海水に沈んだ肺胞をこじ開けろ―溺水後ARDSを救う「PEEP」という支え
第120回医師国家試験 A問題 第65問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。呼吸困難と意識障害を主訴に救急搬入された。海でシュノーケリング中に溺れすぐに救助されたが,激しい咳嗽と呼吸困難を訴え,意識がもうろうとしており救急要請された。救助30分後の病院搬入時,顔色不良。意識レベルはGCS 8(E3V1M4)。体温37.1℃。脈拍128/分,整。血圧110/84 mmHg。呼吸数28/分。SpO2 84%(リザーバー付マスク10L/分酸素投与下)。頸静脈の怒張はなく,両側肺でcoarse cracklesを聴取する。心音は整で頻脈,心雑音は聴取されず,下腿浮腫も認めない。血液所見:赤血球468万,Hb 12.2g/dL,Ht 37%,白血球7,100,血小板27万。血液生化学所見:総ビリルビン0.7mg/dL,AST 18U/L,ALT 14U/L,LD 250U/L(基準124~222),γ-GT 15U/L(基準13~64),CK 144U/L(基準59~248),尿素窒素18mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,血糖120mg/dL,Na 146mEq/L,K 3.6mEq/L,Cl 113mEq/L。CRP 0.1mg/dL。動脈血ガス分析(リザーバー付マスク10L/分酸素投与下):pH 7.30,PaCO2 53 Torr,PaO2 50 Torr,HCO3- 15mEq/L。心電図は洞性頻脈。ベッドサイドで行った心エコー検査では壁運動は正常で,心嚢液の貯留も認めない。救急室で気管挿管後,気管チューブから海水が吸引された。挿管後に撮影した胸部エックス線写真(A)と胸部単純CT(B)とを下に示す。 この患者の治療で適切なのはどれか。

- a.利尿薬投与
- b.抗線維化薬投与
- c.高用量グルココルチコイド投与
- d.肺サーファクタント気管内投与
- e.高い呼気終末陽圧(PEEP)による呼吸管理
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクター
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医学生まとめ
溺水では吸い込んだ水によって肺サーファクタントが失われ、肺胞上皮や血管内皮が傷害されることで、肺胞の虚脱と透過性亢進型(非心原性)肺水腫が生じ、ARDSに至ることがあります。心機能が保たれ、両側性陰影と高度の低酸素血症があることが心原性肺水腫との区別点で、CTでは背側優位の虚脱がみられます。治療の柱は肺保護換気であり、低い1回換気量とプラトー圧の制限に加え、高めのPEEPで虚脱肺胞を開いたまま保つことが酸素化改善と肺傷害の予防につながり、重症例では腹臥位療法やECMOも検討されます。一方、利尿薬は心原性肺水腫、抗線維化薬は慢性線維化性肺疾患、人工サーファクタントは新生児呼吸窮迫症候群の治療で、高用量ステロイドもARDSには推奨されません。病態から治療を選ぶ視点は、溺水に限らず敗血症や誤嚥などあらゆる原因のARDS管理に通じる基本です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・65歳男性。海でシュノーケリング中に溺れ、すぐに救助されたが、激しい咳嗽・呼吸困難と意識障害がある。挿管後に気管チューブから海水が吸引され、海水を誤嚥(吸引)したことが確実である。 ・GCS 8(E3V1M4)の意識障害。脈拍128/分、呼吸数28/分。SpO2 84%(リザーバー付マスク10L/分)と、高濃度酸素を投与しても重い低酸素血症が続く。 ・両肺でcoarse crackles(粗い断続性ラ音)を聴取。頸静脈怒張なし、心雑音なし、下腿浮腫なし。 ・動脈血ガス(同条件):pH 7.30、PaCO2 53 Torr、PaO2 50 Torr、HCO3− 15 mEq/L。 ・心電図は洞性頻脈、心エコーで壁運動は正常、心嚢液なし。 ・CRP 0.1 mg/dLで炎症反応はなく、体温37.1℃と発熱もない。 ・胸部エックス線写真(A):両側肺野にびまん性の浸潤影・すりガラス影があり、透過性が広範に低下している。 ・胸部単純CT(B):両側にすりガラス影と浸潤影が広がり、特に背側(重力のかかる側)で濃い浸潤影・含気の低下が目立ち、腹側には比較的含気が保たれた部分が残る。
血液ガスの読み方
pH 7.30とアシデミアで、PaCO2が53 Torrと上昇しているうえ、HCO3−も15 mEq/Lと低下しており、呼吸性アシドーシスと代謝性アシドーシスが合併している。アニオンギャップは146−(113+15)=18と開大しており、低酸素による乳酸アシドーシスが考えられる。頻呼吸なのにPaCO2が上がっているのは、肺胞が水で満たされたり虚脱したりして有効な換気ができない状態(死腔の増大と呼吸筋疲労)を示す。PaO2 50 Torrは、リザーバー付マスク10L/分(吸入酸素濃度FiO2はおよそ0.6以上)での値であり、PaO2/FiO2比(P/F比)はおおむね100を下回ると推定される、極めて重い酸素化障害である。
診断に至る過程
溺水という明らかな誘因の直後から、(1)急性に発症し、(2)画像で両側性の陰影があり、(3)心エコーで心機能が保たれ、頸静脈怒張や浮腫もなく、心不全(心原性肺水腫)や輸液過剰では説明できず、(4)高度の低酸素血症がある。これらは急性呼吸窮迫症候群(ARDS:acute respiratory distress syndrome)の診断基準(Berlin定義)の要素を満たす。発熱やCRP上昇がないので、現時点では細菌性肺炎は考えにくい。溺水では、吸い込んだ水によって肺胞の表面活性物質(サーファクタント)が洗い流されたり変性したりし、さらに肺胞上皮・毛細血管内皮が傷害されて透過性が亢進する。その結果、肺胞の虚脱(無気肺)と非心原性の肺水腫が生じ、換気血流不均等とシャントによる低酸素血症をきたす。
設問の考え方
ARDSには病態そのものを治す特効薬はなく、治療の柱は原因への対処と、人工呼吸による酸素化の維持・さらなる肺障害の防止(肺保護換気)である。肺保護換気では、1回換気量を少なく抑えてプラトー圧の上昇を避ける一方、適切に高いPEEP(呼気終末陽圧)をかけて、つぶれた肺胞を開いたまま保ち、酸素化を改善させる。CTで背側に虚脱した肺が多く見られる本例は、PEEPによって再開通させうる肺胞が多い状態であり、高いPEEPを用いた呼吸管理が適切である。
選択肢考察
- ×a. 利尿薬投与
誤り。利尿薬は、心不全や輸液過剰による静水圧性(心原性)肺水腫で、肺の水分を減らす目的で用いる薬である。本例は心機能が正常で頸静脈怒張や浮腫もなく、肺水腫は肺胞上皮・血管内皮の傷害による透過性亢進が原因である。さらに溺水患者は、肺への水分移動や低体温による寒冷利尿などのため循環血液量が減っていることが多く、急性期に利尿薬を使うと血圧低下や臓器灌流障害を招くおそれがある。ARDSでは循環が安定した後に過剰な水分バランスを避ける(制限的な水分管理)ことが勧められるが、それは呼吸管理を前提とした補助的な管理であり、本例で優先する治療ではない。
- ×b. 抗線維化薬投与
誤り。抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)は、特発性肺線維症(IPF)や進行性の線維化を示す間質性肺疾患に対して、肺機能の低下速度を緩やかにする目的で長期に使う薬である。急性に起こった溺水後の肺障害を改善する作用はなく、ARDSに対する有効性も示されていない。
- ×c. 高用量グルココルチコイド投与
誤り。ARDSに対してメチルプレドニゾロン大量(パルス)療法のような高用量グルココルチコイドを短期間投与しても死亡率は改善せず、感染症などの有害事象が増えることが臨床試験で示されており、推奨されない。なお、低〜中等量のグルココルチコイドを比較的長く投与する方法は、近年のARDS診療ガイドライン(日本の2021年版など)で弱く推奨・考慮される位置付けとなっているが、本例のような溺水後の肺障害で急性期に優先される治療ではない。
- ×d. 肺サーファクタント気管内投与
誤り。人工肺サーファクタントの気管内投与は、サーファクタントの産生不足が原因の新生児呼吸窮迫症候群(NRDS)では標準治療である。溺水ではサーファクタントが洗い流されることが病態に関わるため理論上は効果が期待されるが、成人ARDS(溺水によるものを含む)に対するランダム化比較試験では生存率の改善は示されておらず、推奨されていない。
- ○e. 高い呼気終末陽圧(PEEP)による呼吸管理
正解。PEEPは、息を吐ききった時点でも気道内に陽圧を残す人工呼吸器の設定である。これにより、サーファクタントが失われてつぶれやすくなった肺胞を開いたまま保ち(肺胞の虚脱防止・リクルートメント)、ガス交換に使える肺の面積を増やして、シャントを減らし酸素化を改善する。また、呼吸のたびに肺胞が開いたり閉じたりすることによる肺傷害も減らせる。中等症〜重症のARDSでは、低い1回換気量(予測体重あたり6〜8 mL/kg)とプラトー圧30 cmH2O以下の制限に加えて、比較的高いPEEPを用いることが推奨されている。CTで背側に虚脱した肺が広がる本例は、PEEPでの改善が期待できる典型である。
ARDSの診断基準(Berlin定義、2012年)
1. 発症時期:既知の誘因(侵襲)または呼吸器症状の出現・悪化から1週間以内 2. 胸部画像:胸水、無気肺(葉・肺全体の虚脱)、結節では説明できない両側性の陰影 3. 肺水腫の原因:心不全や輸液過剰だけでは説明できない(必要に応じ心エコーなどで静水圧性肺水腫を除外する) 4. 酸素化(PEEPまたはCPAP 5 cmH2O以上で評価):軽症 200<P/F≦300、中等症 100<P/F≦200、重症 P/F≦100 なお、2023年に提唱された新しい国際的定義では、高流量鼻カニュラ酸素療法中の患者や、SpO2/FiO2比を用いた評価も含める形に拡張されている。
ARDSの主な原因
・肺そのものの傷害(直接損傷):肺炎、誤嚥(胃内容・溺水)、肺挫傷、有毒ガス吸入など ・肺以外からの傷害(間接損傷):敗血症、重症外傷、急性膵炎、大量輸血(TRALIを含む)、熱傷など
ARDSの治療
・原因疾患の治療(感染症なら抗菌薬など)。 ・肺保護換気:1回換気量を予測体重あたり6〜8 mL/kgに抑え、プラトー圧を30 cmH2O以下に保つ。PaCO2の上昇はpHが大きく下がらない範囲で許容する(permissive hypercapnia)。 ・中等症〜重症では高めのPEEPを用いる。 ・P/F比が150未満程度の重症例では、腹臥位療法(1日12時間以上)を行うと背側の虚脱肺が開きやすくなり、予後の改善が示されている。 ・ほかに、早期の筋弛緩薬、循環安定後の制限的な水分管理、低〜中等量グルココルチコイドの考慮、通常の治療で改善しない最重症例には体外式膜型人工肺(V-V ECMO)を検討する。 ・高用量ステロイド、人工サーファクタント、抗線維化薬などには有効性が示されていない。
溺水の病態と管理のポイント
・溺水では、吸い込んだ水が淡水か海水かにかかわらず、サーファクタントの喪失と肺胞・毛細血管の傷害から肺胞の虚脱と透過性亢進型肺水腫が起こり、低酸素血症が主病態となる。かつては淡水と海水で電解質や循環血液量の変化が大きく異なると強調されたが、実際に救急で問題となるほどの差は少なく、治療の基本は同じである。 ・低酸素による脳障害(低酸素性虚血性脳症)が予後を左右するため、まず酸素化と換気を確保する。 ・低体温を伴う場合は復温を行う。溺水の原因となった基礎疾患(不整脈、てんかん、脳卒中、頸椎損傷など)の検索も行う。 ・溺れた直後は症状が軽くても、数時間後に肺水腫が顕在化することがあるため、一定時間の経過観察が必要である。
POINT
・溺水後の急性の両側肺陰影+高度低酸素血症+心機能正常→溺水によるARDS(非心原性肺水腫)。 ・ARDSの呼吸管理の基本は肺保護換気:低い1回換気量(6〜8 mL/kg予測体重)、プラトー圧30 cmH2O以下、高めのPEEPで虚脱した肺胞を開いて保つ。重症では腹臥位療法も行う。 ・利尿薬は心原性肺水腫の治療、抗線維化薬はIPFなどの慢性線維化性疾患の治療、人工サーファクタントは新生児呼吸窮迫症候群の治療であり、いずれもARDS急性期の治療ではない。 ・高用量グルココルチコイドはARDSに推奨されない。
