足の痒みに墨汁は要らない―KOH直接鏡検の手順を一つずつ確かめる
第103回医師国家試験 I問題 第50問
国試問題にチャレンジ
53歳の男性。足趾の瘙痒感を主訴に来院した。両側趾間部に鱗屑を伴う紅斑とびらんとを認める。 診断のための手技で誤っているのはどれか。
- a.採取した鱗屑をスライドガラスに載せる。
- b.20%KOH溶液を滴下する。
- c.墨汁を滴下する。
- d.カバーガラスをかぶせる。
- e.ホットプレートで数分加温する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
趾間の鱗屑・紅斑・びらんと痒みは足白癬(趾間型)を強く疑わせますが、湿疹などとの鑑別は外観だけでは難しく、KOH直接鏡検で菌を証明してから治療するのが原則です。手順は、病変辺縁などから鱗屑を採取してスライドガラスに載せ、カバーガラスをかぶせて20%前後のKOH溶液を浸透させ、沸騰させない程度に軽く加温してから鏡検するという流れです。KOHは角質を溶かして透明にし、溶けにくい真菌の菌糸や胞子を浮かび上がらせます。墨汁法はクリプトコックスの莢膜を観察するための陰性染色であり、白癬の検査には用いません。検査の原理と試薬の使い分けを理解しておくことは、皮膚真菌症を正しく診断し、不適切なステロイド使用を避けるための基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・53歳男性。足の指の痒みが主訴である。 ・両側の趾間部(足の指の間)に、鱗屑(皮膚表面から剥がれかけた角質)を伴う紅斑とびらんがある。
診断の考え方
趾間部の浸軟・鱗屑・紅斑・びらんに痒みを伴う病変は、足白癬のうち趾間型の典型像である。足白癬は皮膚糸状菌(主にTrichophyton rubrum、T. interdigitale〈旧称T. mentagrophytes〉)が角層に感染する疾患である。鑑別には、汗疱状湿疹・接触皮膚炎・皮膚カンジダ症・紅色陰癬などがある。見た目だけで湿疹と区別することは難しく、湿疹と思ってステロイド外用薬を使うと白癬が悪化する。そのため、菌を直接証明してから診断するのが原則である。
設問の考え方
皮膚科外来で最も基本的な真菌の検査が、KOH(水酸化カリウム)直接鏡検法である。KOHで角質を溶かして透明にし、角層内に残る真菌の菌糸や胞子を顕微鏡で見つける。手順は次のとおりである。 ①病変の辺縁や小水疱の蓋など、菌が多い部位の鱗屑をピンセットやメスで採取し、スライドガラスに載せる。 ②カバーガラスをかぶせる。 ③カバーガラスの縁からKOH溶液(20%前後)を滴下し、毛細管現象で検体にしみ込ませる。 ④アルコールランプやホットプレートで軽く加温して角質の溶解を早める(沸騰させない)。 ⑤カバーガラスを軽く押して検体を薄く広げ、コンデンサーを絞って光学顕微鏡で観察する。 この流れに墨汁は含まれない。墨汁は別の病原体を観察するための染色(陰性染色)に用いる試薬であり、これが誤りの手技である。
選択肢考察
- ×a. 採取した鱗屑をスライドガラスに載せる。
KOH直接鏡検の最初の手順として正しい。検体は病変の活動性が高い辺縁部の鱗屑、小水疱の水疱蓋、浸軟した角質などから採取すると菌を見つけやすい。検体をスライドガラスに少量載せて標本をつくる。
- ×b. 20%KOH溶液を滴下する。
正しい手技である。KOHは強アルカリで、ケラチンでできた角質細胞を溶かして透明にする。一方、真菌の細胞壁(キチンなど)はKOHに比較的溶けにくいため、背景が透明になると菌糸や胞子が浮かび上がって見える。濃度は施設により10~30%程度のものが使われ、20%前後が一般的である。角質の溶解を助けるためにジメチルスルホキシド(DMSO)を加えた製剤もある。
- ○c. 墨汁を滴下する。
KOH直接鏡検では墨汁を使わないので、これが誤った手技である。墨汁法は、背景を黒く染めて染色されない構造を白く浮かび上がらせる陰性染色法である。代表的な用途は、髄液中のクリプトコックス(Cryptococcus neoformans)の厚い莢膜を観察することである。歴史的には梅毒トレポネーマの観察にも用いられた(Burri法)が、現在では暗視野顕微鏡などが中心である。白癬の診断に墨汁を加えても角質は溶けず、観察の役に立たない。
- ×d. カバーガラスをかぶせる。
正しい手技である。鱗屑を載せたスライドガラスにカバーガラスをかぶせ、その縁からKOH溶液を流し込むのが一般的な方法である。カバーガラスで検体を平らにすると、顕微鏡で焦点を合わせやすくなる。KOHを先に滴下してからカバーガラスをかぶせる方法もあり、どちらも標準的な操作に含まれる。
- ×e. ホットプレートで数分加温する。
正しい手技である。加温すると角質の溶解が速くなり、短時間で観察できる標本になる。アルコールランプで軽くあぶる方法も用いられる。ただし沸騰させると気泡やKOHの結晶が生じ、観察の妨げになるので注意する。厚い爪などの検体では、室温でしばらく置いて十分に溶かすこともある。
KOH直接鏡検で見えるもの
・白癬(皮膚糸状菌):隔壁のある分岐した菌糸や、菌糸が連なった分節胞子。 ・カンジダ症:仮性菌糸と、集まった酵母形の胞子。 ・癜風(Malassezia):短い太めの菌糸と、球形の胞子が混在する像(いわゆるspaghetti and meatballs)。KOHにパーカーインク(青インク)を加えて菌要素を染め、見やすくする方法もある。
足白癬の病型
・趾間型:趾間の浸軟・鱗屑・紅斑・びらん・亀裂。最も多い。 ・小水疱型:足底や足縁の小水疱。痒みが強い。 ・角質増殖型:足底全体が厚くなり、落屑を伴う。痒みは乏しく、爪白癬の合併が多い。
治療
・趾間型・小水疱型は抗真菌薬の外用が基本である(イミダゾール系、アリルアミン系〈テルビナフィン〉など)。症状が消えてからも角層が入れ替わるまで、少なくとも1か月程度は外用を続ける。 ・角質増殖型や爪白癬では、内服治療(テルビナフィン、イトラコナゾール、ホスラブコナゾールなど)を考える。 ・びらんや二次感染が強い場合は、刺激の少ない基剤を選ぶなどの配慮が必要である。
墨汁法(陰性染色)の主な用途
・クリプトコックス(髄液など)の莢膜の観察。 ・歴史的には梅毒トレポネーマの観察にも用いられた。
POINT
・趾間の鱗屑・紅斑・びらんと痒み → 足白癬(趾間型)を疑い、KOH直接鏡検で菌を証明してから治療する。 ・KOH法の手順:鱗屑採取 → スライドガラス → カバーガラス → KOH滴下 → 軽く加温 → 鏡検。 ・KOHは角質を溶かして透明にし、菌糸・胞子を見えやすくする。 ・墨汁法はクリプトコックスの莢膜を観察するための陰性染色であり、真菌の直接鏡検(KOH法)では使わない。
