「眠らなくても平気です」―うつの後にやってきた躁状態を見抜く
第105回医師国家試験 C問題 第19問
国試問題にチャレンジ
28歳の男性。仕事中に落ち着きがないことを心配した会社の上司に伴われて来院した。3か月前から元気がなく,仕事を休みがちであった。ところが,1週前から朝早く出社し,与えられた仕事をこなすだけでなく,次々と新しい企画の計画書を作成しては,上司に対して繰り返し説明を続けるようになった。母親がうつ状態で入院したことがある。 この患者の発言として考えられるのはどれか。
- a.「同僚から嫌がらせをされています」
- b.「頭の中に上司の考えが入ってきます」
- c.「夜まったく眠らなくても大丈夫です」
- d.「自分の考えは上司に操られています」
- e.「仕事の内容を何度も確認しないと安心できません」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
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ドクターまとめ
抑うつ期のあとに気分の高揚と活動性の亢進が続き、気分障害の家族歴がある場合は、双極性障害の躁病相を考えます。躁状態では気分高揚、多弁、観念奔逸、自尊心の肥大、浪費などに加えて「睡眠欲求の減少」が特徴的で、ほとんど眠らなくても疲れず本人は苦痛を感じない点が、苦痛を伴ううつ病の不眠と対照的です。思考吹入や作為体験は自我障害として統合失調症に、確認行為は強迫症に特徴的であり、被害妄想も躁状態の典型ではありません。治療は気分安定薬が中心で、双極性障害のうつ病相に抗うつ薬を単独で用いると躁転の危険があるため、うつ状態の患者では躁エピソードの既往や家族歴の確認が重要です。症状を「気分の障害」「自我の障害」「強迫」と種類で整理する視点は、精神科の鑑別全般の土台になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・28歳男性。上司が「仕事中に落ち着きがない」ことを心配して受診させた。 ・3か月前から元気がなく、仕事を休みがちだった → 抑うつ状態(うつ病相)が疑われる。 ・1週前から一転して、早朝から出社し、与えられた仕事以上に次々と新しい企画書を作成し、上司に繰り返し説明し続けている → 活動性・意欲の亢進、多弁、目標志向性の活動の増加であり、躁状態を示唆する。 ・母親にうつ状態での入院歴がある → 気分障害の家族歴。
診断へのプロセス
抑うつ的な時期のあとに、気分と活動性が急に高まる時期が続いており、気分(感情)の障害が病相として交代していると考えられる。したがって、双極性障害(いわゆる躁うつ病)の躁病相が最も考えやすい。双極性障害は遺伝的要因の関与が大きい疾患であり、母親の気分障害の既往もこれを支持する。 一方、本例には幻聴や、自分の考えや行動が他者に干渉・支配されるといった統合失調症に特徴的な症状(了解が困難な体験)の記載はない。行動の変化は「高揚した気分と活動性の増大」という流れで理解でき、統合失調症を積極的に疑う根拠はない。
設問への考え方
躁状態で典型的にみられる訴えを選ぶ。躁状態では、気分の高揚、自尊心の肥大、観念奔逸、多弁・多動に加えて「睡眠欲求の減少」が特徴的であり、ほとんど眠らなくても疲れを感じず、本人はむしろ調子がよいと感じている。他の選択肢は統合失調症や強迫症に特徴的な症状である。
選択肢考察
- ×a. 「同僚から嫌がらせをされています」
他人から危害や嫌がらせを加えられていると確信する被害妄想を示す発言である。被害妄想は統合失調症や妄想性障害で多くみられる。躁状態でも「自分の才能を妬まれて邪魔される」といった形で被害的な内容が現れることはあるが、躁状態の妄想は自分の能力・地位・財産を過大に評価する誇大妄想が典型であり、本例に最も考えやすい発言とはいえない。
- ×b. 「頭の中に上司の考えが入ってきます」
他人の考えが自分の頭の中に外から吹き込まれると体験する「思考吹入(しこうすいにゅう)」である。自分の思考が自分のものであるという感覚(自我意識、特に能動性の意識)が障害される自我障害の一つで、Schneider の一級症状に含まれ、統合失調症に特徴的な症状である。躁状態の症状ではない。
- ○c. 「夜まったく眠らなくても大丈夫です」
躁状態では「睡眠欲求の減少」がみられ、睡眠時間が極端に短くなっても本人は疲労や眠気を感じず、苦痛としても訴えない。うつ病の不眠が「眠りたいのに眠れない」苦痛を伴うのと対照的である。早朝から出社し、次々と企画を作る本例の過活動とも整合し、躁状態の患者の発言として最も考えやすい。
- ×d. 「自分の考えは上司に操られています」
自分の思考や行動が他者によって操られ、させられていると体験する「作為体験(させられ体験)」である。自我障害の代表で、Schneider の一級症状に含まれ、統合失調症に特徴的である。躁状態の症状ではない。
- ×e. 「仕事の内容を何度も確認しないと安心できません」
不合理だとわかっていても確認せずにはいられない「確認強迫(強迫行為)」を示す発言である。強迫観念による不安を打ち消すために同じ行為を繰り返すもので、強迫症(強迫性障害)の主症状である。躁状態では、むしろ注意が散漫になり細部の確認がおろそかになりやすい。
双極性障害の概要
躁病相(または軽躁病相)とうつ病相を繰り返す気分障害である。DSM-5 では、躁病エピソードが一度でもあれば双極I型障害、軽躁病エピソードと抑うつエピソードの組み合わせであれば双極II型障害とされる。発症は20歳代前後に多く、男女差は小さい。一卵性双生児での一致率が高いなど、遺伝的要因の関与がうつ病より大きい。
躁病エピソードの診断(DSM-5 の要点)
気分が異常かつ持続的に高揚・開放的・易怒的となり、同時に活動性・活力が持続的に亢進した期間が少なくとも1週間(入院を要する場合は期間を問わない)続く。そのうえで、以下のうち3つ以上(気分が易怒性のみなら4つ以上)を満たす。 ・自尊心の肥大、誇大性 ・睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけで十分休めたと感じる) ・普段より多弁、しゃべり続けようとする心迫 ・観念奔逸(考えが次々と湧き、話題がどんどん移る) ・注意散漫 ・目標志向性の活動の増加、精神運動焦燥 ・困った結果になる可能性が高い活動(浪費、性的逸脱、無謀な投資など)への熱中 症状が社会的・職業的機能に著しい障害を起こす、入院を要する、または精神病性の特徴を伴うものが躁病エピソードであり、これらに至らず4日以上続くものは軽躁病エピソードとされる。
躁状態の臨床像
・病識は乏しく、気分爽快または易怒的である。 ・疲労感を感じず、睡眠時間は短い。食欲は亢進することが多いが、活動量が多いため体重はむしろ減ることがある。 ・妄想を伴う場合は誇大妄想(血統妄想、発明妄想など)が多い。
治療の概略
気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸など)や非定型抗精神病薬を用いる。双極性障害のうつ病相に抗うつ薬を単独で使うと躁転や病相の頻発化を招くおそれがあり、原則として避ける。リチウムは治療域と中毒域が近いため、血中濃度のモニタリングが必要である。
統合失調症・強迫症との区別
・統合失調症:幻聴(対話性・注釈性)、思考吹入・思考奪取・思考伝播、作為体験などの自我障害(Schneider の一級症状)、被害妄想、陰性症状など。 ・強迫症:不合理と自覚しつつ繰り返す強迫観念・強迫行為(確認、洗浄など)。
POINT
・抑うつ期のあとに気分・活動性が高まる病相があり、気分障害の家族歴があれば双極性障害を考える。 ・躁状態の特徴:気分高揚、自尊心の肥大、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、注意散漫、活動の増加、浪費などの逸脱行動。 ・躁状態の不眠は苦痛を伴わない(「眠らなくても平気」)。 ・思考吹入・作為体験=自我障害(統合失調症)、確認強迫=強迫症、被害妄想=統合失調症・妄想性障害に多い。
