「効率」は倫理か?―医療倫理の4原則を一度で整理する
第106回医師国家試験 C問題 第15問
国試問題にチャレンジ
医の倫理原則に含まれないのはどれか。
- a.与益
- b.公正
- c.効率
- d.無危害
- e.自律尊重
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
医療倫理の4原則は、ビーチャムとチルドレスが提唱した自律尊重・無危害・与益(善行)・正義(公正)の4つであり、「効率」は含まれません。効率は医療経済や政策のうえでは重要な観点ですが、過度に重視すると患者中心の医療や公正の原則と対立しうるため、倫理原則とは区別されます。4原則には優劣がなく、輸血拒否のように自律尊重と与益が衝突する場面では、状況に応じて重みを比較検討する必要があり、その整理には臨床倫理の4分割法が役立ちます。ベルモント・レポートの3原則やヘルシンキ宣言・リスボン宣言などの関連規範とあわせて理解しておくことが、国試対策だけでなく、実際の臨床で倫理的判断を下す力の基盤になります。
解答・解説
正解はcです
問われているテーマ
医療倫理の基本となる4原則を問う問題である。米国の生命倫理学者ビーチャム(Beauchamp)とチルドレス(Childress)が著書『生命医学倫理(Principles of Biomedical Ethics)』で提唱したもので、臨床での倫理的判断の枠組みとして広く用いられている。
医療倫理の4原則
1. 自律尊重(respect for autonomy): 判断能力のある患者の自己決定を尊重する。 2. 無危害(non-maleficence): 患者に害を与えない、害を避ける。 3. 与益(beneficence): 患者の利益のために最善を尽くす(善行・恩恵・仁恵とも訳される)。 4. 正義(justice): 利益と負担、医療資源を公平・公正に配分する(本問では「公正」と表現されている)。
考え方
選択肢のうち4原則に該当しないものを選べばよい。「効率」は医療経営や医療資源の配分を考えるうえで大切な観点ではあるが、4原則そのものには含まれない。効率を優先すると、個々の患者の利益や意思と衝突することがあるため、倫理原則とは区別して考える必要がある。
選択肢考察
- ×a. 与益
4原則に含まれる。与益(beneficence)は、患者の最善の利益のために行動するという原則であり、かつては「善行」「恩恵」「仁恵」とも訳されていた。単に害を与えないだけでなく、積極的に患者の健康や福祉を増進する行為を求める点で、無危害とは区別される。ヒポクラテスの誓いにも通じる、医療の最も古くからある倫理観である。
- ×b. 公正
4原則に含まれる。原語はjustice(正義)であり、公平・公正・平等(fairness、equality)を意味する。人種、性別、経済状態、社会的地位などによって患者を差別せず、同じ状況の患者には同じ基準で医療を提供すること、限られた医療資源(臓器移植のドナー臓器、集中治療室の病床など)を公平なルールで配分することを求める原則である。
- ○c. 効率
4原則に含まれない。効率は、医療資源を有効に活用し、医療費を適正化するという医療経済・医療政策上の観点としては重要である。しかし、ビーチャムとチルドレスの4原則には含まれない。効率を過度に重視すると、採算性の低い患者や手間のかかる患者を後回しにするなど、患者中心の医療や公正の原則と対立するおそれがある。資源配分の公平さは「公正(正義)」の原則で扱われるものであり、効率そのものが倫理原則として位置づけられているわけではない。
- ×d. 無危害
4原則に含まれる。無危害(non-maleficence、無加害とも訳される)は、患者に害を与えない、あるいは害のリスクを避けるという原則である。「まず害をなすなかれ(first, do no harm)」という格言に代表される。実際の医療では、検査や治療には副作用や合併症のリスクが伴うため、予想される利益(与益)と害(無危害)をてんびんにかけて判断することになる。
- ×e. 自律尊重
4原則に含まれる。自律尊重(respect for autonomy)は、判断能力のある患者が、自らの価値観に基づいて医療に関する決定を行う権利を尊重する原則である。インフォームド・コンセント(十分な説明を受けたうえでの同意)、プライバシー・守秘義務の尊重、真実の告知などは、この原則を具体化したものである。医師が患者の利益のためと考えて患者の意思に反した決定をするパターナリズム(父権主義)と対立しうる。
4原則の対立と調整
4原則は互いに優劣が決まっているわけではなく、具体的な場面ではしばしば衝突する。例えば、輸血を拒否する患者の意思(自律尊重)と、輸血をすれば救命できるという医学的判断(与益)が対立することがある。このような場合、各原則の重みを個別の状況に応じて比較検討し、最も妥当な判断を導く。
関連する倫理規範
・ヒポクラテスの誓い: 古代ギリシャの医師の倫理。患者の利益の追求、害を与えないこと、守秘義務などを含む。 ・ジュネーブ宣言(1948年、世界医師会): ヒポクラテスの誓いを現代的に表現したもの。 ・ニュルンベルク綱領(1947年): 人体実験における被験者の自発的同意の必要性を示した。 ・ヘルシンキ宣言(1964年、世界医師会): 人を対象とする医学研究の倫理原則。 ・リスボン宣言(1981年、世界医師会): 患者の権利に関する宣言。 ・ベルモント・レポート(1979年、米国): 研究倫理の3原則として、人格の尊重、善行、正義を示した。
臨床倫理の4分割法
ジョンセン(Jonsen)らが提唱した症例検討の枠組みで、「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」の4項目に分けて情報を整理し、倫理的問題を検討する方法である。
POINT
・医療倫理の4原則は、自律尊重・無危害・与益(善行)・正義(公正)である。 ・提唱者はビーチャムとチルドレス。 ・「効率」「経済性」「利便性」などは4原則に含まれない。 ・原則同士は衝突しうるため、個別の状況に応じて比較検討する。
