肘は曲がるのに手首が反らない―2つの動きから読み解く頸髄損傷のレベル診断
第106回医師国家試験 F問題 第22問
国試問題にチャレンジ
32歳の男性。頸髄損傷患者。手関節の背屈はできないが,肘関節の屈曲は可能である。頸椎MRIでは脊髄の連続性が絶たれている。 この患者で可能と考えられるのはどれか。
- a.肩甲骨の挙上
- b.肘関節の伸展
- c.手関節の屈曲
- d.手指の伸展
- e.股関節の屈曲
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
頸髄損傷では、可能な動作と不可能な動作の主動筋と支配髄節を照らし合わせることで機能残存レベルを判定できます。肘屈曲(上腕二頭筋、C5)が可能で手関節背屈(橈側手根伸筋、C6)が不能ならC5残存であり、脊髄の連続性が断たれていればC6以下は完全麻痺と考えます。したがって、副神経とC3〜C4に支配される僧帽筋による肩甲骨挙上は保たれる一方、主にC7支配の肘伸展・手関節屈曲・手指伸展や、L2中心の股関節屈曲は不可能です。ASIAのkey muscle(C5肘屈曲〜Th1手指外転、L2股関節屈曲〜S1足関節底屈)と、残存レベルごとに到達可能なADL(C6のテノデーシス作用、C7のプッシュアップなど)を対応づけて理解しておくことが、診断だけでなくリハビリテーションのゴール設定にも役立ちます。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・頸髄損傷の32歳男性。 ・手関節の背屈(手の甲側へ反らす動き)ができない:手関節背屈の主動筋は長・短橈側手根伸筋で、主にC6髄節が支配する。したがってC6髄節は機能していない。 ・肘関節の屈曲は可能:肘屈曲の主動筋は上腕二頭筋(と上腕筋)で、主にC5髄節が支配する。したがってC5髄節は保たれている。 ・MRIで脊髄の連続性が断たれている:損傷部より下位への神経伝導は完全に途絶しており、損傷髄節以下は運動・感覚とも失われる完全麻痺と考えられる。
損傷レベルの判定
以上から、C5までの髄節は機能が残り、C6以下が完全に麻痺した状態、すなわち機能残存レベル(残っている最も下位の髄節)がC5の完全頸髄損傷と判断できる。
設問の考え方
可能な動作は「C5以上の髄節(あるいは脳神経)で支配される筋による動き」に限られる。各選択肢の動作について、主動筋とその支配髄節を思い浮かべ、C5より上か下かを判定すればよい。脊髄の連続性が断たれている以上、C6以下の髄節が支配する動作は、上肢であれ下肢であれすべて不可能である。
選択肢考察
- ○a. 肩甲骨の挙上
肩をすくめる動作であり、主動筋は僧帽筋(上部線維)で、肩甲挙筋が補助する。僧帽筋は副神経(第XI脳神経)とC3~C4の頸神経、肩甲挙筋はC3~C5の神経に支配され、いずれもC5以上の高さに由来する。機能残存レベルC5の本例では保たれるため、可能である。
- ×b. 肘関節の伸展
肘伸展の主動筋は上腕三頭筋(橈骨神経支配)で、主にC7髄節が支配する(C6~C8にまたがるが中心はC7)。C6以下が完全麻痺の本例では不可能である。上腕三頭筋が働くかどうかはプッシュアップ動作や車椅子移乗の自立度を大きく左右する。
- ×c. 手関節の屈曲
手関節屈曲(掌屈)の主動筋は橈側手根屈筋・尺側手根屈筋で、主にC7(~C8)髄節が支配する。背屈の主動筋(C6)よりもさらに下位の髄節支配であり、背屈ができない本例で屈曲が可能なことはない。
- ×d. 手指の伸展
手指伸展の主動筋は総指伸筋(橈骨神経支配)で、主にC7髄節(C7~C8)が支配する。C6以下が完全に麻痺している本例では不可能である。
- ×e. 股関節の屈曲
股関節屈曲の主動筋は腸腰筋で、主にL1~L3髄節が支配する(大腰筋にはTh12からの枝も加わることがある)。頸髄で脊髄の連続性が断たれているため、腰髄からの運動指令は届かず、下肢の随意運動はすべて失われている。
主な髄節と動作・主動筋の対応
・C4:肩甲骨挙上(僧帽筋・肩甲挙筋)、横隔膜(C3~C5の横隔神経) ・C5:肩関節外転(三角筋)、肘関節屈曲(上腕二頭筋) ・C6:手関節背屈(長・短橈側手根伸筋) ・C7:肘関節伸展(上腕三頭筋)、手関節屈曲(橈側手根屈筋)、手指伸展(総指伸筋) ・C8:手指屈曲(深指屈筋) ・Th1:手指外転(小指外転筋・骨間筋) ・L2:股関節屈曲(腸腰筋) ・L3:膝関節伸展(大腿四頭筋) ・L4:足関節背屈(前脛骨筋) ・L5:母趾伸展(長母趾伸筋) ・S1:足関節底屈(下腿三頭筋) (米国脊髄損傷協会 ASIA の神経学的評価で用いられる上肢C5~Th1、下肢L2~S1の10組の key muscle と対応する。)
機能残存レベルと日常生活動作(ADL)の目安
・C4:頸部と肩甲骨の運動、自発呼吸は可能。上肢は使えず、ADLはほぼ全介助で、顎や呼気で操作する電動車椅子を用いる。 ・C5(本例):肩と肘屈曲が可能。装具(手関節を固定する装具や自助具)を用いた食事・整容が一部可能。平地ではハンドリムに工夫をした車椅子の短距離駆動や電動車椅子を用いる。 ・C6:手関節背屈が可能となり、背屈に伴い指が受動的に曲がるテノデーシス作用を利用したつまみ動作ができる。車椅子駆動が自立し、条件がよければ移乗も一部自立する。 ・C7:上腕三頭筋が働くためプッシュアップが可能となり、移乗動作が自立しやすい。 ・C8~Th1:手指の機能が加わり、車椅子でのADLがほぼ自立する。
完全損傷と不全損傷
損傷髄節以下の運動・感覚が完全に失われ、最下位の仙髄(S4~S5)領域の感覚や肛門括約筋の随意収縮も消失しているものを完全損傷と呼ぶ(ASIA 機能障害尺度 A)。脊髄の連続性が断たれていれば、原則として完全損傷である。
POINT
・手関節背屈はC6、肘屈曲はC5:背屈不能・肘屈曲可能ならC5残存(C6以下の麻痺)。 ・肩甲骨挙上は僧帽筋(副神経+C3~C4)で、C5残存なら保たれる。 ・肘伸展・手関節屈曲・手指伸展はいずれも主にC7支配。 ・股関節屈曲は腸腰筋(L1~L3、key muscle はL2)。 ・脊髄の連続性が断たれていれば損傷部以下は完全麻痺。 ・髄節ごとの key muscle と、残存レベル別の到達可能なADLを対応づけて覚える。
