突然の腹痛、そして下血―「待つ」ことが正解になる虚血性大腸炎
第104回医師国家試験 D問題 第21問
国試問題にチャレンジ
65歳の女性。下腹部痛と下血とを主訴に来院した。今朝,突然の強い左下腹部痛があり,その後,4回の下血を認めた。体温37.2℃。血圧150/84 mmHg。左下腹部に圧痛を認める。筋性防御を認めない。下行結腸の内視鏡写真を別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.経過観察
- b.副腎皮質ステロイド投与
- c.免疫抑制薬投与
- d.抗癌化学療法
- e.腹腔鏡手術
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
高齢者に突然の左下腹部痛が起こり、続いて下血がみられた場合は虚血性大腸炎をまず考えます。動脈硬化や便秘を背景に、側副血行の乏しい脾弯曲部を中心とした左側結腸に好発し、内視鏡では区域性の発赤・浮腫や縦走する発赤・びらんがみられます。大部分は一過性型で、筋性防御などの腹膜刺激症状がなく全身状態が安定していれば、絶食と輸液による腸管安静のもとで経過観察とするのが基本であり、ステロイドや免疫抑制薬は炎症性腸疾患の治療薬なので用いません。一方、腹膜刺激症状やショックを伴う壊疽型は緊急手術の対象となり、高度な狭窄を残す狭窄型も手術を検討します。症状の出現順序と腹部所見の重さから病態と重症度を見極める姿勢は、急性腹症の診療全般に通じる大切な考え方です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・65歳女性、高血圧あり(血圧150/84 mmHg) ・今朝、突然強い左下腹部痛が起こり、その後に下血が4回あった ・体温37.2℃(微熱程度) ・左下腹部に圧痛はあるが、筋性防御はない(腹膜刺激症状なし=腸管の全層壊死や穿孔を示す所見はない) ・下行結腸の内視鏡像:粘膜に発赤・浮腫がみられ、腸管の長軸に沿って縦走する発赤やびらん(縦走潰瘍)が認められる
診断へのプロセス
高齢者に「突然の腹痛 → 続いて下血」という順で症状が出た場合、まず虚血性大腸炎を考える。虚血性大腸炎は、動脈硬化などを背景に大腸への血流が一時的に低下して粘膜が傷害される疾患で、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの動脈硬化の危険因子や、便秘による腸管内圧の上昇が誘因となる。病変は左側結腸(下行結腸〜S状結腸)、特に上腸間膜動脈と下腸間膜動脈の支配域の境界にあたる脾弯曲部付近に好発する。この部位は側副血行が乏しく、虚血に陥りやすい。 鑑別としては、憩室出血(通常は腹痛を伴わない無痛性の出血)、大腸癌(慢性の経過で急な腹痛は少ない)、抗菌薬起因性の出血性腸炎(薬剤服用歴が必要)、感染性腸炎(発熱・下痢が主体)、潰瘍性大腸炎(直腸から連続する病変、慢性の粘血便)、Crohn病(若年者に多い)などが挙がる。本例は急性発症・左下腹部痛・下血・高齢・内視鏡での下行結腸の縦走発赤という組み合わせから、虚血性大腸炎と診断できる。
設問の考え方
虚血性大腸炎の大部分は一過性型で、腸管安静(絶食)と輸液による保存的治療で数日〜2週間ほどで自然に改善する。筋性防御などの腹膜刺激症状がなく、全身状態も保たれている本例では、腸管壊死(壊疽型)を疑う所見はないため、保存的に経過をみるのが適切である。
選択肢考察
- ○a. 経過観察
虚血性大腸炎の大半を占める一過性型は、血流が回復すれば粘膜が自然に修復されるため、特異的な治療を必要としない。絶食による腸管安静と輸液を行いながら経過を観察するのが基本方針である。本例は腹膜刺激症状がなく、全身状態も安定しているため壊疽型を疑う根拠はなく、保存的に経過をみるのが妥当である。なお、出血量が多い場合の輸血や、感染合併が疑われる場合の抗菌薬投与を加えることはある。
- ×b. 副腎皮質ステロイド投与
副腎皮質ステロイドは潰瘍性大腸炎やCrohn病などの炎症性腸疾患(IBD:inflammatory bowel disease)の活動期に、免疫反応による炎症を抑える目的で用いる。虚血性大腸炎は血流障害が原因であり、免疫学的な炎症を抑えても改善は期待できない。さらにステロイドは粘膜の修復を遅らせたり、感染や穿孔のリスクを高めたりするおそれがあるため用いない。
- ×c. 免疫抑制薬投与
アザチオプリンなどの免疫抑制薬は、ステロイド依存性・抵抗性の潰瘍性大腸炎やCrohn病で寛解の導入や維持に用いる薬剤である。虚血性大腸炎は自己免疫的な病態ではないため適応がない。
- ×d. 抗癌化学療法
抗癌化学療法は大腸癌などの悪性腫瘍に対する治療である。本例は急性の発症で、内視鏡像にも腫瘤や不整な潰瘍などの腫瘍性病変を示す所見はなく、適応はない。
- ×e. 腹腔鏡手術
虚血性大腸炎で手術が必要になるのは、腸管が全層性に壊死する壊疽型(腹膜刺激症状や全身状態の悪化を伴い、緊急開腹で壊死腸管を切除する)や、治癒過程で高度な狭窄を残して通過障害をきたす狭窄型の一部に限られる。筋性防御がなく全身状態が保たれた本例は手術の適応ではない。また、腸管の広範な壊死が問題となる急性腸間膜動脈閉塞症では、腸管の生存性を直接評価して切除するため緊急開腹術が行われるのが一般的である。
虚血性大腸炎の概要
・主幹動脈の明らかな閉塞を伴わずに、大腸の血流が一時的に低下して粘膜〜粘膜下層に虚血性病変を生じる疾患である。 ・高齢者に多いが、便秘傾向のある若年女性にもみられる。動脈硬化の危険因子(高血圧、糖尿病、脂質異常症)や便秘・浣腸・腸管内圧上昇が誘因となる。 ・好発部位:左側結腸(下行結腸〜S状結腸)、特に脾弯曲部。直腸は上・中・下直腸動脈による豊富な血流を受けるため侵されにくい。
臨床像
・突然の腹痛(多くは左下腹部)に続いて、下痢や鮮血便・下血が出現する。
検査所見
・内視鏡:急性期には粘膜の発赤・浮腫・出血、縦走する潰瘍やびらんがみられる。区域性に病変があり、正常粘膜との境界が比較的はっきりしている。 ・注腸造影:浮腫による母指圧痕像(thumb printing)がみられる。 ・腹部CT:病変部の腸管壁が肥厚する。
病型と治療
・一過性型:最も多い。保存的治療(絶食・輸液による腸管安静)で改善し、予後は良好である。 ・狭窄型:治癒の過程で線維化による狭窄を残す。通過障害が高度であれば手術を検討する。 ・壊疽型:腸管が全層性に壊死する。腹膜炎・ショックを呈し、緊急手術(壊死腸管の切除)が必要で、予後不良である。
鑑別疾患との比較
・急性腸間膜動脈閉塞症:塞栓(心房細動など)や血栓で上腸間膜動脈が閉塞する。腹部所見に乏しいわりに激しい腹痛が特徴で、緊急の血行再建や開腹術を要する。 ・憩室出血:高齢者の下血の原因として多いが、通常は腹痛を伴わない。 ・潰瘍性大腸炎:直腸から口側へ連続する、びまん性の病変を示す。慢性の経過をたどる。
POINT
・高齢者の「突然の腹痛 → 下血」は虚血性大腸炎をまず考える。 ・好発部位は左側結腸、特に脾弯曲部で、内視鏡では縦走する発赤・潰瘍がみられる。 ・大部分は一過性型であり、腸管安静・輸液による保存的治療(経過観察)で改善する。 ・腹膜刺激症状があれば壊疽型を疑い緊急手術、高度の狭窄が残れば手術を考慮する。 ・ステロイド・免疫抑制薬は炎症性腸疾患に対する治療であり、虚血性大腸炎には用いない。
