である。
- ×c. 40歳代女性の不妊症の頻度は約10%である。
約10〜15%というのは、生殖年齢の夫婦全体に占める不妊夫婦の割合(おおよそ7〜10組に1組)の目安である。女性の妊孕性は30歳代半ばから急速に低下し、40歳代では妊娠しにくい女性が大半を占めるようになる。したがって40歳代女性の不妊の頻度は10%よりはるかに高く(半数以上と考えられる)、誤りである。
- ×d. 同年齢層では体外受精の流産率は自然妊娠よりも高い。
体外受精による妊娠の流産率は全体で20〜25%程度と、自然妊娠の流産率(一般に約15%)より高く見える。しかしこれは、体外受精を受ける女性の年齢が高いことによる見かけ上の差である。流産の主な原因は胎児(胚)の染色体異常であり、その頻度は母体年齢に依存する。同じ年齢層で比べると、体外受精と自然妊娠の流産率に大きな差はないとされ、誤りである。
- ○e. 女性の加齢とともに体外受精による妊娠率は低下する。
体外受精の成績は女性の年齢に大きく左右される。加齢に伴い、卵巣刺激で得られる卵子の数が減る(卵巣予備能の低下。抗ミュラー管ホルモン〈AMH〉値の低下で評価される)うえ、卵子の染色体分配の誤りが増えて異数性胚の割合が上がるため、胚の着床率が下がり、流産率も上がる。その結果、1回の治療あたりの妊娠率・生産率は30歳代前半までは比較的保たれるが、35歳を過ぎると低下が目立ち、40歳を超えると大きく下がり、45歳前後ではごくわずかとなる。ARTは卵子の加齢による質の低下を補えないため、この記述は正しい。
不妊症の定義
日本産科婦人科学会は2015年に定義を改め、「生殖年齢の男女が妊娠を希望し、ある一定期間、避妊することなく通常の性交を継続的に行っているにもかかわらず、妊娠の成立をみない場合」とし、その一定期間を「1年というのが一般的である」とした(かつては2年とされていた)。女性の年齢が高い場合などは、1年を待たずに検査・治療を始めることが勧められる。 ・原発不妊:これまで一度も妊娠したことがない不妊 ・続発不妊:過去に妊娠・出産の経験があり、その後妊娠しない不妊
不妊の主な原因
・女性因子:排卵因子(多嚢胞性卵巣症候群、高プロラクチン血症、視床下部性無月経など)、卵管因子(クラミジア感染後の卵管閉塞・癒着、子宮内膜症など)、子宮因子(子宮筋腫、子宮奇形、子宮腔癒着など)、頸管因子、免疫因子(抗精子抗体) ・男性因子:造精機能障害(特発性が多く、精索静脈瘤、染色体異常なども原因)、精路通過障害、性機能障害(勃起障害・射精障害) ・原因不明不妊も一定の割合を占める。
治療のステップ
一般に、タイミング法 → 排卵誘発 → 人工授精(AIH) → 生殖補助医療(体外受精・胚移植〈IVF-ET〉、顕微授精〈ICSI〉)と段階的に進める。ただし女性の年齢や卵管閉塞、高度の男性不妊など原因によっては、早期にARTへ移行する。なお2022年4月から、人工授精やARTを含む不妊治療が保険適用となった(ARTには年齢・回数の条件がある)。
年齢と生殖
女性の卵子は出生後に新たにつくられることはなく、年齢とともに数・質ともに低下する。35歳以上では妊娠率の低下、流産率の上昇、胎児の染色体異常(ダウン症候群など)の頻度の上昇がみられる。
POINT
・女性の加齢とともに、自然妊娠でも体外受精でも妊娠率は低下し、流産率は上昇する(卵子の数と質の低下による)。 ・我が国ではART出生児が増え続けており、出題当時で数十人に1人、近年は約10人に1人である。 ・不妊の原因に男性因子が関与するのは約半数であり、男女の比重はほぼ同じである。 ・夫婦全体の不妊の頻度は約10〜15%であるが、40歳代女性では大幅に高い。 ・体外受精の流産率は、同年齢で比べれば自然妊娠と大差ない。 ・不妊症の定義は現在「1年」(2015年に2年から変更)。
