局所麻酔の直後に血圧が急降下―頻脈とwheezesが告げるアナフィラキシーショック
第106回医師国家試験 G問題 第60問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,59~61の問いに答えよ。 17歳の女子。頭痛を主訴に母親に伴われて来院した。 現病歴:2日前から頭痛と発熱とがみられていた。頭痛は後頸部が突っ張るような感じで,次第に増強してきたという。咽頭痛や咳はない。悪心や腹痛はなく,排尿時痛もない。 既往歴:14歳時に虫垂炎で手術を受けた。薬物アレルギーはない。 家族歴:父親が高血圧症で内服加療中。 現症:意識は清明。身長161 cm,体重48 kg。体温38.0℃。脈拍76/分,整。血圧116/70 mmHg。呼吸数22/分。心音と呼吸音とに異常を認めない。項部硬直とjolt accentuationとを認める。 髄膜炎を疑い,腰椎穿刺(髄液検査)を予定した。
患者と母親は腰椎穿刺(髄液検査)に同意し,局所麻酔下での穿刺を希望した。リドカインによる局所麻酔を開始したところ,患者は悪心と呼吸困難とを訴えた。脈拍124/分,整。血圧76/48 mmHg。呼吸数28/分。胸部全体にwheezesを聴取する。心音に異常を認めない。 血圧低下の原因として最も考えられるのはどれか。
- a.出血
- b.心不全
- c.敗血症
- d.迷走神経反射
- e.アナフィラキシー
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
薬剤投与の直後に呼吸困難・wheezes・頻脈を伴う血圧低下が急速に出現した場合は、アナフィラキシーショックを第一に考えます。ヒスタミンなどの化学伝達物質による血管拡張と血管透過性亢進が血液分布異常性ショックを、気管支平滑筋収縮がwheezesを引き起こし、皮膚症状がなくても診断は否定されません。迷走神経反射は徐脈を伴う低血圧、敗血症は時間単位で進行するショック、局所麻酔薬中毒は中枢神経症状が先行してけいれんや心抑制に至る点で区別できます。治療は原因薬剤の中止とアドレナリン筋注が第一選択で、体位・酸素・輸液を併用します。局所麻酔のような日常的な処置でも急変は起こりうるため、ショックの分類に基づく鑑別と初期対応を身につけておくことが安全な診療の基盤になります。
解答・解説
正解はeです
これまでの経過
17歳の女子が2日前からの発熱と後頸部のこわばる頭痛で受診し、項部硬直とjolt accentuation(頭部を水平に素早く振ると頭痛が増強する所見)が陽性であったことから髄膜炎が疑われ、腰椎穿刺による髄液検査が予定された。来院時は意識清明、脈拍76/分、血圧116/70 mmHg、心音・呼吸音に異常はなく、循環・呼吸は安定していた。
今回起きたことの整理
・リドカインによる局所麻酔を開始した直後に、悪心と呼吸困難が出現した(特定の薬剤投与と時間的に密接に関連した急性発症) ・脈拍76/分→124/分の頻脈、血圧116/70→76/48 mmHgの低下:頻脈を伴う血圧低下でありショック状態である ・呼吸数22/分→28/分に増加し、来院時にはなかったwheezes(笛様の連続性ラ音)が胸部全体で聴取される:気管支平滑筋の攣縮による下気道狭窄を示す。喉頭浮腫による上気道狭窄が加わっている可能性もある ・悪心:消化器症状 ・心音に異常はない:心原性の原因を示唆する所見(III音、雑音など)はない
診断へのプロセス
ショックの原因は、循環血液量減少性(出血など)、心原性(心不全など)、血液分布異常性(敗血症、アナフィラキシー、神経原性など)、閉塞性(緊張性気胸、肺塞栓など)に分けて考える。本例では、薬剤(リドカイン)への曝露直後に、呼吸器症状(呼吸困難・wheezes)、循環器症状(頻脈を伴う血圧低下)、消化器症状(悪心)という複数の臓器にまたがる症状が急激に出現しており、アナフィラキシーの典型的な経過である。皮膚症状(蕁麻疹・紅潮など)の記載はないが、アナフィラキシーでは皮膚症状を欠く例もあり、現在の診断基準でも、原因となりうる物質への曝露後に急激な血圧低下や気管支攣縮が起これば皮膚症状がなくても診断できるとされている。既往歴に虫垂炎の手術があり、その際にリドカインなどの局所麻酔薬に曝露(感作)されていた可能性も考えられる。 血圧低下の機序は、肥満細胞や好塩基球から放出されたヒスタミンなどの化学伝達物質による全身の血管拡張と血管透過性亢進(血漿の血管外漏出による相対的な循環血液量減少)であり、分類上は血液分布異常性ショックに当たる。その代償として頻脈となる。
選択肢考察
- ×a. 出血
出血による循環血液量減少性ショックでも頻脈と血圧低下は起こるが、本例では外傷、消化管出血(吐血・下血)、性器出血などの出血源を示す情報がない。局所麻酔の注射が始まったばかりで穿刺も行われておらず、この時点で大量出血が起こる理由がない。また、出血ではwheezesや呼吸困難、薬剤投与直後の急激な発症を説明できない。
- ×b. 心不全
急性心不全による心原性ショックでは、肺うっ血による呼吸困難や、心臓喘息としてwheezesが聴取されることもある。しかし、本例は心疾患の既往のない17歳で、来院時に心音・呼吸音の異常はなく、ショック時にも心音に異常(III音や心雑音など)を認めない。局所麻酔薬の注射直後に突然心不全が起こる状況は考えにくい。
- ×c. 敗血症
本例は髄膜炎が疑われており、感染症を背景とした敗血症性ショックは鑑別に挙がる。しかし、敗血症によるショックは感染の進行に伴って時間単位で進むのが通常で、局所麻酔の開始直後という特定のタイミングで急に起こることは考えにくい。また、全胸部のwheezesという気管支攣縮の所見も敗血症では説明しにくい。
- ×d. 迷走神経反射
血管迷走神経反射は、穿刺の痛みや緊張・恐怖をきっかけに急激に起こる血圧低下で、状況としては鑑別に挙がる。しかし、迷走神経(副交感神経)の緊張によって心拍数が低下するため、徐脈を伴う低血圧となるのが特徴であり、顔面蒼白、冷汗、あくび、意識消失(失神)などを伴う。本例は脈拍124/分の頻脈であり、wheezesや呼吸困難も迷走神経反射では説明できない。
- ○e. アナフィラキシー
原因となりうる薬剤(リドカイン)の投与直後に、呼吸困難・wheezes(気管支攣縮)、頻脈を伴う血圧低下(ショック)、悪心(消化器症状)という多臓器にわたる症状が急速に出現しており、アナフィラキシーショックとして矛盾がない。IgEを介するI型アレルギーでは、肥満細胞・好塩基球から放出されたヒスタミン、ロイコトリエンなどが血管拡張・血管透過性亢進・気管支平滑筋収縮を起こし、血圧低下と喘鳴をもたらす。皮膚症状の記載はないが、皮膚症状を欠くアナフィラキシーもあり、診断は否定されない。
アナフィラキシーとは
原因物質への曝露後、急速に全身の複数臓器に症状が出現し、生命に危険を及ぼしうる過敏反応である。血圧低下や意識障害を伴うものをアナフィラキシーショックという。多くはIgEを介するI型アレルギーであるが、造影剤などのようにIgEを介さずに肥満細胞を直接活性化するものもある。主な原因は薬剤(抗菌薬、NSAIDs、造影剤、筋弛緩薬など)、食物、ハチ毒、ラテックスなどである。 【主な症状】(すべてがそろうとは限らず、軽症から順に進むとも限らない) ・皮膚・粘膜:瘙痒感、紅潮、蕁麻疹、血管性浮腫(口唇・舌・眼瞼の腫脹)、結膜充血(最も頻度が高いが、欠くこともある) ・呼吸器:鼻閉、嗄声、喉頭浮腫による吸気性喘鳴、気管支攣縮によるwheezes・呼吸困難、低酸素血症 ・循環器:動悸、頻脈、血圧低下、不整脈、ショック、心停止 ・消化器:悪心・嘔吐、腹痛、下痢 ・神経:不安感、めまい、しびれ、意識障害、けいれん
診断の考え方(世界アレルギー機構の基準の要点)
・皮膚・粘膜症状が急速に出現し、かつ呼吸器症状、血圧低下・臓器不全症状、重度の消化器症状のいずれかを伴う ・または、原因の可能性が高い物質に曝露した後、急速に血圧低下、気管支攣縮、喉頭症状のいずれかが出現する(皮膚症状がなくてもよい)
局所麻酔薬に関連した急変の鑑別
・アナフィラキシー:頻脈・血圧低下、喘鳴、皮膚症状。局所麻酔薬そのもの(特にリドカインなどのアミド型)による真のアレルギーはまれで、エステル型(プロカインなど。代謝産物のパラアミノ安息香酸が抗原となる)の方が起こりやすいとされる。製剤中の防腐剤(メチルパラベンなど)が原因となることもある ・局所麻酔薬中毒:血管内への誤注入や過量投与で血中濃度が上がり、口周囲のしびれ、耳鳴、多弁、興奮、けいれん、意識障害などの中枢神経症状が先行し、重症では徐脈・不整脈・心停止をきたす。wheezesは通常みられない ・血管迷走神経反射:徐脈・血圧低下、蒼白、冷汗、失神 ・アドレナリン添加製剤による反応:動悸、頻脈、血圧上昇
ショックの分類
・循環血液量減少性:出血、脱水 ・心原性:心筋梗塞、心不全、不整脈 ・血液分布異常性:敗血症、アナフィラキシー、神経原性(脊髄損傷など) ・閉塞性:緊張性気胸、心タンポナーデ、肺塞栓症
POINT
・薬剤投与直後に呼吸困難・wheezes・頻脈を伴う血圧低下が出現したら、アナフィラキシーショックを第一に考える。 ・皮膚症状がなくてもアナフィラキシーは否定できない。 ・アナフィラキシーによる血圧低下は、血管拡張と血管透過性亢進による血液分布異常性ショックで、頻脈を伴う。 ・迷走神経反射による低血圧は徐脈を伴う点で区別する。 ・局所麻酔薬による急変では、アナフィラキシーと局所麻酔薬中毒(中枢神経症状→けいれん→心抑制)を鑑別する。
