胃がなくなると何が起こる?―胆石と巨赤芽球性貧血を「胃の働き」から読み解く
第106回医師国家試験 I問題 第30問
国試問題にチャレンジ
胃全摘術後にきたしやすいのはどれか。2つ選べ。
- a.胆石症
- b.ペラグラ
- c.高尿酸血症
- d.門脈圧亢進症
- e.巨赤芽球性貧血
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胃全摘後の障害は、胃の機能の喪失、リンパ節郭清に伴う迷走神経の切離、再建による食物の通り道の変化から整理すると理解しやすくなります。壁細胞由来の内因子が失われるとビタミンB12が吸収できず、肝臓の貯蔵が尽きる術後数年(多くは5年前後)で巨赤芽球性貧血をきたすため、ビタミンB12の筋注で補います。迷走神経の切離やCCK分泌刺激の減少で胆嚢の収縮能が落ちると、胆汁がうっ滞して胆石症が起こりやすくなります。ほかにも鉄欠乏性貧血、早期・後期ダンピング症候群、アルカリ性の逆流性食道炎、骨代謝障害が代表的で、ペラグラ、高尿酸血症、門脈圧亢進症は胃全摘との関連が乏しいものです。病態のしくみと発症時期を結びつけて理解しておくことが、術後の長期フォローで合併症を見逃さないための土台になります。
解答・解説
正解はa, eです
胃切除後症候群(胃切除術の後に生じる様々な障害)の知識を問う問題である。 胃全摘術の大半は胃癌に対して行われ、胃そのものの喪失に加えて、リンパ節郭清に伴う迷走神経の切離、再建法(Roux-en-Y法が一般的)による食物の通り道の変化が生じる。これらから起こる障害を、原因ごとに整理すると考えやすい。 ・胃の貯留機能の喪失:少量しか食べられない(小胃症状)、食物が急速に小腸へ流れ込むダンピング症候群。 ・胃の分泌機能の喪失:内因子の欠如によるビタミンB12吸収障害(巨赤芽球性貧血)、胃酸の欠如による鉄吸収低下(鉄欠乏性貧血)。 ・食物が十二指腸を通らなくなること:鉄・カルシウムの吸収低下(骨粗鬆症・骨軟化症)、膵液・胆汁と食物の混ざりが悪くなることによる脂肪の消化吸収障害。 ・迷走神経の切離:胆嚢の収縮能低下による胆石症、下痢。 ・噴門の喪失:逆流性食道炎(胆汁・膵液などアルカリ性の腸液の逆流)。 この枠組みに当てはめると、胆石症と巨赤芽球性貧血が「きたしやすい」ものとして選べる。他の選択肢は、胃全摘との因果関係が乏しい、またはむしろ起こりにくいものである。
選択肢考察
- ○a. 胆石症
胃癌に対する胃全摘術では、リンパ節郭清の過程で迷走神経の肝枝・腹腔枝が切離されることが多い。迷走神経は胆嚢の収縮を促す働きをもつため、切離により胆嚢の収縮能が低下して胆汁がうっ滞し、胆汁の組成も変化する。さらに食物が十二指腸を通過しない再建では、十二指腸から分泌されて胆嚢収縮を促すコレシストキニン(CCK)の分泌刺激も減少する。これらの結果、術後に胆嚢結石が形成されやすくなる。このため、胃癌手術の際に予防的胆嚢摘出術を併せて行うかどうかが議論されてきた。
- ×b. ペラグラ
ペラグラはナイアシン(ニコチン酸、ビタミンB3)の欠乏によって起こり、日光露光部の皮膚炎(Dermatitis)、下痢(Diarrhea)、認知症などの精神神経症状(Dementia)の「3D」を特徴とする。原因はトウモロコシを主食とする偏食、アルコール依存症、トリプトファンの吸収障害を伴うHartnup病、カルチノイド症候群(トリプトファンがセロトニン合成に消費される)、イソニアジドの長期投与などである。胃全摘後に特に起こりやすい疾患ではない。
- ×c. 高尿酸血症
高尿酸血症は、プリン体・アルコール・果糖の過剰摂取や肥満など、主に栄養過剰の状態に関連して生じる。胃全摘後は1回の食事量が減り、体重も減少することが多いため、高尿酸血症はむしろ起こりにくい方向に働く。胃全摘に特有の合併症ではない。
- ×d. 門脈圧亢進症
門脈圧亢進症は門脈血流の障害によって生じ、原因の多くは肝硬変である。そのほか特発性門脈圧亢進症、肝外門脈閉塞症、Budd-Chiari症候群などがある。胃全摘術では門脈本幹やその血流を障害するような操作は通常行わないため、術後の合併症として門脈圧亢進症をきたすことはない。
- ○e. 巨赤芽球性貧血
ビタミンB12は、胃の壁細胞から分泌される内因子と結合して回腸末端で吸収される。胃全摘により内因子が完全に失われるため、ビタミンB12が吸収できなくなる。ただし肝臓には数年分のビタミンB12が貯蔵されているため、欠乏が顕在化するのは術後すぐではなく、おおむね術後2〜10年(多くは5年前後)である。ビタミンB12欠乏ではDNA合成が障害され、大球性の巨赤芽球性貧血をきたすほか、亜急性連合性脊髄変性症などの神経障害も起こりうる。予防・治療として、ビタミンB12の筋肉内注射(非経口投与)を定期的に行う。
胃切除後症候群のまとめ
・早期ダンピング症候群:食後30分以内。高浸透圧の食物が急速に小腸へ流入し、腸管内に体液が移動して循環血漿量が減少する。血管作動性物質も関与し、動悸・冷汗・めまい・腹痛・下痢などを生じる。 ・後期ダンピング症候群:食後2〜3時間。急速な糖吸収による高血糖に反応してインスリンが過剰に分泌され、反応性の低血糖となる。冷汗・脱力・手指振戦・意識障害など。糖分の摂取で改善する。 ・貧血:鉄欠乏性貧血(胃酸欠如でFe³⁺からFe²⁺への還元が低下、十二指腸を通らないことによる吸収低下。比較的早期から出現)と、巨赤芽球性貧血(内因子欠如によるビタミンB12欠乏。術後数年を経て出現)。 ・骨代謝障害:カルシウム・ビタミンDの吸収低下による骨粗鬆症・骨軟化症。 ・逆流性食道炎:全摘後は胆汁・膵液などのアルカリ性逆流が主体となる。 ・胆石症:迷走神経切離による胆嚢収縮能低下などが原因。 ・輸入脚症候群:Billroth II法再建後に輸入脚に内容が停滞して生じる。 ・小胃症状、体重減少、吻合部潰瘍など。
ビタミンB12の吸収経路
食物中のB12は胃酸・ペプシンで蛋白から遊離し、唾液由来のハプトコリンと結合する。十二指腸で膵酵素によりハプトコリンが分解されると内因子と結合し、回腸末端の受容体を介して吸収される。したがって胃全摘・悪性貧血(内因子欠乏)、回腸末端切除やCrohn病、盲係蹄症候群(腸内細菌による消費)、裂頭条虫症などでB12欠乏となる。
POINT
・胃全摘後に起こりやすいもの:ダンピング症候群、貧血(鉄欠乏性・巨赤芽球性)、骨代謝障害、逆流性食道炎、胆石症、小胃症状。 ・巨赤芽球性貧血:内因子欠如によるビタミンB12吸収障害。肝の貯蔵があるため術後数年(2〜10年、多くは5年前後)で発症。治療はビタミンB12の筋注。 ・胆石症:郭清に伴う迷走神経切離で胆嚢収縮能が低下するため。 ・ペラグラはナイアシン欠乏(3D:皮膚炎・下痢・認知症)で胃全摘とは無関係。
