StudyMed医師国家試験

分娩時の大量出血から2年―汎下垂体機能低下症で「最初に補う」ホルモンはどれか

第106回医師国家試験 D問題 第37問

国試問題にチャレンジ

第106回 D問題 第37問

35歳の女性。2か月前からの全身倦怠感を主訴に来院した。1年前に会社の健康診断で貧血と高コレステロール血症とを指摘されたが,精査を受けたことはない。2年前に,分娩時に大量出血し,輸血を受けたことがある。授乳経験はない。月経周期は不整である。身長162 cm,体重50 kg。脈拍60/分,整。血圧84/60 mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。血液所見:赤血球350万,Hb 9.1 g/dL,Ht 25%,白血球6,800,血小板18万。血液生化学所見:空腹時血糖68 mg/dL,総コレステロール269 mg/dL,AST 26 IU/L,ALT 21 IU/L,CK 297 IU/L(基準30~140),Na 126 mEq/L,K 4.9 mEq/L,Cl 94 mEq/L,Fe 18 μg/dL,TSH 0.3 μU/mL(基準0.2~4.0),FT4 0.6 ng/dL(基準0.8~2.2),コルチゾール1.6 μg/dL(基準5.2~12.6)。  まず選択すべき治療薬として適切なのはどれか。

  1. a.HMG-CoA還元酵素阻害薬
  2. b.副腎皮質ステロイド
  3. c.甲状腺ホルモン
  4. d.ブドウ糖
  5. e.鉄剤

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、一見ばらばらな検査異常を1つの病態にまとめ上げ、そのうえで治療の順番を決める問題だ。貧血、高コレステロール、低ナトリウム、甲状腺ホルモンとコルチゾールの低下。これらをつなぐ鍵は既往歴にある。まずは甲状腺の数値から見てみよう。
医学生医学生
FT4が低いので甲状腺機能低下症ですね。でもTSHは基準範囲内なので、そこまで悪くないのかなと思いました。
ドクタードクター
そこが最初の落とし穴だ。甲状腺そのものが悪い原発性なら、ネガティブフィードバックでTSHは著明に上がるはず。FT4が低いのにTSHが上がっていない、むしろ下限付近ということは、TSHを出す側、つまり下垂体か視床下部が働いていないことを意味する。中枢性の甲状腺機能低下症だ。
医学生医学生
なるほど、TSHが「正常」なこと自体が異常なんですね。コレステロールやCKが高いのも甲状腺機能低下で説明できますか。
ドクタードクター
できる。甲状腺ホルモンが不足すると肝臓のLDL受容体が減ってLDLが取り込まれにくくなり、筋肉の代謝も落ちてCKが上がる。倦怠感や脈が遅めなのも合致する。次はコルチゾールだ。
医学生医学生
著明に低いので副腎不全です。血圧が低くて、血糖も低め、ナトリウムも低いのはそのせいでしょうか。
ドクタードクター
その通り。コルチゾールが欠乏すると血管の反応性が落ちて低血圧になり、糖新生が弱まって血糖が下がる。さらにADHの分泌が抑えられなくなって水が貯まり、希釈性の低ナトリウム血症になる。
医学生医学生
でも内分泌の講義でAddison病は高カリウム血症になると習いました。今回はそれほどカリウムが高くないですね。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。アルドステロンは主にレニン・アンギオテンシン系で調節されるから、下垂体が原因の続発性副腎不全では保たれる。だから高カリウム血症は目立たないし、ACTHが高くならないので色素沈着もない。ここまでで、甲状腺と副腎の両方が下垂体レベルで障害されていることがわかった。では、その原因は?
医学生医学生
2年前の分娩時の大量出血と輸血、そのあと授乳経験がなく月経も不順……Sheehan症候群ですか。
ドクタードクター
正解。妊娠中に腫大して血流需要が増した下垂体前葉が、分娩時の大量出血やショックで虚血・壊死に陥る病態だ。乳汁が出なかったのはプロラクチン、月経不順はゴナドトロピンの不足と考えられ、複数の前葉ホルモンが障害された汎下垂体機能低下症になっている。後葉は動脈から直接血流を受けるので障害されにくく、尿崩症はまれだ。
医学生医学生
診断はわかりましたが、甲状腺も副腎も足りないなら、どちらから補ってもいい気がします。
ドクタードクター
ここが設問の本題だ。甲状腺ホルモンは全身の代謝を高めて、コルチゾールの分解も促進する。副腎不全を放置したまま甲状腺ホルモンを先に入れると、コルチゾールの需要だけが増えて供給が追いつかず、急性副腎不全、つまり副腎クリーゼを誘発しかねない。だから、まず副腎皮質ステロイド、通常は生理的なヒドロコルチゾンを補充し、そのあとに甲状腺ホルモンを少量から始める。
医学生医学生
副腎が先、甲状腺は後、ですね。コレステロールが高いのでスタチンも必要かと思いましたが。
ドクタードクター
この高コレステロール血症は甲状腺機能低下による二次性だから、ホルモン補充で改善が期待できる。しかもスタチンには横紋筋融解症の副作用があり、すでにCKが上がっている状態ではリスクが高まる。最初に選ぶ薬ではないね。
医学生医学生
血糖が低めなのでブドウ糖、鉄が低いので鉄剤、というのもまず優先すべきではないということですね。
ドクタードクター
そう。低血糖症状が出ているわけではなく、原因のホルモン欠乏を補えば改善が期待できる。貧血も小球性で鉄欠乏の要素はありそうだけれど、緊急性は低い。下垂体機能低下症そのものでも貧血は起こりうるから、ホルモン補充を始めてから鉄欠乏の原因を調べ、必要なら鉄剤を使えばいい。生命に関わる副腎不全の治療が最優先だ。
医学生医学生
補充を始めたあとの注意点はありますか。
ドクタードクター
2つ挙げておこう。1つは、中枢性甲状腺機能低下症ではTSHが指標にならないので、レボチロキシンの量はFT4を見て調節すること。もう1つは、発熱や手術などのストレス時にはヒドロコルチゾンを増量するシックデイ対応を患者さんにしっかり指導すること。これを怠ると副腎クリーゼを起こしうる。性腺については、挙児希望がなければKaufmann療法、希望があればゴナドトロピン療法を考える。画像では経過とともに下垂体が萎縮し、empty sellaを呈することもある。
医学生医学生
分娩から何年も経って倦怠感で受診することもあるなら、産科歴を聞くのは大事ですね。
ドクタードクター
まさにそう。Sheehan症候群は診断まで年単位かかることも少なくない。原因不明の倦怠感や低ナトリウム血症を見たら、分娩歴や乳汁分泌の有無まで聞く習慣をつけておこう。

まとめ

分娩時の大量出血後に乳汁分泌不全や月経異常をきたし、倦怠感・低血圧・低ナトリウム血症などを呈する場合は、下垂体前葉の虚血壊死によるSheehan症候群(汎下垂体機能低下症)を考えます。FT4低値にもかかわらずTSHが上昇しないことは中枢性甲状腺機能低下症を示し、続発性副腎不全ではアルドステロンが保たれるため高カリウム血症や色素沈着は目立ちません。副腎不全と甲状腺機能低下症が併存する場合は、甲状腺ホルモンの先行投与が副腎クリーゼを誘発しうるため、まず副腎皮質ステロイド(ヒドロコルチゾン)を補充し、その後に甲状腺ホルモンを少量から開始するのが原則です。二次性の高コレステロール血症や軽度の低血糖・貧血は、ホルモン補充後に改めて評価すればよい問題です。ホルモン補充の順序は内分泌救急でも頻出の重要事項であり、病態生理から理解しておくことで臨床でも迷わず対応できます。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・35歳女性、2か月前からの全身倦怠感 ・2年前の分娩時に大量出血し輸血を受けた。その後授乳経験がない(乳汁分泌がなかったと考えられる)、月経周期不整 ・血圧84/60 mmHg(低血圧)、脈拍60/分(やや徐脈傾向) ・貧血:Hb 9.1 g/dL。MCV(平均赤血球容積)=Ht÷赤血球数=25%÷350万/μL≒71 fLと小球性で、血清鉄18 μg/dLと低値 ・空腹時血糖68 mg/dL(低め)、総コレステロール269 mg/dL(高値)、CK 297 IU/L(高値) ・Na 126 mEq/L(低ナトリウム血症)、K 4.9 mEq/L(基準上限付近) ・FT4 0.6 ng/dL(低値)なのにTSH 0.3 μU/mL(基準内だが低め) ・コルチゾール1.6 μg/dL(著明低値)

診断へのプロセス

FT4低値、高コレステロール血症、CK上昇、徐脈傾向、倦怠感は甲状腺機能低下症を示す。原発性(甲状腺そのものの障害)であればフィードバックによりTSHは著明に上昇するはずだが、本例のTSHは基準範囲の下限付近にとどまっている。FT4が低いのにTSHが上がらないのは下垂体(または視床下部)の障害による中枢性(続発性)甲状腺機能低下症を意味する。 さらにコルチゾールが著明に低く、低血圧、低ナトリウム血症、低血糖傾向を伴っており、副腎皮質機能低下症も存在する。コルチゾールが欠乏すると、抗利尿ホルモン(ADH)の分泌が抑制されなくなり水が貯留して希釈性の低ナトリウム血症をきたす。一方、アルドステロンはACTHではなく主にレニン・アンギオテンシン系で調節されるため、下垂体性(続発性)の副腎不全では保たれ、原発性副腎不全(Addison病)ほど高カリウム血症は目立たない。 加えて、分娩後に乳汁が出なかった(プロラクチン分泌不全)ことや月経不順(ゴナドトロピン分泌不全)も含めると、複数の下垂体前葉ホルモンが障害された汎下垂体機能低下症である。分娩時大量出血の既往と合わせ、Sheehan症候群(分娩後下垂体壊死)と診断できる。

設問の考え方

副腎皮質機能低下症と甲状腺機能低下症が併存するときの補充の順序が問われている。甲状腺ホルモンは全身の代謝を高め、コルチゾールの代謝(分解)も促進する。副腎不全が未治療のまま甲状腺ホルモンを先に補充すると、コルチゾールの需要が増える一方で供給が追いつかず、急性副腎不全(副腎クリーゼ)を誘発しうる。したがって、まず副腎皮質ステロイド(通常はヒドロコルチゾン)を補充し、その後に甲状腺ホルモンを少量から開始する。

選択肢考察

  1. ×a.  HMG-CoA還元酵素阻害薬

    HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は、コレステロール合成の律速酵素を阻害して肝細胞内コレステロールを減らし、LDL受容体を増やすことで血中LDLコレステロールを低下させる脂質異常症治療薬である。本例の高コレステロール血症は、甲状腺ホルモン不足によるLDL受容体の発現低下(LDLの肝での取り込み低下)に起因する二次性のもので、ホルモン補充により改善が期待できる。さらにスタチンの副作用には横紋筋融解症があり、甲状腺機能低下症で既にCKが上昇している状態では筋障害のリスクが高まる。まず選ぶ薬ではない。

  2. ○b.  副腎皮質ステロイド

    コルチゾール1.6 μg/dLと著明に低く、低血圧・低ナトリウム血症・低血糖傾向を伴う続発性副腎皮質機能低下症があり、生命に関わるためまず補充すべきである。生理的なグルココルチコイドであるヒドロコルチゾンを用いるのが一般的である。甲状腺機能低下症も併存しているが、甲状腺ホルモンを先に投与すると副腎クリーゼを誘発しうるため、副腎皮質ステロイドの補充を先行させるのが原則である。

  3. ×c.  甲状腺ホルモン

    中枢性甲状腺機能低下症があり、いずれ甲状腺ホルモン(レボチロキシン)の補充は必要である。しかし副腎不全が未治療のまま先に投与すると、代謝亢進によりコルチゾールの消費・分解が増え、急性副腎不全(副腎クリーゼ:ショック、意識障害、低血糖など)を招く危険がある。副腎皮質ステロイドを開始した後に、少量から始めて漸増する。したがって最初の薬としては不適切である。なお中枢性甲状腺機能低下症ではTSHが指標にならないため、補充量はFT4を指標に調節する。

  4. ×d.  ブドウ糖

    空腹時血糖68 mg/dLはやや低めであり、コルチゾールや成長ホルモンといった血糖を上げるホルモンの欠乏を反映していると考えられる。しかし低血糖症状(冷汗、動悸、意識障害など)はなく、緊急にブドウ糖を投与する状況ではない。原因であるホルモン欠乏を補充すれば改善が期待できる。

  5. ×e.  鉄剤

    MCV約71 fLの小球性貧血で血清鉄18 μg/dLと低値であり、鉄欠乏の要素はあると考えられる。一方で、下垂体機能低下症では甲状腺ホルモン・アンドロゲン・コルチゾールなどの不足によっても貧血(本来は正球性)をきたす。いずれにせよ貧血はHb 9.1 g/dLで緊急性は低く、生命に関わる副腎不全の治療を差し置いて最初に選ぶ薬ではない。必要であれば、ホルモン補充を開始した後に鉄欠乏の原因を調べたうえで鉄剤を投与する。

Sheehan症候群

・分娩時の大量出血やショックにより、妊娠で腫大し血流需要の高まった下垂体前葉が虚血・梗塞に陥り、下垂体前葉機能低下症をきたす病態。 ・前葉ホルモンの障害は複数に及ぶことが多い。下垂体後葉は動脈から直接血流を受けるため障害されにくく、尿崩症の合併はまれである。 ・画像では、時間の経過とともに下垂体が萎縮し、トルコ鞍内が髄液で満たされた空洞(empty sella)を呈する。 ・診断までに数年以上かかることもあり、本例のように分娩後しばらくして倦怠感や貧血、脂質異常などで気付かれることがある。

欠乏ホルモンと症状

・PRL(プロラクチン):分娩後の乳汁分泌不全(最も早期に気付かれる症状) ・LH/FSH(ゴナドトロピン):無月経・月経不順、性欲低下、腋毛・恥毛の脱落、乳房萎縮 ・TSH:寒がり、皮膚乾燥、便秘、徐脈、高コレステロール血症、CK上昇 ・ACTH:全身倦怠感、低血圧、低血糖、低ナトリウム血症、皮膚の色素脱失(原発性副腎不全と異なり色素沈着はない) ・GH(成長ホルモン):低血糖傾向、体脂肪増加、筋力・活力の低下

原発性副腎不全と続発性副腎不全の違い

・原発性(Addison病):ACTH高値、皮膚の色素沈着あり、アルドステロンも低下し高カリウム血症を伴いやすい。 ・続発性(下垂体性):ACTH低値または不適切に正常、色素沈着なし、アルドステロンは保たれ高カリウム血症は目立たない。低ナトリウム血症は主にADH分泌の不適切な亢進による。

ホルモン補充療法

・副腎皮質:ヒドロコルチゾン(ストレス時・発熱時は増量=シックデイ対応を指導する) ・甲状腺:レボチロキシン(副腎皮質ホルモン補充開始後に少量から) ・性腺:挙児希望がなければエストロゲン・プロゲスチンの周期的補充(Kaufmann療法)、挙児希望があればゴナドトロピン療法 ・GH:成人GH分泌不全症の基準を満たせば補充を考慮

POINT

・分娩時大量出血+乳汁分泌不全・月経異常+倦怠感・低血圧 → Sheehan症候群(汎下垂体機能低下症)。 ・FT4低値なのにTSHが上昇していない → 中枢性(下垂体性)甲状腺機能低下症。 ・続発性副腎不全では低ナトリウム血症・低血糖をきたすが、色素沈着や高カリウム血症は目立たない。 ・副腎不全と甲状腺機能低下症の併存では、副腎皮質ステロイドを先に補充し、その後に甲状腺ホルモンを開始する(逆にすると副腎クリーゼを誘発)。 ・甲状腺機能低下症による高コレステロール血症・CK上昇はホルモン補充で改善する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。