亡き妻が赤い服で現れる―幻視とふるえが指し示す「後頭葉」の手がかり
第105回医師国家試験 I問題 第66問
国試問題にチャレンジ
70歳の男性。物忘れを心配した娘に伴われて来院した。3年前に妻と死別し,現在は娘夫婦と同居している。1年前から物忘れが目立つようになり,徐々に進行した。半年前から「妻が赤い服を着て現れる」と言うようになった。表情は乏しく,暗算をさせると右手がふるえて,手関節に筋強剛がみられる。Mini-Mental State Examination〈MMSE〉では15点(30点満点)である。 この患者の診断に最も有用なのはどれか。
- a.脳波検査
- b.脳SPECT
- c.頭部MRA
- d.脳脊髄液検査
- e.頭部造影MRI
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
進行性の認知機能低下に、具体的で繰り返す幻視とパーキンソニズムが加われば、Lewy小体型認知症を考えます。診断の補助には脳血流SPECTが有用で、後頭葉の血流低下がAlzheimer型認知症(側頭頭頂葉・後部帯状回・楔前部の低下)との鑑別点になり、ドパミントランスポーターシンチグラフィでの線条体取り込み低下やMIBG心筋シンチグラフィでの取り込み低下も重要なバイオマーカーです。脳波の徐波化は非特異的で、MRA・造影MRI・髄液検査は本症に特異的な所見を示しません。治療ではコリンエステラーゼ阻害薬を用い、抗精神病薬への過敏性に十分注意する必要があります。症状の組み合わせから病型を推定し、適切な検査と安全な薬物療法につなげる力は、高齢者診療で欠かせない基本です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・70歳男性。1年前から物忘れが出現し、緩徐に進行している。MMSE(Mini-Mental State Examination、30点満点で一般に23点以下を認知症疑いとする簡易認知機能検査)は15点で、中等度の認知機能低下がある。 ・半年前から「(亡くなった)妻が赤い服を着て現れる」と訴える。色や服装まで具体的に語られる、実在しない人物がありありと見える体験であり、繰り返し出現する具体的な幻視と考えられる。 ・表情が乏しい(仮面様顔貌)、暗算という精神的負荷で誘発・増強される右手の振戦(安静時振戦の特徴)、手関節の筋強剛がみられ、パーキンソニズム(Parkinson病に似た錐体外路症状)が存在する。
診断へのプロセス
進行性の認知機能低下に、①繰り返す具体的な幻視、②パーキンソニズムという2つの中核的特徴が加わっており、Lewy小体型認知症(DLB:dementia with Lewy bodies)が最も考えられる。国際的な臨床診断基準(McKeithらによる2017年改訂版)では、認知機能低下を必須とし、中核的特徴(認知機能の変動、繰り返す具体的な幻視、レム睡眠行動異常症、パーキンソニズム)のうち2つ以上を満たせば「probable DLB(ほぼ確実)」と判断されるため、本例は臨床的にprobable DLBに該当する。 鑑別として、Alzheimer型認知症(記憶障害が主体で、初期には幻視やパーキンソニズムは目立たない)、血管性認知症(脳卒中の既往や局所神経症状、画像上の梗塞巣)、正常圧水頭症(歩行障害・認知障害・尿失禁の三徴)、Parkinson病に伴う認知症(パーキンソニズムが認知症に1年以上先行する)などが挙がる。
設問への考え方
DLBの診断を補助する画像検査には、脳血流SPECT(後頭葉の血流低下)、ドパミントランスポーター(DAT)SPECT(線条体への取り込み低下)、MIBG心筋シンチグラフィ(心臓交感神経の取り込み低下)などがある。選択肢の中で、DLBに特徴的な所見を示し、Alzheimer型認知症などとの鑑別に役立つのは脳SPECTである。
選択肢考察
- ×a. 脳波検査
DLBでは後頭部優位の徐波(θ帯域など)が目立つことがあり、診断基準では支持的なバイオマーカーの一つとされる。しかし徐波化は他の認知症や代謝性脳症などでも生じる非特異的な所見であり、本例で最も有用な検査とはいえない。脳波が診断に大きく寄与するのは、Creutzfeldt-Jakob病の周期性同期性放電(PSD)や、てんかん・意識障害の鑑別などである。
- ○b. 脳SPECT
SPECT(単一光子放射断層撮影)は放射性医薬品を用いて脳血流などを画像化する検査である。脳血流SPECTではDLBに特徴的な後頭葉(特に一次視覚野を含む領域)の血流低下がみられ、Alzheimer型認知症(側頭頭頂葉・後部帯状回・楔前部の血流低下が主体で、後頭葉は比較的保たれる)との鑑別に役立つ。後頭葉の機能低下は幻視と関連すると考えられている。また、同じSPECTの手法を用いるDAT-SPECT(ドパミントランスポーターシンチグラフィ)では線条体への取り込み低下がみられ、診断基準上の指標的バイオマーカーとして重視される。選択肢の中で最も診断に有用である。
- ×c. 頭部MRA
MRA(磁気共鳴血管撮影)は造影剤を使わずに脳動脈の狭窄・閉塞や動脈瘤を評価する検査である。DLBでは血管に特異的な異常はなく、診断には役立たない。血管性認知症の評価で脳血管の状態を確認する際に用いられることはあるが、血管性認知症の診断には梗塞巣や白質病変を示すMRI(T2強調像・FLAIR像)の方が重要であり、MRA単独では診断できない。
- ×d. 脳脊髄液検査
脳脊髄液検査は、髄膜炎・脳炎などの炎症性疾患、Creutzfeldt-Jakob病(14-3-3蛋白、総タウ蛋白、RT-QuIC法)、Alzheimer型認知症(アミロイドβ42の低下、リン酸化タウの上昇)の評価や、正常圧水頭症のタップテスト(髄液排除による症状改善の確認)に用いられる。本例には発熱や急性経過はなく、正常圧水頭症の三徴(歩行障害・認知障害・尿失禁)もそろっていない。DLBに特異的な髄液所見は確立しておらず、最も有用な検査ではない。
- ×e. 頭部造影MRI
造影MRIは脳腫瘍、膿瘍、炎症性病変など血液脳関門が破綻する病変の評価に用いる。DLBで造影される病変はなく、造影は不要である。非造影の頭部MRIでも、DLBでは内側側頭葉(海馬)の萎縮がAlzheimer型認知症に比べて軽いという傾向がみられる程度で、DLBに特異的な所見は乏しい。慢性硬膜下血腫や腫瘍など治療可能な認知症の除外には頭部画像が必要だが、DLBの診断に最も有用とはいえない。
Lewy小体型認知症(DLB)の概要
・αシヌクレインを主成分とするLewy小体が、脳幹だけでなく大脳皮質にも広く出現する神経変性疾患である。Alzheimer型認知症に次いで頻度の高い変性性認知症とされ、高齢男性にやや多い。 ・Parkinson病、Parkinson病に伴う認知症(PDD)と同じ「Lewy小体病」のスペクトラムに属する。認知症がパーキンソニズムより先か、パーキンソニズム出現後1年以内に生じればDLB、パーキンソニズムが1年以上先行すればPDDとする(1年ルール)。
臨床診断基準(2017年改訂)の骨子
・必須症状:社会生活や日常生活に支障をきたす進行性の認知機能低下。初期には記憶障害が目立たず、注意・遂行機能・視空間認知の障害が目立つことがある。 ・中核的特徴:①注意や覚醒レベルの顕著な変動を伴う認知機能の変動、②繰り返し出現する具体的で詳細な幻視、③レム睡眠行動異常症(夢の内容に合わせて大声を出したり手足を動かしたりする)、④パーキンソニズム(動作緩慢、安静時振戦、筋強剛のいずれか1つ以上)。 ・指標的バイオマーカー:DAT-SPECT/PETでの基底核の取り込み低下、MIBG心筋シンチグラフィでの取り込み低下、睡眠ポリグラフ検査で確認された筋活動低下を伴わないレム睡眠。 ・支持的バイオマーカー:CT/MRIで内側側頭葉が比較的保たれる、SPECT/PETでの後頭葉の活性低下(FDG-PETでの帯状回島徴候を含む)、脳波での後頭部優位の徐波。 ・probable DLB:中核的特徴2つ以上、または中核的特徴1つ+指標的バイオマーカー1つ以上。 ・支持的特徴:抗精神病薬への重篤な過敏性、姿勢の不安定性、繰り返す転倒、失神、自律神経障害(便秘、起立性低血圧、尿失禁)、過眠、嗅覚低下、幻視以外の幻覚、妄想、抑うつ・不安など。
治療上の注意
・認知機能障害や幻視にはコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジルは日本でDLBに保険適用がある)が用いられる。 ・抗精神病薬(特に定型抗精神病薬)に対する過敏性があり、パーキンソニズムの急激な悪化や意識障害を起こし得るため、使用は慎重にする。 ・パーキンソニズムにはレボドパを用いるが、幻視を悪化させることがある。
POINT
・進行性認知症+具体的な幻視+パーキンソニズム → Lewy小体型認知症(DLB)を考える。 ・DLBの画像所見:脳血流SPECTで後頭葉の血流低下、DAT-SPECTで線条体の取り込み低下、MIBG心筋シンチグラフィで心臓への取り込み低下。 ・Alzheimer型認知症の脳血流SPECTは側頭頭頂葉・後部帯状回・楔前部の低下が主体。 ・DLBは抗精神病薬への過敏性があり、治療ではコリンエステラーゼ阻害薬を用いる。
