枝の先の小さなふくらみ―神経に潜むウイルスが描く角膜ヘルペスの素顔
第120回医師国家試験 A問題 第66問
国試問題にチャレンジ
67歳の女性。数日前からの左眼視力低下と眼痛を主訴に来院した。左眼の矯正視力は0.6(矯正不能)。左眼のフルオレセイン染色後の細隙灯顕微鏡写真を下に示す。右眼に異常を認めない。 この疾患で正しいのはどれか。

- a.縮瞳する。
- b.再発は稀である。
- c.角膜知覚が低下する。
- d.自己免疫疾患である。
- e.治療に副腎皮質ステロイドを用いる。
対話形式の解説
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医学生まとめ
フルオレセイン染色で先端にterminal bulbを伴う樹枝状の上皮欠損を認めれば、単純ヘルペスウイルスによる上皮型角膜ヘルペスと診断でき、先端が細くとがる帯状疱疹やアカントアメーバの偽樹枝状病変と区別できます。単純ヘルペスウイルスは三叉神経節に潜伏して再活性化を繰り返す神経親和性ウイルスであるため、角膜知覚の低下と再発しやすさが特徴で、本態は自己免疫ではなく感染症です。上皮型の治療はアシクロビル眼軟膏などの抗ウイルス薬で、ステロイド点眼はウイルス増殖を助長して地図状潰瘍へ悪化させるため禁忌であり、ステロイドは実質型や内皮型で抗ウイルス薬と併用する場合に限られます。「ウイルスが神経に潜む」という病態を軸にすると、症状・経過・治療の要点を一貫して理解でき、充血した眼に安易にステロイドを処方しないという日常診療での注意にもつながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・67歳女性、片眼(左眼)のみの症状 ・数日の経過で進行した視力低下と眼痛 ・左眼矯正視力0.6(矯正しても改善しない=屈折異常ではなく、角膜などの器質的病変を示唆) ・フルオレセイン染色後の細隙灯顕微鏡写真:角膜上皮に、木の枝のように分岐する染色病変がみられ、枝の先端が丸く膨らんでいる(末端膨大部、terminal bulb) ・右眼は正常
診断へのプロセス
フルオレセインは角膜上皮が欠損した部分に貯留して緑色に染まるため、上皮欠損の形を可視化できる。分岐する線状の上皮欠損は「樹枝状病変」と呼ばれ、その先端に terminal bulb を伴うものは単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus:HSV)による上皮型角膜ヘルペス(樹枝状角膜炎)に特徴的である。 片眼の亜急性の視力低下・眼痛を来す疾患として、細菌・真菌による感染性角膜潰瘍、アカントアメーバ角膜炎、帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus:VZV)による角膜炎、薬剤性角膜上皮障害、ドライアイなどが鑑別に挙がる。細菌・真菌性潰瘍はコンタクトレンズ装用や外傷・異物などの誘因を伴うことが多く、染色像は類円形の潰瘍となる。VZV やアカントアメーバでも樹枝に似た病変(偽樹枝状病変)が生じるが、先端は細くとがっており terminal bulb を持たない。以上から本例は上皮型角膜ヘルペスと診断できる。
設問の考え方
HSV は神経親和性(向神経性)のウイルスで、初感染後に三叉神経節へ潜伏し、ストレス・発熱・紫外線・免疫低下などを契機に再活性化して神経を伝って角膜に病変をつくる。この「神経に潜むウイルスの再活性化」という病態から、角膜知覚低下・再発しやすさ・感染症であること(自己免疫ではない)・上皮型でのステロイド禁忌が導かれる。
選択肢考察
- ×a. 縮瞳する。
上皮型角膜ヘルペスは角膜上皮の病変であり、瞳孔径に特徴的な変化を来す疾患ではない。縮瞳は虹彩毛様体炎(前部ぶどう膜炎)の所見として知られ、角膜炎が強く前房炎症を伴った場合に二次的に生じることはありうるが、本症の特徴として挙げられるものではない。
- ×b. 再発は稀である。
HSV は三叉神経節に潜伏感染し、生涯にわたって排除されない。疲労・発熱・紫外線曝露・免疫力の低下などをきっかけに再活性化し、角膜ヘルペスは繰り返し再発するのが特徴である。再発を重ねると実質型(角膜実質の炎症・混濁)へ移行し、角膜混濁による永続的な視力障害を残すことがある。
- ○c. 角膜知覚が低下する。
角膜は三叉神経第1枝(眼神経)の支配を受ける。HSV は神経親和性ウイルスであり、三叉神経節からの再活性化と神経線維に沿った増殖により角膜の知覚神経が障害されるため、患眼の角膜知覚が低下する。角膜知覚計(Cochet-Bonnet 型)や綿糸で健眼と比較して確かめる所見で、他の感染性角膜炎との鑑別に役立つ。知覚低下が高度になると角膜の保護反射や上皮修復が損なわれ、遷延性上皮欠損(神経麻痺性角膜症)の原因にもなる。
- ×d. 自己免疫疾患である。
本症は三叉神経節に潜伏していた HSV の再活性化によるウイルス感染症であり、自己免疫疾患ではない。なお、実質型角膜ヘルペスでは角膜実質内のウイルス抗原に対する宿主の免疫反応が炎症の主体となるが、これも自己抗原に対する反応ではなく、自己免疫疾患には当たらない。
- ×e. 治療に副腎皮質ステロイドを用いる。
本例のような上皮型では、ウイルスが上皮で増殖しているため、治療はアシクロビル眼軟膏などの抗ウイルス薬である。副腎皮質ステロイドを点眼すると局所免疫が抑えられ、ウイルス増殖が助長されて樹枝状病変が拡大し、地図状潰瘍へ悪化するため禁忌とされる。ステロイドが用いられるのは、免疫反応が主体の実質型や内皮型で、必ず抗ウイルス薬と併用する場合に限られる。
角膜ヘルペス(単純ヘルペスウイルス角膜炎)の病型
・上皮型:HSV が角膜上皮で増殖する。樹枝状角膜炎(terminal bulb を伴う樹枝状病変)、進行すると地図状角膜炎。治療はアシクロビル眼軟膏。ステロイドは禁忌。 ・実質型:ウイルス抗原に対する免疫反応による角膜実質の浮腫・混濁・血管侵入。円板状角膜炎や壊死性角膜炎の形をとる。抗ウイルス薬とステロイド点眼を併用する。 ・内皮型:角膜内皮炎による角膜浮腫と角膜後面沈着物。抗ウイルス薬とステロイドを併用する。
樹枝状病変の鑑別
・HSV:樹枝の先端が膨らむ(terminal bulb)。上皮欠損でフルオレセインによく染まる。 ・VZV(帯状疱疹):偽樹枝状病変。先端は先細りで、上皮が隆起した病変のため染色は淡い。眼部帯状疱疹(三叉神経第1枝領域の皮疹)を伴う。 ・アカントアメーバ:偽樹枝状病変、放射状角膜神経炎。コンタクトレンズ装用者に多く、所見に比べ眼痛が強い。
角膜知覚低下を来す主な疾患
角膜ヘルペス、帯状疱疹、糖尿病、三叉神経障害(聴神経腫瘍、手術後など)、長期のコンタクトレンズ装用。逆にアカントアメーバ角膜炎では強い眼痛が特徴的である。
POINT
・terminal bulb を伴う樹枝状病変(フルオレセイン染色)=上皮型角膜ヘルペス(HSV) ・HSV は三叉神経節に潜伏し、再活性化を繰り返す→再発しやすい ・神経親和性ウイルスのため角膜知覚が低下する ・上皮型の治療はアシクロビル眼軟膏。ステロイド点眼は増悪させるため禁忌(実質型・内皮型では抗ウイルス薬と併用) ・VZV・アカントアメーバは先細りの偽樹枝状病変
