そのストレスがなければ病気は生まれない―ライフイベントと精神疾患の「距離」を測る
第103回医師国家試験 H問題 第16問
国試問題にチャレンジ
発症要因として生活上の出来事の関与が最も大きいのはどれか。
- a.双極性障害
- b.統合失調症
- c.パニック障害
- d.ストレス関連障害
- e.アルコール依存症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
精神疾患の原因は伝統的に外因・内因・心因に分けられ、現在は生物学的な脆弱性にストレスが加わって発症するという脆弱性-ストレスモデルで理解されています。ストレスは多くの疾患で誘因になりえますが、統合失調症や双極性障害は素因の比重が大きい内因性疾患であり、パニック障害は発作がきっかけなく起こるのが特徴、アルコール依存症は反復飲酒による依存形成が本質です。これに対し、急性ストレス反応、PTSD、適応障害を含むストレス関連障害は、明確なストレス因の存在が診断の前提であり、生活上の出来事の関与が最も大きい疾患群です。急性ストレス障害とPTSDを分ける1か月、適応障害の3か月・6か月といった時間軸も併せて押さえておきましょう。患者が語る「きっかけ」が誘因なのか主因なのかを見極める視点は、適切な診断と治療方針の選択に欠かせません。
解答・解説
正解はdです
本問は、精神疾患の成り立ちに「生活上の出来事(ライフイベント)」、つまり死別、災害、事故、犯罪被害、失業、転居、人間関係のトラブルなどの心理社会的ストレスがどの程度かかわるかを問うている。 精神疾患の原因は、伝統的に次の3つに大別されてきた。 ・外因:脳そのものの病変や身体疾患、薬物・アルコールなど、身体的な原因(器質性・症状性・中毒性精神障害) ・内因:遺伝的素因を背景とし、明らかな外的原因なしに発症すると考えられるもの(統合失調症、双極性障害など) ・心因:心理的なストレスや環境が主な原因となるもの(ストレス関連障害など) 現在では、多くの精神疾患は「脆弱性-ストレスモデル」、すなわちもともとの生物学的なもろさ(遺伝的素因など)にストレスが加わって発症すると理解されている。このモデルで、ストレスが発症のきっかけ(誘因)として働くことはどの疾患にもありうる。しかし、統合失調症や双極性障害などでは素因の比重が大きく、生活上の出来事は引き金にとどまる。 これに対してストレス関連障害(急性ストレス反応、心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉、適応障害など)は、明らかなストレス因の存在が診断の前提条件そのものになっている疾患群である。ストレス因がなければこの診断は成り立たない。したがって、発症要因として生活上の出来事の関与が最も大きいのはストレス関連障害である。
選択肢考察
- ×a. 双極性障害
双極性障害は躁病エピソード(または軽躁病エピソード)とうつ病エピソードを繰り返す疾患で、伝統的に内因性精神病に分類される。双生児研究では遺伝の関与が非常に大きいことが示されており、遺伝的・生物学的要因が発症の中心である。生活上の出来事や睡眠リズムの乱れが病相の引き金になることはあるが、それは誘因にとどまり、発症要因の中心ではない。
- ×b. 統合失調症
統合失調症は内因性精神病の代表的疾患であり、遺伝的素因や神経発達の異常、ドパミン系をはじめとする神経伝達の異常など生物学的要因の関与が大きい。進学・就職・失恋などの生活上の出来事が発症や再発のきっかけとなることはあるが(脆弱性-ストレスモデル)、それだけで発症するわけではなく、生活上の出来事の関与が最も大きい疾患とはいえない。
- ×c. パニック障害
パニック障害は、突然の動悸、息苦しさ、発汗、めまい、死の恐怖などを伴うパニック発作が予期せず繰り返し起こり、また発作が起こるのではないかという予期不安や、逃げ場のない場所を避ける広場恐怖を伴う不安症である。脳内の恐怖回路(扁桃体など)の過敏性や遺伝的素因など生物学的要因の関与が考えられており、発作はとくにきっかけなく起こることが特徴である。生活上のストレスが発症前に先行することはあるが、診断に特定の出来事は必要とされず、ストレス関連障害ほど関与は大きくない。
- ○d. ストレス関連障害
ストレス関連障害は、生活上の出来事による心理的ストレスが直接の原因となって発症する疾患群である。生命の危険を感じるような出来事の直後に起こる急性ストレス反応、そのような外傷的体験の後に再体験(フラッシュバック)・回避・過覚醒などが持続する心的外傷後ストレス障害(PTSD)、転職や離婚などの生活の変化に適応できずに抑うつや不安が生じる適応障害などが含まれる。いずれも明確なストレス因の存在が診断の必須条件であり、生活上の出来事の関与が最も大きい。
- ×e. アルコール依存症
アルコール依存症は、長期にわたる多量飲酒によって精神依存・身体依存が形成される物質関連障害である。発症には遺伝的素因(アルコール代謝酵素の遺伝子型など)、飲酒習慣、飲酒しやすい環境などが関与する。生活上のストレスが飲酒量の増加や再飲酒のきっかけになることはあるが、発症の本質は反復的な飲酒によるアルコールへの依存の形成であり、生活上の出来事が主な発症要因とはいえない。
ストレス関連障害の主なもの
・急性ストレス反応:強いストレス(災害、事故、暴力など)の直後から出現し、通常は数時間〜数日で軽快する。茫然とした状態、解離症状、不安、自律神経症状などがみられる。DSM-5では、外傷的出来事の後3日〜1か月の期間に症状が続くものを急性ストレス障害とよぶ。 ・心的外傷後ストレス障害(PTSD):実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受けるといった外傷的出来事を体験・目撃した後に、侵入症状(フラッシュバック、悪夢)、回避、認知と気分の陰性の変化、過覚醒(不眠、驚愕反応、集中困難)が生じる。DSM-5では症状が1か月を超えて持続することが診断の条件である。 ・適応障害:はっきりと確認できるストレス因(就職、転勤、離婚、病気など)に対して、その後比較的早期(DSM-5ではストレス因の発生から3か月以内)に抑うつ気分や不安、行動上の問題が出現する。ストレス因が去れば通常は6か月以内に軽快する。
精神疾患の原因の考え方
伝統的な外因・内因・心因の分類は、各疾患の成り立ちを大づかみに理解するのに役立つ。現在は、生物学的な脆弱性と心理社会的ストレスの相互作用で発症を説明する脆弱性-ストレスモデルが広く受け入れられている。ストレスは多くの疾患で「誘因」になりうるが、それを「主な発症要因」とするのはストレス関連障害である。
臨床上の注意
患者や家族は、発症前にあった出来事を病気の原因と考えることが多い。しかし、統合失調症や双極性障害などでは、語られた出来事は誘因にすぎないことが多く、背景にある生物学的要因を踏まえて評価する必要がある。
POINT
・ストレス関連障害(急性ストレス反応、PTSD、適応障害)は、明確なストレス因の存在が診断の前提である。 ・統合失調症・双極性障害は内因性で、生活上の出来事は誘因にとどまる。 ・パニック障害の発作はきっかけなく起こるのが特徴で、生物学的要因の関与が大きい。 ・アルコール依存症は反復飲酒による依存の形成が本質である。 ・多くの精神疾患は脆弱性-ストレスモデルで理解される。
