作るのはプロラクチン、出すのはオキシトシン―胎盤が外れて始まる母乳のしくみ
第106回医師国家試験 G問題 第17問
国試問題にチャレンジ
母乳について正しいのはどれか。
- a.ビタミンKが豊富である。
- b.産後の月経発来を促進する。
- c.産褥1か月までは初乳と呼ぶ。
- d.プロラクチンは射乳を促進する。
- e.黄体ホルモンは乳汁分泌を抑制する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
母乳の分泌は、下垂体前葉のプロラクチンが乳汁を「作り」、下垂体後葉のオキシトシンが筋上皮細胞を収縮させて乳汁を「出す」という役割分担で成り立っています。妊娠中は胎盤由来のプロゲステロン(黄体ホルモン)とエストロゲンが乳汁産生を抑えており、分娩で胎盤が排出されると抑制が外れて分泌が本格化するため、胎盤遺残では乳汁分泌が遅れます。授乳中は高プロラクチン状態がGnRHを抑えて排卵を妨げ、月経の再開が遅れます。初乳は産後3〜5日ごろまでの乳汁で、分泌型IgAやラクトフェリンなどの感染防御因子に富みます。一方、母乳はビタミンKが少なく新生児・乳児のビタミンK欠乏性出血症の原因となるため、ビタミンK2シロップの予防投与が行われており、母乳の利点と弱点の両方を理解することが周産期・乳児診療の基本となります。
解答・解説
正解はeです
本問は、母乳の成分・分泌のしくみ・授乳が母体に及ぼす影響についての基本知識を問うものである。
乳汁分泌のしくみ
妊娠中は、胎盤から大量のエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)が分泌される。これらは乳腺を発育させる一方で、乳汁の本格的な産生は抑えている。分娩で胎盤が出ると、この2つのホルモンが急に減り、抑制が外れる。その結果、下垂体前葉から出るプロラクチンの作用で乳汁が本格的に作られ始める。さらに、児が乳頭を吸う刺激で下垂体後葉からオキシトシンが放出され、乳腺の周りの筋上皮細胞が収縮して乳汁が押し出される(射乳)。
解き方
「プロラクチン=乳汁を作る」「オキシトシン=乳汁を出す」という役割分担と、「妊娠中の乳汁産生はエストロゲン・プロゲステロンが抑えている」ことが分かれば、正解の e が選べる。加えて、母乳にはビタミンKが少ないこと、授乳中は月経の再開が遅れること、初乳は産褥早期の数日間に限った呼び名であることを押さえておけば、ほかの選択肢も誤りと判断できる。
選択肢考察
- ×a. ビタミンKが豊富である。
母乳に含まれるビタミンKはごくわずかである。さらに、ビタミンKは胎盤を通りにくいので新生児はもともと蓄えが少なく、腸内細菌によるビタミンK産生も生後しばらくは不十分である。このため、母乳だけで育つ児はビタミンK欠乏になりやすい。ビタミンKは凝固因子(II・VII・IX・X)の合成に欠かせないため、不足すると新生児メレナ(消化管出血)や、乳児期の頭蓋内出血を起こす(ビタミンK欠乏性出血症)。これを防ぐため、日本ではビタミンK2シロップを予防的に飲ませている。
- ×b. 産後の月経発来を促進する。
授乳すると、乳頭への吸啜刺激によってプロラクチンが多く分泌され続ける。高プロラクチン状態では、視床下部からのGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)の分泌が抑えられ、LH・FSHが低いままとなる。その結果、排卵が起こらず、月経の再開は遅れる(授乳性無月経)。したがって「促進する」は逆である。なお、授乳していない女性では、産後おおよそ6〜8週で月経が戻ることが多い。
- ×c. 産褥1か月までは初乳と呼ぶ。
初乳は分娩後およそ3〜5日ごろまでに出る、黄色っぽくやや粘り気のある乳汁を指す。その後の約1〜2週間は移行乳、産褥2週ごろ(10〜14日以降)からは成乳(成熟乳)と呼ぶ。「1か月まで」は長すぎる。初乳は量は少ないが、分泌型IgA・ラクトフェリン・リゾチームなどの感染防御物質や蛋白質を多く含み、新生児の感染予防に役立つ。
- ×d. プロラクチンは射乳を促進する。
プロラクチンは下垂体前葉から出るホルモンで、乳腺の細胞に働いて乳汁を「作らせる」(乳汁産生・催乳)。乳汁を乳管から「押し出す」射乳を起こすのは、下垂体後葉から出るオキシトシンである。オキシトシンは乳腺の筋上皮細胞を収縮させて射乳を起こすほか、子宮を収縮させて産後の子宮の回復(子宮復古)も助ける。役割が入れ替わっているので誤りである。
- ○e. 黄体ホルモンは乳汁分泌を抑制する。
妊娠中は胎盤から出る黄体ホルモン(プロゲステロン)と卵胞ホルモン(エストロゲン)の濃度が高い。これらは乳腺の発育を促す一方、プロラクチンが乳腺細胞で乳汁を作る作用を抑えている。このため、妊娠中はプロラクチンが高くても乳汁の本格的な分泌は起こらない。分娩で胎盤が排出されてこれらのホルモンが急に減ると抑制が外れ、産褥2〜3日ごろから乳汁分泌が本格化する。胎盤の一部が子宮内に残ると(胎盤遺残)乳汁分泌が遅れるのも、同じしくみで説明できる。したがって正しい。
母乳の時期による呼び名と特徴
・初乳(分娩後およそ3〜5日まで):量が少なく黄色みを帯びる。蛋白質、特に分泌型IgA・ラクトフェリン・リゾチームなどの感染防御因子が多い。 ・移行乳(初乳から成乳までの間。およそ産褥5日〜2週) ・成乳(成熟乳。産褥2週ごろ以降):初乳と比べて蛋白質は減り、乳糖と脂肪が増える。
母乳と牛乳の違い
・母乳は蛋白質の総量が少なく、そのうちカゼインの割合が低い。乳清蛋白質(α-ラクトアルブミン、ラクトフェリン、免疫グロブリンなど)の割合が高く、消化しやすい。 ・母乳は乳糖が多く、ミネラル(Na、Ca、P など)は少ないため腎臓への負担が小さい。 ・母乳で不足しやすいもの:ビタミンK、ビタミンD、鉄(生後6か月ごろ以降)。
新生児・乳児のビタミンK2シロップ投与
従来は出生時・産科退院時(生後1週ごろ)・1か月健診時の3回投与が基本だった。2021年の関連学会の提言では、さらに出生後3か月まで週1回投与を続ける方法が推奨されている。
授乳にかかわるホルモン
・プロラクチン(下垂体前葉):乳汁を作る。吸啜刺激で分泌が増える。GnRHを抑えて排卵を抑制する。ドパミンで分泌が抑えられる。 ・オキシトシン(下垂体後葉):射乳を起こす。子宮収縮を促す。吸啜刺激や、児の泣き声などの心理的刺激でも分泌される。 ・エストロゲン・プロゲステロン:乳腺を発育させるが、妊娠中は乳汁産生を抑えている。
母乳育児の利点
児:感染症の予防、消化・吸収がよい、アレルギーのリスク低下の可能性、母子の愛着形成。 母:オキシトシンによる子宮復古の促進(産後出血の軽減)、授乳性無月経による妊娠間隔の延長、乳癌・卵巣癌のリスク低下など。
POINT
・プロラクチン(下垂体前葉)=乳汁産生、オキシトシン(下垂体後葉)=射乳・子宮収縮 ・妊娠中はエストロゲンとプロゲステロンが乳汁分泌を抑えている。胎盤が出ると抑制が外れて分泌が始まる ・授乳は高プロラクチン状態を通じて排卵を抑え、月経の再開を遅らせる ・初乳は産褥3〜5日ごろまで。IgA・ラクトフェリンなどの感染防御因子が豊富 ・母乳はビタミンKが少なく、ビタミンK2シロップで補う
