CO2が溜まるのは「換気が足りない」とき―肺塞栓症だけが仲間外れの理由
第105回医師国家試験 F問題 第9問
国試問題にチャレンジ
二酸化炭素蓄積をきたさないのはどれか。
- a.肺塞栓症
- b.横隔膜麻痺
- c.急性睡眠薬中毒
- d.慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉の急性増悪
- e.重症筋無力症クリーゼ
対話形式の解説
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ドクターまとめ
PaCO2は肺胞換気量に反比例するため、CO2蓄積は「肺胞低換気」を意味し、呼吸中枢の抑制(睡眠薬中毒)、呼吸筋や神経筋接合部の障害(横隔膜麻痺、重症筋無力症クリーゼ)、気道・肺の障害(COPD急性増悪)でいずれも起こりえます。一方、肺塞栓症は換気血流比不均等により低酸素血症をきたしますが、過換気によってCO2はむしろ排出され、PaCO2低下・A-aDO2開大・呼吸性アルカローシスを示すため、CO2蓄積はきたさないのが典型です。呼吸不全はPaCO2 45 Torrを境にI型とII型に分けられ、A-aDO2を併せて評価すると、肺そのものの障害か純粋な低換気かを区別できます。慢性的に高CO2の患者への高濃度酸素投与はCO2ナルコーシスを誘発しうるため、換気の評価は臨床の呼吸管理に直結する重要な知識です。
解答・解説
正解はaです
テーマ
二酸化炭素(CO2)の蓄積、すなわち高二酸化炭素血症(PaCO2 > 45 Torr 程度)は、肺胞換気量の不足(肺胞低換気)によって起こる。動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)は、CO2産生量が一定なら肺胞換気量に反比例する(PaCO2 ∝ VCO2 / VA)。したがって「CO2が溜まるかどうか」は「有効な肺胞換気が保たれているかどうか」で考える。
肺胞低換気を起こす原因の整理
換気は、呼吸中枢 → 神経 → 神経筋接合部 → 呼吸筋 → 胸郭 → 気道・肺胞 という経路で成り立つ。このどこが障害されても肺胞低換気となりうる。 ・呼吸中枢の抑制:睡眠薬・麻薬などの中毒、脳幹障害 ・神経・神経筋接合部・筋の障害:横隔神経麻痺、重症筋無力症、Guillain-Barré症候群、筋萎縮性側索硬化症、筋ジストロフィー ・胸郭の異常:高度の側弯症、胸郭形成術後 ・気道・肺の障害:COPDなど閉塞性障害の重症例・急性増悪
CO2が溜まりにくい低酸素血症
一方、拡散障害や軽〜中等度の換気血流比不均等、シャントなどによる低酸素血症では、低酸素や肺の受容器刺激によって換気が増えるため、PaCO2はむしろ低下することが多い(Ⅰ型呼吸不全)。CO2は酸素より約20倍拡散しやすく、また換気を増やせば健常な肺胞から効率よく排出できるためである。肺塞栓症はこの典型であり、低酸素血症と低二酸化炭素血症(呼吸性アルカローシス)の組み合わせを示す。 以上より、選択肢の中で肺胞低換気の機序をもたず、通常CO2蓄積をきたさないのは肺塞栓症である。
選択肢考察
- ○a. 肺塞栓症
肺動脈が血栓などの塞栓子で閉塞し、閉塞部の肺胞は換気されても血流がない状態(死腔、換気血流比の上昇)となる。一方で血流は残った肺動脈に集中し、換気に比べて血流が過剰な領域(換気血流比の低下)が生じるため、低酸素血症をきたす。しかし低酸素や肺内受容器の刺激、不安・胸痛によって呼吸数と換気量が増える(過換気)ため、CO2は十分に排出され、PaCO2はむしろ低下する。典型的な血液ガス所見は「PaO2低下・PaCO2低下・A-aDO2(肺胞気-動脈血酸素分圧較差)開大・呼吸性アルカローシス」である。極めて広範な塞栓で死腔が著しく増えた場合やショック・心停止に至った場合を除けば、CO2蓄積は起こさない。したがってこれが本問の正解である。
- ×b. 横隔膜麻痺
横隔膜は安静時の吸気の大部分を担う最も重要な吸気筋であり、横隔神経(C3〜C5)に支配される。両側の横隔膜麻痺では吸気が著しく障害されて肺胞低換気となり、CO2が蓄積する。特に臥位では腹部内臓が横隔膜を胸腔側へ押し上げるため換気がさらに低下し、起座呼吸や睡眠時の低換気が目立つ。吸気時に腹壁が内側に陥凹する奇異性腹式呼吸も特徴的な所見である。
- ×c. 急性睡眠薬中毒
ベンゾジアゼピン系やバルビツール酸系などの睡眠薬を大量に服用すると、延髄の呼吸中枢が抑制されて呼吸数・一回換気量が減少し、中枢性の肺胞低換気をきたす。さらに意識障害に伴う舌根沈下による上気道閉塞や嘔吐物の誤嚥も換気を悪化させる。その結果CO2が蓄積し、高度になるとCO2ナルコーシス(高CO2血症による意識障害)を生じる。アルコールや他の中枢抑制薬との併用で呼吸抑制は増強する。
- ×d. 慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉の急性増悪
COPDは気道の閉塞と肺胞壁の破壊(肺気腫)により、呼気の気流制限をきたす疾患である。進行例では換気血流比不均等と死腔換気の増加によって有効な肺胞換気が減り、慢性的にPaCO2が上昇しているⅡ型呼吸不全の患者も多い。気道感染などを契機に急性増悪すると、気道抵抗の増大・肺の過膨張(エアトラッピング)・呼吸筋疲労が重なって浅く速い呼吸となり、死腔換気の割合がさらに増えて肺胞換気量が低下するため、CO2が蓄積して呼吸性アシドーシスを示す。高濃度酸素を不用意に投与するとCO2ナルコーシスを誘発しうる点にも注意が必要である。
- ×e. 重症筋無力症クリーゼ
重症筋無力症は神経筋接合部のアセチルコリン受容体(または MuSK など)に対する自己抗体により、筋の易疲労性と筋力低下をきたす自己免疫疾患である。感染、手術、ストレス、増悪を招く薬剤(アミノグリコシド系抗菌薬など)を契機に、呼吸筋や球筋(嚥下・構音に関わる筋)の筋力低下が急速に進んで呼吸不全に陥った状態をクリーゼと呼ぶ。呼吸筋の筋力低下により肺胞低換気となり、CO2が蓄積する。気管挿管・人工呼吸管理を要することが多い。
呼吸不全の分類
呼吸不全は室内気吸入時のPaO2が60 Torr以下となる状態で、PaCO2により2つに分けられる。 ・Ⅰ型呼吸不全:PaCO2 ≦ 45 Torr。低酸素血症のみ。拡散障害、換気血流比不均等、シャントが主な機序(例:肺塞栓症、間質性肺炎、肺炎、ARDS) ・Ⅱ型呼吸不全:PaCO2 > 45 Torr。肺胞低換気が主な機序(例:COPD重症例、神経筋疾患、呼吸中枢抑制、胸郭変形)
A-aDO2による鑑別
A-aDO2は、肺胞気の酸素分圧(PAO2)と動脈血酸素分圧(PaO2)の差であり、室内気での正常値はおおむね10 Torr前後(加齢でやや増大)である。PAO2 = 150 − PaCO2/0.8(室内気・海抜0 m)で求める。 ・純粋な肺胞低換気:PaCO2は上昇するがA-aDO2は正常(肺そのものは正常なため) ・拡散障害・換気血流比不均等・シャント:A-aDO2が開大する 本問の選択肢では、横隔膜麻痺・睡眠薬中毒・重症筋無力症クリーゼは肺そのものが正常な肺胞低換気(誤嚥などの合併がなければA-aDO2正常)、COPD急性増悪は換気血流比不均等と肺胞低換気の混合、肺塞栓症は換気血流比不均等による低酸素血症だがPaCO2は低下する、と整理できる。
CO2ナルコーシス
高度のCO2蓄積により、頭痛、発汗、意識障害、自発呼吸の減弱などを生じる状態である。慢性的な高CO2血症の患者では呼吸中枢のCO2に対する反応が鈍くなり、低酸素が換気刺激として重要になるため、高濃度酸素投与で換気がさらに低下して誘発されることがある(換気血流比不均等の悪化やHaldane効果も関与する)。
POINT
・PaCO2は肺胞換気量に反比例する。CO2蓄積=肺胞低換気を考える ・肺胞低換気の原因:呼吸中枢抑制(薬物中毒)、神経筋疾患(重症筋無力症クリーゼ、横隔膜麻痺)、胸郭異常、COPD重症例・急性増悪 ・肺塞栓症は低酸素血症+過換気による低CO2血症(呼吸性アルカローシス)、A-aDO2開大 ・Ⅰ型呼吸不全(PaCO2 ≦ 45 Torr)とⅡ型呼吸不全(PaCO2 > 45 Torr)の区別
