治ったかどうかより「薬で倒れていないか」―抗甲状腺薬で白血球を追う理由
第104回医師国家試験 D問題 第42問
国試問題にチャレンジ
24歳の女性。下痢と体重減少とを主訴に来院した。半年前から1日2,3回の下痢が始まり,体重が減少してきた。階段を昇るときに動悸を感じるようになった。身長162 cm,体重48 kg。体温37.2℃。脈拍112/分,整。血圧128/58 mmHg。皮膚は湿潤。血液所見:赤血球410万,白血球3,500。血液生化学所見:空腹時血糖98 mg/dL,総コレステロール128 mg/dL,ALP 410 IU/L(基準115~359)。 内服治療開始後の臨床指標で重要なのはどれか。
- a.体重
- b.血圧
- c.便性状
- d.白血球数
- e.血清総コレステロール
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
頻脈、体重減少、発汗、頻便、脈圧の開大、総コレステロール低値、ALP上昇がそろえば甲状腺中毒症を考え、若年女性で経過が長ければBasedow病が最も疑われます。抗甲状腺薬(第一選択はチアマゾール)を開始した後に最も重視すべきは、致死的になりうる副作用である無顆粒球症を早期に捉えるための白血球数(好中球を含む分画)で、投与開始後少なくとも2か月間は原則2週ごとの測定が推奨されます。検査の合間にも発症しうるため、発熱や咽頭痛が出たら服薬を中止して直ちに受診するよう指導することが欠かせません。体重・血圧・便性状・コレステロールは甲状腺機能の正常化に伴って改善する「結果」の指標にすぎません。治療の効果と安全性を分けてモニタリングする考え方は、あらゆる薬物療法に通じる基本です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・24歳の若年女性 ・半年前から続く1日2〜3回の下痢(排便回数の増加)と体重減少 ・労作時の動悸、脈拍112/分の頻脈(整) ・体温37.2℃の微熱、皮膚の湿潤(発汗過多) ・血圧128/58 mmHg:収縮期圧に比して拡張期圧が低く、脈圧が70 mmHgと大きい ・総コレステロール128 mg/dLと低値、ALPが軽度高値 ・白血球3,500/μLとやや少ない、赤血球は410万で貧血はない(貧血による動悸ではない)
診断へのプロセス
代謝が亢進した状態(体重減少、微熱、発汗、頻脈、消化管運動亢進による頻便)に、脈圧の開大(心拍出量増加と末梢血管抵抗低下)が加わっており、甲状腺ホルモン過剰(甲状腺中毒症)を強く疑う。甲状腺ホルモンはLDL受容体の発現を増やしてコレステロールの処理を促すため、総コレステロールは低下する。また骨代謝回転が亢進するので、骨型ALPが上昇する。ALP上昇は甲状腺ホルモン過剰がある程度長く続いていることを示唆し、症状が半年続いている経過とも合う。 甲状腺中毒症の原因としては、若年女性で経過が長く、頸部痛の記載もないことから、Basedow(バセドウ)病が最も考えやすい。問題文には甲状腺ホルモン値や抗TSH受容体抗体の記載がないが、設問が「内服治療開始後」の指標を問うていることから、Basedow病と診断して抗甲状腺薬(チアマゾール〔メチマゾール、MMI〕またはプロピルチオウラシル〔PTU〕)の内服を開始した場面と読むのが自然である。
設問の考え方
体重・便性状・血圧・コレステロールなどは、甲状腺機能が正常化すれば自然に改善していく「病状の結果」であり、治療効果の目安にはなっても、治療中に最優先で監視すべき指標ではない。抗甲状腺薬で最も警戒すべきは、頻度は低いが生命に関わる副作用である無顆粒球症であり、これを早期に捉えるための白血球数(特に好中球数を含む白血球分画)の定期的な測定が、内服開始後に最も重要な臨床指標となる。本例はもともと白血球が3,500/μLとやや少なく、治療前の値を基準として把握したうえで経過を追う必要がある点でも重要である。
選択肢考察
- ×a. 体重
体重減少は甲状腺ホルモン過剰による代謝亢進の結果であり、甲状腺機能が正常化すれば回復する。治療後はむしろ食欲が保たれたまま代謝が下がるため、急に体重が増えすぎることがあり、生活指導の場面では留意する。しかし病状改善の結果を反映する指標であり、重大な副作用を見逃さないための監視項目としての重要性は白血球数に及ばない。
- ×b. 血圧
甲状腺中毒症では心拍出量の増加で収縮期血圧が上がり、末梢血管拡張で拡張期血圧が下がるため、本例のように脈圧が大きくなる。甲状腺機能が正常化すればこの変化も改善していく。抗甲状腺薬によって血圧が急激に変動することは通常なく、内服開始後に特に重視すべき指標ではない。
- ×c. 便性状
甲状腺ホルモン過剰では腸管運動が亢進し、排便回数の増加(頻便)や軟便がみられる。これも甲状腺機能の正常化とともに改善する症状であり、治療開始後に優先して監視する指標ではない。
- ○d. 白血球数
抗甲状腺薬(チアマゾール、プロピルチオウラシル)の最も重篤な副作用は無顆粒球症(顆粒球〔好中球〕数500/μL未満)であり、服用者の0.1〜0.5%程度に起こる。多くは投与開始後およそ3か月以内に発症するため、日本の診療ガイドラインでは少なくとも投与開始後2か月間は原則2週間ごとに白血球分画を含む血液検査を行うことが推奨されている。好中球数まで確認しなければ評価として不十分であり、また定期検査の合間にも急に発症しうるので、発熱や咽頭痛が出たら服薬を中止して直ちに受診するよう患者に指導しておくことが欠かせない。発症した場合は抗甲状腺薬を中止し、感染対策と顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の投与などを行う。Basedow病自体でも軽度の白血球減少がみられることがあるため、本例のように治療前から白血球がやや少ない場合には、治療前値を把握しておくことが特に大切である。
- ×e. 血清総コレステロール
甲状腺ホルモン過剰ではコレステロールの代謝が促進されて低値となり、治療で甲状腺機能が正常化すると上昇して元に戻る。もともと脂質異常症の素因がある人では、正常化後に高コレステロール血症が表面化することもあるため、長期的には確認してよい項目である。しかし、生命に関わる副作用を早期に見つけるという意味で内服開始後に最も重要な指標ではない。
Basedow病の概要
・TSH(甲状腺刺激ホルモン)受容体に対する自己抗体(TRAb:抗TSH受容体抗体、特に刺激型のTSAb)が甲状腺を持続的に刺激し、甲状腺ホルモンが過剰に産生される自己免疫疾患である。20〜40歳代の女性に多い。 ・症状:頻脈・動悸、体重減少、発汗過多、暑がり、手指振戦、頻便、微熱、甲状腺のびまん性腫大、眼球突出などの眼症状(Merseburgの三徴:甲状腺腫・頻脈・眼球突出)。 ・検査:遊離T4(FT4)・遊離T3(FT3)高値、TSH抑制、TRAb陽性、放射性ヨウ素(またはテクネチウム)甲状腺摂取率の上昇。一般検査では総コレステロール低値、ALP高値、軽度の白血球減少、肝酵素上昇などがみられることがある。 ・鑑別:無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎などの破壊性甲状腺中毒症では、摂取率が低下し、抗甲状腺薬は無効かつ不要である。亜急性甲状腺炎では甲状腺の圧痛・頸部痛や発熱を伴う。
治療
・薬物療法(抗甲状腺薬)、放射性ヨウ素内用療法、手術(甲状腺全摘・亜全摘)の3つがある。日本では抗甲状腺薬から開始することが多い。 ・抗甲状腺薬の第一選択は、効果が確実で副作用が比較的少ないチアマゾール(MMI)である。妊娠初期(特に妊娠4〜15週ごろ)はMMIによる胎児奇形(頭皮欠損、臍帯ヘルニアなど)を避けるためプロピルチオウラシル(PTU)を用いる。 ・動悸・頻脈にはβ遮断薬を併用する。
抗甲状腺薬の主な副作用
・軽症:皮疹・かゆみ、軽度の肝機能障害、関節痛など ・重症:無顆粒球症、重症肝障害(特にPTU)、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(特にPTU) ・無顆粒球症は投与初期(多くは3か月以内)に起こりやすく、定期的な白血球分画の確認と、発熱・咽頭痛時の休薬・受診の指導が基本である。
POINT
・頻脈、体重減少、発汗、頻便、脈圧開大、コレステロール低値、ALP上昇 → 甲状腺中毒症(若年女性で経過が長ければBasedow病) ・抗甲状腺薬で最も重篤な副作用は無顆粒球症(顆粒球500/μL未満) ・投与開始後少なくとも2か月間は原則2週ごとに白血球分画を測定する ・発熱・咽頭痛が出たら服薬を中止してすぐ受診するよう指導する ・体重・血圧・便性状・コレステロールは甲状腺機能の正常化に伴って改善する結果の指標にすぎない
