頭もお腹も脚も小さい胎児―均衡型発育不全が指し示すサイトメガロウイルス
第104回医師国家試験 E問題 第51問
国試問題にチャレンジ
28歳の経産婦。妊娠32週0日の妊婦健康診査で胎児の発育に異常を指摘され来院した。超音波検査で児は男児で,児頭大横径〈BPD〉は77 mm,腹囲〈AC〉は24.5 cm,大腿骨長〈FL〉は55 mm,推定児体重は1,290 gである。 この病態と関連があるのはどれか。
- a.淋菌
- b.B群レンサ球菌〈GBS〉
- c.サイトメガロウイルス
- d.インフルエンザウイルス
- e.クラミジアトラコマティス
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊娠32週で推定児体重が28〜29週相当と小さく、児頭・腹囲・大腿骨長がそろって小さい場合は均衡型の胎児発育不全(FGR)と考えます。均衡型FGRは妊娠早期からの細胞増殖障害を反映し、染色体異常や先天奇形とともに、経胎盤感染によるTORCH症候群が重要な原因で、その代表が日本で最も多い先天感染症であるサイトメガロウイルスです。一方、GBS・淋菌・クラミジアは主に産道感染として新生児の敗血症・髄膜炎・結膜炎・肺炎を起こし、インフルエンザは母体の重症化が問題で、いずれも胎児発育不全の原因ではありません。頭が保たれ腹囲が特に小さい不均衡型FGRは胎盤機能不全を示唆するため、計測値のパターンで原因を推定する視点が役立ちます。先天性CMV感染症は遅発性難聴をきたしうるため、生後3週以内の尿PCRによる診断と、妊婦への衛生指導による予防まで含めて理解しておくことが大切です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
妊娠32週0日の妊婦健診で胎児発育の異常を指摘された症例である。超音波計測値は、児頭大横径(BPD: biparietal diameter)77 mm、腹囲(AC: abdominal circumference)24.5 cm、大腿骨長(FL: femur length)55 mm、推定児体重(EFW: estimated fetal weight)1,290 gである。
診断へのプロセス
日本の胎児計測基準では、妊娠32週0日の推定児体重の平均はおよそ1,700 g前後であり、1,290 gは妊娠28〜29週ごろの平均値に相当する。すなわち在胎週数に比べて約3〜4週分小さく、基準値の-1.5 SD(標準偏差)を明らかに下回る。BPD 77 mmは妊娠30週前後、AC 24.5 cmとFL 55 mmもおおむね妊娠29〜30週前後の値であり、頭部・体幹・四肢がいずれも小さい。したがって胎児発育不全(FGR: fetal growth restriction、かつての子宮内胎児発育遅延 IUGR)と判断できる。 なお、推定児体重で週数を評価する際は妊娠週数が正確であることが前提であり、実臨床では妊娠初期の頭殿長(CRL)で分娩予定日が確定しているかを確認する。
設問の考え方
FGRの原因は、胎児因子(染色体異常、先天異常、胎内感染)、胎盤・臍帯因子、母体因子(妊娠高血圧症候群、喫煙、低栄養など)に大別される。頭部から四肢まで全体が小さい、いわゆる均衡型(対称性)FGRは、妊娠早期からの細胞増殖障害を反映し、染色体異常や胎内感染が原因として重要である。選択肢のなかで経胎盤的に胎児へ感染し、FGRを引き起こす代表的な病原体(TORCH症候群の一つ)はサイトメガロウイルスである。その他の選択肢は主に分娩時の産道感染や上行性感染、母体の急性感染症として問題となるもので、胎児の発育そのものを障害する病原体ではない。
選択肢考察
- ×a. 淋菌
淋菌(Neisseria gonorrhoeae)は性感染症の原因菌で、妊娠中は子宮頸管炎を起こし、絨毛膜羊膜炎・前期破水・早産の誘因となりうる。児への影響としては、分娩時に産道で感染する新生児結膜炎(膿漏眼)が代表的である。経胎盤感染で胎児の発育を障害する病原体ではなく、本例のFGRとは関連が乏しい。
- ×b. B群レンサ球菌〈GBS〉
B群レンサ球菌(GBS: group B Streptococcus)は妊婦の腟・直腸に常在しうる菌で、分娩時の産道感染により新生児に敗血症・髄膜炎・肺炎(早発型GBS感染症)を起こす。このため妊娠35〜37週ごろに腟・肛門周囲の培養でスクリーニングし、陽性なら分娩時にペニシリン系抗菌薬を予防投与する。問題となるのは周産期の新生児感染であり、胎児発育不全の原因ではない。
- ○c. サイトメガロウイルス
サイトメガロウイルス(CMV: cytomegalovirus)は、先天感染症の中で日本で最も頻度が高く、TORCH症候群の「O(others)」やCに含めて扱われる代表的な病原体である。妊婦の初感染(ときに再活性化・再感染)で経胎盤的に胎児へ感染し、細胞増殖を障害して胎児発育不全を起こす。胎児超音波では、FGRのほか小頭症、脳室拡大、脳室周囲の石灰化、肝脾腫、腹水・胎児水腫、腸管の高輝度エコーなどを認めることがある。出生後は黄疸、点状出血斑、肝脾腫、小頭症、脈絡網膜炎、感音難聴、精神運動発達遅滞などをきたす。FGRとの関連が明確な胎内感染として、風疹ウイルスとともに最も確立したものである。
- ×d. インフルエンザウイルス
インフルエンザウイルスは妊婦が罹患すると肺炎など重症化しやすいため、妊娠中の不活化ワクチン接種が推奨されている。しかし胎盤を通過して胎児に感染し発育を障害することは通常なく、先天感染症の原因病原体とはされない。高熱による早産リスクなどは問題となるが、本例のFGRの原因としては考えにくい。
- ×e. クラミジアトラコマティス
クラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)は日本で最も多い性感染症の原因微生物で、妊娠中は子宮頸管炎から絨毛膜羊膜炎・流早産の原因となりうる。児への影響は主に分娩時の産道感染による新生児結膜炎や新生児肺炎である。そのため妊娠中に検査し、陽性ならマクロライド系抗菌薬(アジスロマイシンなど)で治療する。経胎盤感染による胎児発育不全の原因ではない。
胎児発育不全(FGR)の定義と評価
日本では、推定児体重が妊娠週数に対する基準値の-1.5 SD以下をFGRの目安とする。評価には推定児体重に加え、腹囲の発育、羊水量、臍帯動脈・中大脳動脈の血流(ドプラ検査)、胎児心拍数モニタリングなどを組み合わせる。
FGRの分類
・均衡型(対称性、symmetrical): 頭部も体幹も同様に小さい。妊娠早期からの細胞数の減少を反映し、染色体異常(18トリソミーなど)、先天奇形症候群、胎内感染が主な原因。 ・不均衡型(非対称性、asymmetrical): 頭部は比較的保たれ、腹囲(肝臓の大きさ)が特に小さい。妊娠後半の胎盤機能不全による栄養不足を反映し、妊娠高血圧症候群、喫煙、多胎、母体合併症などが原因。胎児が脳への血流を優先する(brain sparing)ため頭部は保たれやすい。
TORCH症候群
胎内感染で先天異常やFGRを起こす病原体の頭文字をとった総称である。 ・T: トキソプラズマ(Toxoplasma gondii) ・O: その他(others: 梅毒、水痘・帯状疱疹ウイルス、パルボウイルスB19、HIVなど) ・R: 風疹ウイルス(rubella) ・C: サイトメガロウイルス ・H: 単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus) 共通する臨床像は、FGR、小頭症、脳内石灰化、肝脾腫、黄疸、血小板減少、眼病変(脈絡網膜炎・白内障)、難聴などである。
先天性CMV感染症の要点
・日本での先天感染症として最も多く、出生児のおよそ300人に1人程度が感染しているとされる。 ・症候性の児では、小頭症、脳室周囲石灰化、FGR、肝脾腫、点状出血斑、感音難聴などを呈する。無症候性で出生しても、後に遅発性の感音難聴が出現することがある。 ・新生児の診断は、生後3週以内の尿のCMV核酸検査(PCR)で行う。3週を過ぎると出生後の感染と区別できない。 ・症候性の児には抗ウイルス薬(バルガンシクロビル)による治療が行われ、聴力・発達予後の改善が期待される。 ・妊婦への有効なワクチンはなく、乳幼児の唾液・尿との接触後の手洗いなどの衛生指導が予防の中心である。
産道感染が問題となる病原体との区別
GBS、淋菌、クラミジア、単純ヘルペスウイルス、B型肝炎ウイルスなどは主に分娩時の産道感染や周産期感染として問題となり、胎児発育への影響は通常みられない。
POINT
・妊娠32週で推定児体重1,290 g(28〜29週相当)→胎児発育不全(FGR)。 ・均衡型FGRの原因: 染色体異常、先天奇形、胎内感染(TORCH症候群)。 ・不均衡型FGRの原因: 胎盤機能不全(妊娠高血圧症候群、喫煙など)。 ・FGRとの関連が確立した胎内感染はサイトメガロウイルスと風疹ウイルス。 ・先天性CMV感染症: 小頭症、脳室周囲石灰化、肝脾腫、点状出血斑、感音難聴。診断は生後3週以内の尿PCR。 ・GBS、淋菌、クラミジアは産道感染(新生児敗血症・髄膜炎、結膜炎、肺炎)として問題になる。
