「転んで歩けない」高齢者を見たら―転位型大腿骨頸部骨折に人工骨頭を選ぶ理由
第105回医師国家試験 F問題 第16問
国試問題にチャレンジ
82歳の女性。自宅の玄関でつまずいて転倒し,歩行が困難となったため家族に伴われて来院した。既往歴に特記すべきことはない。股関節エックス線写真を別に示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.転倒予防装具装着
- b.体幹ギプス固定
- c.患肢の筋力強化
- d.人工骨頭置換術
- e.徒手整復
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
高齢者が転倒して歩けなくなったら、骨粗鬆症を背景とした大腿骨近位部骨折、すなわち大腿骨頸部骨折か転子部骨折をまず疑います。頸部骨折は関節包の内側で起こるため骨膜性の仮骨ができにくく、骨頭への血流も断たれやすいことから、偽関節や大腿骨頭壊死が起こりやすい骨折です。Garden分類で転位型(stage III・IV)と判断される高齢者には人工骨頭置換術を、非転位型(stage I・II)には骨接合術を行うのが基本で、ギプス固定や長期臥床による保存療法は廃用による合併症が多いため原則として選びません。早期手術・早期離床に加え、術後の骨粗鬆症治療と転倒予防による二次骨折の防止までが大切な治療の流れです。骨折部位の解剖と血流から治療法を導く考え方は、整形外科の外傷診療全般に通じる基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・82歳の女性(高齢女性は骨粗鬆症の頻度が高く、軽い外力でも骨折しやすい) ・自宅の玄関でつまずいて転倒した(立った高さからの転倒という低エネルギー外傷) ・その後に歩行が困難となった ・既往歴に特記すべきことはない(全身状態に大きな問題がなく、手術に耐えられる可能性が高い)
診断へのプロセス
高齢者が転倒して立てない・歩けないという状況では、まず大腿骨近位部骨折(大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折)を疑う。救急車ではなく家族に付き添われて来院している点は、大腿骨骨幹部骨折のような激痛と著しい変形を伴う外傷よりも、頸部骨折らしい経過である。股関節エックス線写真では大腿骨頸部に骨折線を認め、骨頭が転位している。関節包の内側で起こる大腿骨頸部骨折(かつて内側骨折と呼ばれた型)であり、転位の程度から Garden 分類(頸部骨折の転位の程度による分類)のstage III〜IV、すなわち転位型と考えられる。
治療の考え方
大腿骨頸部骨折の治療は、原則として手術である。保存療法では長期臥床が必要となり、肺炎・深部静脈血栓症・褥瘡・認知機能低下・筋力低下などの廃用による合併症が生じ、生命予後や歩行能力を大きく損なうためである。 術式は転位の有無と年齢で選ぶ。非転位型(Garden stage I・II)では、スクリューやピンで固定する骨接合術が基本である。一方、転位型(Garden stage III・IV)では、頸部の骨折で骨頭への血流(主に内側大腿回旋動脈からの枝)が断たれやすく、骨接合を行っても偽関節(骨が癒合しない状態)や大腿骨頭壊死が高率に起こる。そのため高齢者の転位型骨折では、骨頭を切除して人工物に置き換える人工骨頭置換術を選ぶのが一般的である。本例は82歳・転位型であり、既往歴にも問題がないため、人工骨頭置換術を行い、術後早期から荷重・歩行訓練を始めるのが適切である。
選択肢考察
- ×a. 転倒予防装具装着
転倒予防装具(ヒッププロテクターなど)は、転倒時に大転子部への衝撃を和らげ、骨折の発生を減らすための予防手段である。すでに骨折が起きた後の治療にはならない。術後、再び転倒して反対側を骨折すること(二次骨折)を防ぐ対策としては意味があるが、本例の現時点の治療として選ぶものではない。
- ×b. 体幹ギプス固定
股関節部は体幹ギプス(股関節まで含むギプス)でも十分に固定できず、転位した頸部骨折を骨癒合に導くことはできない。さらに高齢者を長期間ギプスで固定して臥床させると、肺炎・深部静脈血栓症・褥瘡・認知症の進行などの合併症を招く。大腿骨頸部骨折の治療として不適切である。
- ×c. 患肢の筋力強化
骨折が残ったまま患肢の筋力トレーニングを行っても、骨折そのものは治らず、痛みや転位の悪化を招くだけである。筋力強化は術後のリハビリテーションや、手術までの健側(骨折していない側)の筋力維持として重要だが、骨折に対する治療の本体にはならない。
- ○d. 人工骨頭置換術
転位型(Garden stage III・IV)の大腿骨頸部骨折では骨頭への血流が障害されやすく、骨接合術では偽関節や大腿骨頭壊死の危険が高い。高齢者では、骨頭を人工骨頭に置き換えることで骨癒合を待つ必要がなくなり、術後早期から全荷重で歩行訓練を始められる。本例は82歳・転位型で、既往歴に問題がなく手術に耐えられると考えられるため、人工骨頭置換術が最も適切な治療である。
- ×e. 徒手整復
転位した頸部骨折は、徒手で整復できたとしても外固定では整復位を保てず、すぐに再転位する。また骨頭への血流障害は整復によって改善しないため、偽関節や骨頭壊死の危険は残る。若年者で骨頭を温存したい場合には、整復したうえで内固定(骨接合術)を行うことがあるが、徒手整復だけでは治療として成り立たない。
大腿骨近位部骨折の分類
・大腿骨頸部骨折:関節包の内側で起こる骨折。骨膜性の仮骨ができにくく、骨頭への血流も途絶えやすいため、骨癒合が得られにくい。 ・大腿骨転子部骨折:関節包の外側で起こる骨折。血流が豊富で骨癒合は得られやすく、ガンマネイルなどの髄内釘やCHS(compression hip screw)による骨接合術が基本となる。
Garden分類(大腿骨頸部骨折)
・stage I:不完全骨折(外反位で嵌合した骨折を含む) ・stage II:転位のない完全骨折 ・stage III:部分的に転位した完全骨折 ・stage IV:完全に転位した完全骨折 臨床的には I・II を非転位型、III・IV を転位型の二つに分けて治療方針を決めることが多い。
治療の選び方
・非転位型:骨接合術(スクリュー固定、ピン固定など) ・転位型の高齢者:人工骨頭置換術(もともと股関節症があるなど、症例によっては人工股関節全置換術) ・転位型の若年者:骨頭を温存するため、できるだけ早く整復して骨接合術を行う
大腿骨近位部骨折の特徴
・骨粗鬆症を背景に、高齢女性の立った高さからの転倒で起こることが多い。 ・典型的な症状は股関節部の痛みと起立・歩行困難である。転位があると、患肢は短縮し外旋位をとる。 ・転位のない骨折は単純エックス線写真でわかりにくいことがあり、疑わしい場合はMRIで確認する。 ・受傷後は、全身状態が許す限り早期に手術を行い、早期離床を図ることが生命予後と機能予後の改善につながる。 ・脊椎椎体骨折、橈骨遠位端骨折、上腕骨近位端骨折とともに、骨粗鬆症による代表的な骨折(脆弱性骨折)である。術後は骨粗鬆症の治療と転倒予防を行い、二次骨折を防ぐ。
POINT
・高齢者が転倒して歩けなくなったら、まず大腿骨近位部骨折(頸部骨折・転子部骨折)を疑う。 ・大腿骨頸部骨折は関節包の内側で起こり、骨癒合が得られにくく、骨頭壊死や偽関節を起こしやすい。 ・転位型(Garden stage III・IV)の高齢者には人工骨頭置換術、非転位型には骨接合術を行う。 ・保存療法(ギプス固定、長期臥床)は合併症が多く、原則として行わない。早期手術と早期離床が基本である。
