交通事故後の「硬く痛むお腹」―胎児徐脈が告げる常位胎盤早期剝離
第103回医師国家試験 I問題 第78問
国試問題にチャレンジ
28歳の2回経産婦。妊娠35週。交通事故による腹部打撲のため搬入された。意識は清明。体温37.2℃。脈拍92/分,整。血圧120/80mmHg。胎児心拍数90bpm。痛みを伴う持続的な子宮収縮と性器出血とを認める。 最も考えられるのはどれか。
- a.早産
- b.子宮破裂
- c.前置胎盤
- d.絨毛膜羊膜炎
- e.常位胎盤早期剝離
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠後期の腹部外傷後に、痛みを伴う持続的な子宮収縮(板状硬)、性器出血、高度の胎児徐脈がそろえば常位胎盤早期剝離を最も考えます。前置胎盤は無痛性出血で子宮が軟らかく、切迫早産は周期的な収縮、子宮破裂は収縮の消失と母体ショック、絨毛膜羊膜炎は発熱と胎児頻脈が特徴で、それぞれ本例とは合いません。早剝は外出血量に比べて母体の状態が悪化しやすく、DICを高率に合併するため凝固系の評価を急ぎ、胎児が生存していて胎児機能不全があれば原則として緊急帝王切開を行います。超音波で所見が乏しくても否定できない点、最重要の危険因子が妊娠高血圧症候群である点も重要です。妊娠後期の出血を「痛みの有無」「子宮の硬さ」「胎児の状態」で整理する力は、母児の命を守る初期対応に直結します。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・28歳、2回経産婦、妊娠35週(妊娠後期、正期産の37週より前)。 ・誘因:交通事故による腹部打撲。腹部への外傷は常位胎盤早期剝離の代表的な誘因である。 ・母体:意識清明、脈拍92/分、血圧120/80mmHg。ショックインデックス(脈拍÷収縮期血圧)は約0.77で、現時点ではショック状態ではない。体温37.2℃は妊婦としてはほぼ正常範囲である。 ・胎児:胎児心拍数90bpm。正常の胎児心拍数基線は110〜160bpmであり、90bpmは明らかな徐脈である。胎児が低酸素状態に陥っている(胎児機能不全)と考えられる。 ・子宮:痛みを伴う持続的な子宮収縮と性器出血。陣痛のように収縮と弛緩を繰り返すのではなく、持続的に硬く収縮して痛む状態は、胎盤後血腫によって子宮筋が刺激され持続的に収縮する常位胎盤早期剝離の特徴(子宮の板状硬)に一致する。
診断へのプロセス
妊娠後期の性器出血をきたす代表的疾患は、常位胎盤早期剝離、前置胎盤、切迫早産(早産の陣痛発来)である。 ・前置胎盤:痛みのない出血(無痛性出血)が特徴で、胎児は出血量が非常に多くならない限り比較的保たれる。 ・切迫早産:規則的・周期的な子宮収縮(収縮と弛緩を繰り返す)と子宮頸管の短縮・開大が中心で、出血は少量の血性帯下程度であることが多い。 ・常位胎盤早期剝離:正常位置(子宮体部)に付着した胎盤が胎児娩出前に剝がれる病態で、突然の腹痛、持続的な子宮収縮(板状硬)、外出血、急速に進行する胎児機能不全を示す。外出血の量は子宮内にたまった血液量より少ないことが多く、見かけの出血量に比べて母体の状態が悪化しやすい。 本例は、外傷という誘因、持続的で痛みを伴う子宮収縮、性器出血、高度の胎児徐脈がそろっており、常位胎盤早期剝離が最も考えられる。
今後の対応
超音波検査で胎盤後血腫や胎盤の肥厚像を確認するが、超音波で所見が明らかでないことも多く、臨床症状と胎児心拍数モニタリングを重視して判断する。播種性血管内凝固(DIC)を高率に合併するため、血小板数・フィブリノゲン・FDP/Dダイマーなど凝固系の評価を急ぐ。胎児が生存していて胎児機能不全がある場合は、原則として緊急帝王切開で速やかに児を娩出させる。
選択肢考察
- ×a. 早産
早産とは妊娠22週0日から36週6日までの分娩(児の娩出)を指す。本例はまだ分娩に至っておらず、「早産」という状態ではない。また早産に向かう切迫早産であれば、子宮収縮は周期的に強弱を繰り返す陣痛様のものとなり、本例のような痛みを伴う持続的な収縮や、外傷直後からの高度の胎児徐脈は典型的ではない。
- ×b. 子宮破裂
子宮破裂は、帝王切開や子宮筋腫核出術の既往がある子宮、強い陣痛、高度の外傷などで起こる。破裂すると激しい腹痛とともに、それまでの子宮収縮がかえって消失し、腹腔内への大量出血により母体は急速に出血性ショックに陥る。腹壁越しに胎児の部分を直接触れることもある。性器出血は目立たないことが多い。本例は持続的な子宮収縮があり、母体のバイタルサインも安定しているため、子宮破裂は考えにくい。
- ×c. 前置胎盤
前置胎盤は胎盤が内子宮口を覆う、またはその近くに付着する状態で、妊娠後期に痛みを伴わない性器出血(警告出血)をきたすのが特徴である。出血を繰り返しながら次第に量が増えることがあるが、痛みを伴う持続的な子宮収縮は典型的ではなく、胎児徐脈も大量出血で母体循環が悪化しない限り起こりにくい。外傷を契機とし、持続的で痛みを伴う子宮収縮と高度の胎児徐脈を示す本例には合わない。
- ×d. 絨毛膜羊膜炎
絨毛膜羊膜炎は、主に腟から上行した細菌が卵膜(絨毛膜・羊膜)に感染して起こる炎症で、前期破水や切迫早産の原因・背景となる。母体の発熱(38℃以上)、母体頻脈、子宮の圧痛、悪臭のある帯下、白血球増加、胎児頻脈などが特徴である。外傷直後に発症する病態ではなく、本例の胎児徐脈や性器出血を説明できない。
- ○e. 常位胎盤早期剝離
腹部打撲は常位胎盤早期剝離の代表的な誘因である。胎盤が子宮壁から剝がれて胎盤後血腫ができると、子宮筋が刺激されて痛みを伴う持続的な収縮(板状硬)が起こり、血液の一部が腟から流出して性器出血となる。胎盤の剝離によって胎児へのガス交換が障害されるため、急速に胎児機能不全が進行し、本例のような高度の胎児徐脈(90bpm)を示す。所見がすべて本症に一致し、最も考えられる。
常位胎盤早期剝離の概要
・定義:正常な位置(子宮体部)に付着した胎盤が、妊娠中または分娩経過中の胎児娩出前に子宮壁から剝離するもの。 ・母児への影響:胎児機能不全・胎児死亡の頻度が高い。母体は出血性ショック、DIC(胎盤から放出される組織因子による凝固亢進と消費性凝固障害)、急性腎障害を起こし得る。子宮筋内に血液が浸潤して子宮が暗紫色になる状態は子宮胎盤卒中(Couvelaire子宮)と呼ばれ、弛緩出血の原因となる。
危険因子
・妊娠高血圧症候群(最も重要)、慢性高血圧 ・常位胎盤早期剝離の既往(再発リスクが高い) ・腹部外傷(交通事故、転倒、暴力) ・子宮内圧の急激な減少(羊水過多での破水、多胎での先行児娩出後) ・喫煙、コカインなどの薬物使用 ・前期破水、絨毛膜羊膜炎、高年妊娠、多産 ・子宮筋腫などの子宮の異常
症状・所見
・突然の下腹部痛、子宮の持続的収縮・圧痛(板状硬) ・性器出血(外出血は少量のことも多く、内出血量と一致しない) ・胎児心拍数モニタリングで遅発一過性徐脈、基線細変動の減少・消失、遷延一過性徐脈、高度徐脈 ・超音波検査で胎盤後血腫、胎盤の肥厚(ただし所見が乏しくても本症を否定できない) ・凝固検査で血小板減少、フィブリノゲン低下、FDP・Dダイマー上昇
治療
・胎児が生存している場合:原則として緊急帝王切開(子宮口全開大で経腟分娩が速やかに可能な場合は急速遂娩)。 ・胎児死亡の場合:母体の状態と凝固能を評価し、経腟分娩か帝王切開かを選ぶ。 ・DIC対策:新鮮凍結血漿、赤血球製剤、血小板製剤、フィブリノゲン補充など。
妊娠後期の出血の鑑別の要点
・常位胎盤早期剝離:有痛性、持続的子宮収縮(板状硬)、胎児機能不全が急速に進行、DICを合併しやすい。 ・前置胎盤:無痛性の出血(警告出血)、子宮は軟らかい。内診は大出血を誘発するため禁忌で、経腟超音波で診断する。 ・切迫早産:周期的な子宮収縮、頸管短縮・子宮口開大、出血は少量のことが多い。 ・子宮破裂:激痛後に陣痛が消失、母体ショック、胎児部分を腹壁から触知。
POINT
・妊婦の腹部外傷後に「痛みを伴う持続的な子宮収縮(板状硬)+性器出血+胎児徐脈」をみたら、常位胎盤早期剝離を考える。 ・前置胎盤は無痛性出血、常位胎盤早期剝離は有痛性で子宮が硬い、という対比が鑑別の基本である。 ・常位胎盤早期剝離の最重要危険因子は妊娠高血圧症候群。外傷、既往、子宮内圧の急激な減少、喫煙も重要。 ・DICを高率に合併し、胎児生存例では緊急帝王切開を行う。 ・胎児心拍数の正常基線は110〜160bpm。
