妊婦のけいれん、MRIが映すのは「梗塞」か「浮腫」か―T2と拡散強調像で読み解く子癇の脳
第105回医師国家試験 I問題 第67問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。妊娠36週。けいれん発作のため搬入された。家族によると,突然意識を失った後に全身のけいれんが起こったという。受診時にけいれんは治まっていたが,昏睡状態は続いている。頭部MRIのT2強調像(A)と拡散強調像(B)とを別に示す。 この患者の脳にみられる病態はどれか。

- a.梗塞
- b.出血
- c.腫瘍
- d.脱髄
- e.浮腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊娠20週以降の原因不明のけいれんは子癇であり、MRIでは両側頭頂後頭葉を中心にT2強調像で高信号、拡散強調像で高信号とならない血管原性浮腫(PRES)を認めるのが典型です。拡散強調像で高信号・ADC低下を示す細胞障害性浮腫(急性期脳梗塞)とは、拡散の制限の有無で区別でき、出血・腫瘍・脱髄とは信号パターンや分布が異なります。後頭葉は交感神経支配が乏しく自動調節能が破綻しやすいため、浮腫が生じやすいと考えられています。治療は母体の安全確保、硫酸マグネシウムによるけいれん抑制、降圧、母体安定後の妊娠終了が柱で、PRESは適切に治療すれば可逆的ですが、遅れると梗塞や出血に移行し得ます。T2強調像と拡散強調像を組み合わせて浮腫の性質を読み分ける力は、妊産婦に限らず脳画像診断全般の基礎となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・28歳女性、妊娠36週(妊娠後期)。突然の意識消失に続いて全身性のけいれんが起こり、来院時にはけいれんは止まっているが昏睡が続いている。 ・頭部MRIのT2強調像(A)では、両側の頭頂後頭葉を中心に、皮質下白質から皮質にかけて左右ほぼ対称な高信号域がみられる。 ・同じ部位は拡散強調像(B)では明らかな高信号を示さない(周囲と同程度〜やや低い信号)。
診断へのプロセス
妊娠20週以降に初めて起こったけいれん発作で、てんかんなど他の原因で説明できないものを子癇という。多くは妊娠高血圧症候群を背景に発症するが、発作前の血圧上昇が軽度または把握されていない例もある。妊娠後期の全身けいれんと意識障害から、まず子癇を考える。 MRIの所見を読み解くには、T2強調像と拡散強調像の組み合わせが鍵となる。T2強調像は組織内の水分が増えた部位を高信号に描出するが、それが「細胞の外に水がたまった状態」なのか「細胞が腫れて水分子の動きが制限された状態」なのかは区別できない。拡散強調像は水分子の動き(拡散)が制限された部位を高信号に描出する。 ・血管原性浮腫:血液脳関門が破綻して血漿成分が細胞外間隙に漏れ出た状態。細胞外の水が増えて水分子は動きやすくなるため、拡散強調像では高信号にならず(ADC値〔見かけの拡散係数〕は上昇)、T2強調像で高信号となる。 ・細胞障害性浮腫:虚血などでエネルギー供給が途絶え、細胞内に水が入り込んで細胞が腫大した状態。細胞外間隙が狭くなり拡散が制限されるため、拡散強調像で高信号(ADC値は低下)となる。急性期脳梗塞の典型像である。 本例は「T2強調像で高信号、拡散強調像で高信号でない」という組み合わせであり、両側頭頂後頭葉を中心とした血管原性浮腫と判断できる。これは子癇にみられる可逆性後頭葉白質脳症(PRES:posterior reversible encephalopathy syndrome)の典型的な画像所見である。
設問への考え方
設問は脳に生じている病態を問うている。急激な血圧上昇や血管内皮障害によって脳血流の自動調節能が破綻し、血液脳関門から水分が漏れ出して生じた浮腫が正解である。
選択肢考察
- ×a. 梗塞
急性期脳梗塞では細胞障害性浮腫が起こり、発症後早期(数時間以内、1時間程度から描出されることもある)から拡散強調像で明瞭な高信号を呈し、ADC値は低下する。T2強調像の高信号は発症から数時間以上たって血管原性浮腫が加わってから現れる。本例は拡散強調像で高信号を示さないため梗塞とは考えにくい。また梗塞は通常、特定の動脈の灌流域に一致した分布を示すが、本例の病変は両側対称性で血管支配域に一致しない。なお子癇やPRESでも、血管攣縮や高度の浮腫が持続すると一部が梗塞に移行することがあり、その場合は拡散強調像で高信号の部分が出現する。
- ×b. 出血
脳出血のMRI信号は、血腫内のヘモグロビンの状態(オキシヘモグロビン→デオキシヘモグロビン→メトヘモグロビン→ヘモジデリン)によって時期ごとに変化する。急性期(発症数時間〜数日)にはデオキシヘモグロビンの影響でT2強調像で低信号を呈し、周囲に浮腫による高信号の縁取りを伴うのが典型である。本例では両側対称性に広がる均一な高信号で、塊状の血腫やその周囲の低信号はみられず、出血の所見ではない。なお妊娠中のけいれんではくも膜下出血や脳出血の除外が重要であり、子癇でも出血を合併することがある。
- ×c. 腫瘍
脳腫瘍も腫瘍そのものや周囲の浮腫によりT2強調像で高信号を示すことがあるが、通常は腫瘤としての占拠性効果(周囲の圧排、正中偏位)を伴い、一側性・局所性であることが多い。本例のように両側後頭葉にほぼ対称に広がる病変は腫瘍としては不自然であり、妊娠後期の急性発症のけいれんという経過にも合わない。
- ×d. 脱髄
多発性硬化症などの脱髄疾患では、T2強調像で高信号の脱髄巣がみられる。典型的には側脳室周囲、皮質直下、脳梁、テント下、脊髄などに卵円形の病巣が多発し、側脳室に垂直に並ぶ病変(Dawson's finger)が特徴的である。本例のように両側頭頂後頭葉の皮質下を中心に広範に対称性の病変を示すパターンとは分布が異なる。また若年女性に多い疾患ではあるが、妊娠中はむしろ再発が減ることが知られており、臨床経過も合わない。
- ○e. 浮腫
T2強調像で両側頭頂後頭葉の皮質下白質を中心に高信号を示し、拡散強調像では高信号とならないことから、細胞外に水分がたまった血管原性浮腫と判断できる。子癇では急激な血圧上昇や妊娠高血圧症候群に伴う血管内皮障害によって脳血流の自動調節能の上限を超え、血液脳関門が破綻して血漿成分が漏れ出す。後頭葉を灌流する椎骨脳底動脈系は交感神経支配が乏しく、血圧上昇時に血管を収縮させて血流を抑える働きが弱いため、後頭葉に浮腫が生じやすい。この病態はPRES(可逆性後頭葉白質脳症)と呼ばれ、降圧とけいれん管理を適切に行えば通常は画像・症状とも可逆的に改善する。
子癇(eclampsia)
・妊娠20週以降に初めて起こったけいれん発作で、てんかんや他の原因疾患によらないものをいう。妊娠中(妊娠子癇)、分娩中(分娩子癇)、産褥期(産褥子癇)に分けられる。 ・妊娠高血圧症候群を背景とすることが多いが、発作前の血圧上昇や蛋白尿が軽度な例もある。前駆症状として頭痛、視覚異常(閃輝暗点、視野のかすみ)、上腹部痛などがみられることがある。 ・治療の基本は、①気道確保・酸素投与などの母体の安全確保、②けいれんの抑制と再発予防(硫酸マグネシウムの静注が第一選択)、③降圧(ヒドララジン、ニカルジピンなど)、④母体の状態が安定した後の速やかな妊娠の終了(分娩)である。 ・硫酸マグネシウム投与中は、高マグネシウム血症による腱反射消失、呼吸抑制、心停止に注意し、解毒にはグルコン酸カルシウムを用いる。 ・妊娠中のけいれん・意識障害では、子癇のほか、脳出血、くも膜下出血、脳静脈洞血栓症、脳梗塞、脳腫瘍、てんかん、低血糖、HELLP症候群に伴う病態などを鑑別する。
PRES(可逆性後頭葉白質脳症)
・頭痛、意識障害、けいれん、視覚障害(皮質盲など)を呈し、MRIで主に両側頭頂後頭葉の皮質下白質に血管原性浮腫を認める症候群である。前頭葉、小脳、脳幹などにみられることもある。 ・原因:子癇・妊娠高血圧症候群、高血圧性脳症、腎不全、免疫抑制薬(シクロスポリン、タクロリムス)や抗がん薬、自己免疫疾患など。 ・通常は原因の除去と降圧で可逆的に改善するが、治療が遅れると梗塞や出血に移行し後遺症を残すことがある。
MRIでの浮腫の見分け方
・血管原性浮腫:T2強調像・FLAIR像で高信号、拡散強調像で高信号とならない、ADC値上昇。PRES、脳腫瘍周囲の浮腫など。 ・細胞障害性浮腫:拡散強調像で高信号、ADC値低下。急性期脳梗塞、低血糖脳症、けいれん重積直後の皮質など。 ・拡散強調像はT2強調像の信号も反映するため、T2強調像で強い高信号を示す部位は拡散制限がなくても拡散強調像でやや高く見えることがある(T2 shine-through)。このため確定にはADCマップを併せて評価する。
POINT
・妊娠20週以降の原因不明のけいれん → 子癇。第一選択は硫酸マグネシウム、降圧、母体安定後の妊娠終了。 ・子癇の脳MRI:両側頭頂後頭葉を中心としたT2強調像高信号=血管原性浮腫(PRES)。 ・血管原性浮腫は拡散強調像で高信号にならない(ADC上昇)。細胞障害性浮腫(急性期脳梗塞)は拡散強調像で高信号(ADC低下)。 ・PRESは適切な治療で可逆的だが、放置すると梗塞・出血に移行し得る。
