食後2時間の冷や汗と震え―胃全摘後に潜む「反応性低血糖」の正体
第104回医師国家試験 G問題 第45問
国試問題にチャレンジ
46歳の男性。脱力感を主訴に来院した。3か月前,胃癌のため胃全摘術を受けた。1か月前から食後2,3時間すると脱力感が出現し,動悸,冷汗および手指振戦を認めるようになった。意識は清明。身長172 cm,体重62 kg。脈拍72/分,整。血圧134/86 mmHg。眼瞼結膜に貧血を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は正中部に手術創瘢痕を認め,平坦,軟で,肝・脾を触知しない。 この病態に関係しているのはどれか。
- a.インスリン
- b.セロトニン
- c.ヒスタミン
- d.ブラジキニン
- e.ソマトスタチン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
胃切除後に食事と関連して出現する症状はダンピング症候群を考え、発症時間で早期と後期を区別します。早期ダンピング(食後30分以内)は高浸透圧の食物が空腸へ急速に流入することによる循環血液量減少と、セロトニン・ヒスタミン・ブラジキニンなどの血管作動性物質の放出が原因で、腹部症状を伴いやすいのが特徴です。後期ダンピング(食後2〜3時間)は糖の急速吸収による一過性高血糖に対してインスリンが過剰分泌され(GLP-1が増強)、反応性低血糖を起こすもので、動悸・冷汗・振戦・脱力感などの低血糖症状が出ます。対策は少量頻回食・低糖質食が基本で、低血糖時は糖質を摂取し、難治例ではα-グルコシダーゼ阻害薬やソマトスタチンアナログが用いられることがあります。胃全摘後は貧血や骨代謝障害なども起こるため、機序から合併症を理解しておくことが術後の長期管理に役立ちます。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・46歳男性。3か月前に胃癌で胃全摘術を受けている。 ・1か月前から、食後2〜3時間たってから脱力感が出現し、動悸・冷汗・手指振戦を伴う。 ・意識は清明で、バイタルサインに大きな異常はない。眼瞼結膜に貧血はなく、腹部にも手術創以外の異常はない(腫瘤や肝腫大などの再発を示す所見はない)。
診断へのプロセス
胃切除後に食事と関連して出現する症状であり、まず胃切除後症候群を考える。動悸・冷汗・手指振戦は、低血糖に反応してアドレナリンなどが分泌されて起こる交感神経刺激症状(自律神経症状)であり、脱力感も低血糖でよくみられる訴えである。胃切除後に食事と関連してこうした症状が出る病態としてダンピング症候群があり、発症のタイミングで2つに分けられる。 ・早期ダンピング症候群:食後30分以内(食事中〜食直後)に起こる。 ・後期ダンピング症候群:食後2〜3時間で起こる。 本例は食後2〜3時間で低血糖症状が出ているため、後期ダンピング症候群と診断できる。
設問の考え方
後期ダンピング症候群の本態は「反応性低血糖」である。胃の貯留機能が失われると、糖質を多く含む食物が一気に小腸に流れ込み、糖が急速に吸収されて一過性の高血糖が生じる。これに反応してインスリンが過剰に分泌され(小腸から分泌されるインクレチン、特にGLP-1〈グルカゴン様ペプチド-1〉がインスリン分泌を増強する)、血糖が下がった後もインスリンの作用が残るため、食後2〜3時間ごろに低血糖に陥る。したがって、この病態に関係する物質はインスリンである。早期ダンピング症候群に関わる血管作動性物質(セロトニン、ヒスタミン、ブラジキニンなど)と区別して覚えることが重要である。
選択肢考察
- ○a. インスリン
関係している。胃全摘後は食物が急速に小腸へ流入し、糖の吸収が一気に進んで一過性の高血糖となる。これに対して膵β細胞からインスリンが過剰に分泌され、しかも小腸由来のGLP-1がその分泌をさらに増強するため、血糖値が下がりすぎて食後2〜3時間に低血糖が起こる。低血糖によるアドレナリン放出が動悸・冷汗・手指振戦を生じ、脱力感も低血糖の症状である。本例の病態の中心となるホルモンである。
- ×b. セロトニン
本例の病態には関係しない。セロトニンは早期ダンピング症候群に関与する物質である。高浸透圧の食物が急速に空腸に流入すると、腸管内へ水分が移動して循環血液量が減少するとともに、腸管の刺激によってセロトニンなどの血管作動性物質が放出される。これが食後30分以内の動悸、発汗、顔面紅潮、めまい、腹痛、下痢、腹鳴などを引き起こす。本例は発症が食後2〜3時間であり、早期ダンピングではない。
- ×c. ヒスタミン
本例の病態には関係しない。ヒスタミンも早期ダンピング症候群で放出される血管作動性物質の一つで、血管拡張や血管透過性亢進を介して、顔面紅潮や血圧低下、全身倦怠感などに関与すると考えられている。食後2〜3時間の低血糖症状を主とする後期ダンピング症候群の成因ではない。
- ×d. ブラジキニン
本例の病態には関係しない。ブラジキニンは強い血管拡張作用をもつキニン類で、早期ダンピング症候群で放出され、循環血液量減少と相まって血圧低下や頻脈、顔面紅潮を招く物質の一つとされる。後期ダンピング症候群の成因ではない。
- ×e. ソマトスタチン
本例の病態の成因ではない。ソマトスタチンは視床下部、膵Langerhans島のδ細胞、消化管の内分泌細胞などから分泌され、成長ホルモン、インスリン、グルカゴン、ガストリン、セクレチン、コレシストキニンなど多くのホルモン分泌や消化管運動を抑制する。むしろインスリンや消化管ホルモンの分泌を抑える方向に働くため、食事療法で改善しない難治性のダンピング症候群に対して、ソマトスタチンアナログ(オクトレオチド)が治療薬として用いられることがある。
ダンピング症候群の比較
・早期ダンピング症候群 発症時期:食後30分以内(食事中〜食直後) 機序:高浸透圧の食物が急速に空腸へ流入 → 腸管内への体液移動による循環血液量減少と腸管拡張、腸管からのセロトニン・ヒスタミン・ブラジキニンなどの血管作動性物質や消化管ホルモン(VIP〈血管作動性腸管ペプチド〉、ニューロテンシンなど)の放出 症状:全身症状(動悸、冷汗、めまい、顔面紅潮・蒼白、脱力感、眠気)と腹部症状(腹痛、腹部膨満、腹鳴、悪心、下痢) 頻度:後期ダンピングより多い ・後期ダンピング症候群 発症時期:食後2〜3時間 機序:糖の急速吸収による一過性高血糖 → インスリン過剰分泌(GLP-1による増強) → 反応性低血糖 症状:低血糖症状(脱力感、冷汗、動悸、手指振戦、空腹感、重症では意識障害)
治療・予防
・食事療法が基本:少量頻回食(1日5〜6回)、よく噛んでゆっくり食べる、高蛋白・適度な脂質・低糖質の食事とし、単純糖質(甘い菓子・飲料)を控える。早期ダンピングでは食事中の水分摂取を控え、食後にしばらく横になるのも有効。 ・後期ダンピングの低血糖症状が出たときは、糖質(飴、ブドウ糖)を摂取する。症状が出る時間帯の前に少量の間食をとることで予防できる。 ・薬物療法:α-グルコシダーゼ阻害薬(糖吸収を遅らせ血糖の急上昇を抑える)、難治例ではオクトレオチドなど。
その他の胃切除後症候群
・貧血:鉄欠乏性貧血(胃酸減少による鉄吸収低下、比較的早期から)、巨赤芽球性貧血(内因子欠乏によるビタミンB12吸収障害。体内貯蔵があるため胃全摘後数年たってから出現) ・骨代謝障害:カルシウム・ビタミンDの吸収障害による骨粗鬆症・骨軟化症 ・逆流性食道炎(胃全摘後はアルカリ性の胆汁・膵液の逆流) ・輸入脚症候群(Billroth II法再建後) ・小胃症状、体重減少、胆石症(迷走神経切離による胆嚢収縮能低下)
POINT
・胃切除後の食後症状はダンピング症候群を考え、発症時間で区別する。 ・早期ダンピング(食後30分以内):高浸透圧食物の急速流入 → 循環血液量減少とセロトニン・ヒスタミン・ブラジキニンなどの血管作動性物質。 ・後期ダンピング(食後2〜3時間):一過性高血糖 → インスリン過剰分泌 → 反応性低血糖(動悸、冷汗、振戦、脱力感)。 ・対策は少量頻回食・低糖質食。低血糖時は糖質摂取。ソマトスタチンアナログは難治例の治療薬であり成因ではない。
