ボールが目に当たったら―「吹き抜ける」眼窩底と上を向けない眼
第105回医師国家試験 H問題 第16問
国試問題にチャレンジ
複視をきたすのはどれか。
- a.眼窩吹き抜け骨折
- b.視神経管骨折
- c.下顎骨骨折
- d.鼻骨骨折
- e.頬骨骨折
対話形式の解説
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ドクターまとめ
両眼性複視は眼位のずれによって生じるため、外眼筋や眼球運動神経を障害する骨折が原因となり、その代表が眼窩吹き抜け骨折です。眼部への鈍的外力で眼窩内圧が上昇し、薄い眼窩底や内側壁が骨折して下直筋などが上顎洞側に嵌頓すると、上方視時の複視、眼球陥凹、頬部の知覚低下などをきたします。視神経管骨折は視力・視野障害、下顎骨骨折は咬合不全・開口障害、鼻骨骨折は外鼻変形・鼻出血が主症状で、頬骨骨折は眼窩壁骨折を合併すると複視を伴うこともありますが主徴ではありません。小児の閉鎖型(trapdoor型)は外見が軽くても眼球運動障害や眼心臓反射を伴い、早期手術を要するため特に注意が必要です。骨折部位と障害される構造を対応させて考える習慣は、顔面外傷の初期診療で見逃しを防ぐ土台になります。
解答・解説
正解はaです
複視(物が二重に見えること)のうち、両眼で見たときに生じ片眼を覆うと消える両眼性複視は、左右の眼の向き(眼位)がずれることで起こる。左右の網膜の対応しない部位に像が結ばれるためである。したがって本問では、「外眼筋(眼球を動かす筋)やそれを支配する神経が障害され、眼球運動が制限される骨折」を選べばよい。 顔面骨折のうち、眼窩の壁が折れて眼窩内容(脂肪組織や外眼筋)が隣接する副鼻腔へ脱出・嵌頓するのが眼窩吹き抜け骨折である。外眼筋そのもの、あるいは筋を包む結合組織が骨折部に挟み込まれるため眼球運動が物理的に制限され、複視が生じる。これが複視をきたす骨折の代表である。 一方、視神経管骨折は視神経の障害(視力・視野障害)、下顎骨骨折は咬合・開口の障害、鼻骨骨折は外鼻の変形と鼻出血が主症状であり、眼球運動は通常保たれる。頬骨骨折は顔面の変形や開口障害が中心であるが、眼窩底や眼窩外側壁を含むため複視を伴う場合もある。ただし複視を主要症状とする骨折として最も典型的なのは眼窩吹き抜け骨折である。
選択肢考察
- ○a. 眼窩吹き抜け骨折
ボールや拳などが眼部に当たって眼窩内圧が急に上がると、眼窩の縁(眼窩縁)は折れずに、薄い眼窩壁だけが外に向かって「吹き抜ける」ように骨折する。最も多いのは眼窩下壁(眼窩底、上顎洞の天井)で、次いで内側壁(篩骨の紙様板、篩骨洞側)である。下壁骨折では下直筋や周囲の組織が上顎洞側に嵌頓して上方視が制限され、上方視時の複視が典型的となる。内側壁骨折では内直筋が障害され、外転・内転の制限による水平方向の複視を生じうる。その他、眼球陥凹、眼窩下神経障害による頬部から上口唇の知覚低下、鼻をかんだ後の眼瞼腫脹(眼窩気腫)などを伴う。小児では骨がしなやかなため、骨片が元に戻って筋を強く挟み込む「閉鎖型(trapdoor型)」骨折となりやすく、外見上の腫れが軽くても眼球運動障害が高度で、嵌頓筋の刺激により悪心・嘔吐や徐脈(眼心臓反射)をきたすことがあり、早期の手術を要する。
- ×b. 視神経管骨折
視神経管は視神経と眼動脈が通る骨の管で、眉毛の外側あたりへの打撲などで間接的な外力が伝わって損傷する。障害されるのは視神経であり、受傷側の視力低下・視野障害、相対的瞳孔求心路障害(RAPD、患側眼への光刺激で両眼の縮瞳が弱い所見)がみられる。外眼筋や眼球運動神経は障害されないため、眼球運動は保たれ複視は生じない。治療として副腎皮質ステロイド薬の大量投与や視神経管開放術が検討されるが、有効性は確立していない。
- ×c. 下顎骨骨折
下顎骨は顔面骨折の中でも頻度の高い部位で、関節突起、下顎角、正中部(オトガイ部)などに骨折が生じる。症状は咬合不全(かみ合わせのずれ)、開口障害、骨折部の疼痛・腫脹、下歯槽神経障害による下口唇・オトガイ部の知覚低下などである。眼窩とは離れており、眼球運動障害や複視はきたさない。
- ×d. 鼻骨骨折
鼻骨は顔面で最も突出しており、顔面骨折の中で最も頻度が高い。症状は外鼻の変形(斜鼻・鞍鼻)、鼻出血、鼻閉、腫脹などである。鼻中隔血腫を合併した場合は、鼻中隔軟骨の壊死や鞍鼻を防ぐため速やかな切開排膿が必要となる。眼窩の壁や外眼筋には影響しないため、単独の鼻骨骨折で複視は起こらない(篩骨まで及ぶ鼻篩骨骨折は別である)。
- ×e. 頬骨骨折
頬骨骨折では頬部の平坦化(顔面の変形)、眼窩下神経障害による頬部・上口唇の知覚低下、頬骨弓の陥没が下顎の筋突起の動きを妨げることによる開口障害などがみられる。頬骨は眼窩外側壁と眼窩底の一部を構成するため、骨片の偏位が大きい場合や眼窩底骨折を伴う場合には複視や眼球陥凹を生じることもある。しかし、それは眼窩壁の骨折を合併した結果であり、複視を主徴とする骨折の代表は眼窩吹き抜け骨折である。本問では最も適切な選択肢としてaを選ぶ。
複視の分類
・両眼性複視:片眼を隠すと消える。眼位のずれによる。原因は外眼筋の障害(眼窩吹き抜け骨折、甲状腺眼症、重症筋無力症など)や眼球運動神経の麻痺(動眼神経・滑車神経・外転神経麻痺)。 ・単眼性複視:片眼でも生じる。白内障、乱視、角膜不整など眼球内の光学的な異常による。
眼窩の構造(主な壁と隣接構造)
・上壁:前頭骨など。上方は前頭蓋窩。 ・下壁(眼窩底):主に上顎骨。下方は上顎洞。眼窩下神経が走行する。吹き抜け骨折の好発部位。 ・内側壁:篩骨紙様板など。非常に薄く、内側は篩骨洞。吹き抜け骨折の好発部位。 ・外側壁:頬骨・蝶形骨。比較的厚い。 ・視神経管:蝶形骨小翼に位置し、視神経と眼動脈が通る。
眼窩吹き抜け骨折の診断と治療
・診断:眼球運動検査(Hess赤緑試験で運動制限の評価)、牽引試験(forced duction test)、CT(冠状断で眼窩底の骨折と組織の上顎洞への脱出を確認)。単純X線ではWaters法で上顎洞天井から垂れ下がる軟部陰影(hanging drop sign)がみられることがある。 ・治療:軽症では経過観察。筋の嵌頓による著明な運動障害(特に小児の閉鎖型)、持続する複視、目立つ眼球陥凹などでは整復手術を行う。受傷後は鼻をかまないよう指導する(眼窩気腫の予防)。
顔面骨折の主症状の整理
・眼窩吹き抜け骨折:複視(上方視障害)、眼球陥凹、頬部知覚低下 ・視神経管骨折:視力・視野障害 ・鼻骨骨折:外鼻変形、鼻出血 ・頬骨骨折:頬部平坦化、開口障害、頬部知覚低下 ・上顎骨骨折(Le Fort型):咬合不全、顔面の延長・変形 ・下顎骨骨折:咬合不全、開口障害
POINT
・両眼性複視=眼位のずれ。眼球運動を物理的に制限する骨折が原因となる。 ・眼窩吹き抜け骨折:眼窩下壁(眼窩底)・内側壁に好発。下壁骨折では下直筋などが上顎洞側に嵌頓し上方視時の複視が典型。眼球陥凹・頬部知覚低下も伴う。 ・小児の閉鎖型(trapdoor型)は外見が軽くても緊急手術の対象。 ・視神経管骨折は視力障害(複視ではない)、下顎骨骨折は咬合不全・開口障害、鼻骨骨折は外鼻変形。
