「いつの間にか」聞こえにくい―オージオグラムで読み解く老人性難聴
第103回医師国家試験 E問題 第54問
国試問題にチャレンジ
63歳の男性。難聴と耳鳴りとを主訴に来院した。オージオグラムを別に示す。 考えられるのはどれか。

- a.耳硬化症
- b.Ménière病
- c.老人性難聴
- d.突発性難聴
- e.ムンプス難聴
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
オージオグラムは、まずA-B gapの有無で伝音難聴か感音難聴かを判断し、次に左右差、最後に周波数ごとの障害パターンを読むのが基本です。左右対称・両側性の高音障害型感音難聴が緩徐に進行していれば、老人性難聴(加齢性難聴)が典型であり、耳鳴りや語音明瞭度の低下を伴いやすい点も特徴です。耳硬化症はA-B gapのある伝音難聴とCarhart notch、Ménière病はめまい発作を伴う一側性の低音障害型、突発性難聴とムンプス難聴は一側性で急性に発症する点で鑑別できます。4,000Hz付近の落ち込みは騒音性難聴を示唆するため、騒音曝露歴の聴取も欠かせません。難聴は認知症の修正可能な危険因子としても注目されており、正確な聴力評価と早期の補聴は高齢者診療で重要な役割を担います。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・63歳の男性で、難聴と耳鳴りを訴えている。 ・患側の記載も、「突然」「〇日前から」といった発症時期の記載もない。めまいやウイルス感染の先行といった随伴情報も示されていない。いつの間にか進行した両側性の難聴として読むのが自然である。
オージオグラムの読み方
縦軸は聴力レベル(dB)で、下へいくほど聞こえが悪い。横軸は周波数(Hz)で、右へいくほど高い音である。記号は、○が右耳の気導、×が左耳の気導、[と]が骨導(どちらが左右かは記号の向きで区別する)を表す。 本例の気導閾値は、左右ともほぼ同じ値である。 ・125〜250Hz:約10dBで正常 ・500Hz:約15〜20dB ・1,000Hz:約25dB ・2,000Hz:約30〜35dB ・4,000Hz:約50〜55dBで最も悪い ・8,000Hz:約40〜45dB 骨導閾値は各周波数で気導閾値とほぼ重なっており、気導と骨導の差(気導骨導差、A-B gap)はない。 つまり、以下の3点が読み取れる。 (1) 障害は内耳から後迷路にあり、感音難聴である(A-B gapがない)。 (2) 左右対称の両側性である。 (3) 低音はよく聞こえ、高音へいくほど悪くなる高音障害型である。
診断へのプロセス
60歳代で、左右対称・両側性の高音障害型感音難聴があり、急性発症を示す病歴がない。これは加齢に伴う難聴、すなわち老人性難聴(加齢性難聴)の典型像である。耳鳴りもしばしば伴う。 なお、本例では4,000Hzが最も悪く8,000Hzでやや回復しており、騒音性難聴でみられる4,000Hz付近の落ち込み(c5-dip)に似た形も含んでいる。そのため騒音曝露歴がないかは確認しておきたい。しかし騒音性難聴は選択肢になく、年齢、両側対称性、緩徐な経過から、選択肢の中では老人性難聴が最も考えられる。
選択肢考察
- ×a. 耳硬化症
耳硬化症は、アブミ骨底板の周囲に骨の異常な増殖が起こり、アブミ骨が固着して音が内耳に伝わりにくくなる疾患である。20〜40歳代の女性や白人に多く、妊娠で悪化することがある。オージオグラムでは気導閾値だけが低下し、A-B gapのある伝音難聴を示す。低音域が悪くなりやすく、骨導閾値が2,000Hz付近で落ち込むCarhart notch(カーハート切痕)が特徴的である。進行すると内耳も障害され、混合難聴になることもある。本例はA-B gapのない感音難聴であり、合わない。
- ×b. Ménière病
Ménière病は、内リンパ水腫を背景とし、回転性めまい発作に難聴・耳鳴り・耳閉感を伴い、これを繰り返す疾患である。多くは一側性で、初期には低音障害型の感音難聴を示す。発作のたびに聴力が変動し、進行すると全周波数に広がって平坦型になっていく。本例はめまいの記載がなく、両側対称の高音障害型感音難聴であり、典型像とは異なる。
- ○c. 老人性難聴
老人性難聴(加齢性難聴)は、加齢に伴って蝸牛の有毛細胞(とくに高音を受け持つ基底回転の外有毛細胞)、血管条、ラセン神経節細胞などが障害されて起こる感音難聴である。左右対称の両側性で、高音域から徐々に閾値が上がる高音漸傾型を示すのが典型である。進行は緩やかで、本人が発症時期を特定できないことが多く、耳鳴りをよく伴う。語音明瞭度の低下が純音聴力の程度に比べて目立ちやすく、「聞こえるが言葉が聞き取れない」と訴えることも多い。63歳という年齢、左右差のない両側性の高音障害型感音難聴、急性発症を示す病歴のないことから、本例に最もよく合う。
- ×d. 突発性難聴
突発性難聴は、原因不明の感音難聴が突然発症するもので、ほとんどが一側性である。患者は発症した日時や状況(朝起きたら聞こえなかった、電話中に急に聞こえなくなった、など)をはっきり述べられることが多い。耳鳴りや耳閉感を伴い、めまいを伴うこともある。本例は発症時期がはっきりせず、左右対称の両側性の難聴であり、突発性難聴とは考えにくい。
- ×e. ムンプス難聴
ムンプス難聴は、ムンプスウイルス(流行性耳下腺炎)の感染に伴って起こる感音難聴である。多くは一側性で、高度から重度(聾に近い)の難聴となり、回復は極めて難しい。耳下腺腫脹が先行するのが一般的だが、不顕性感染でも起こりうる。本例では先行感染の情報がなく、両側対称の軽度から中等度の高音障害型難聴であり、合致しない。
難聴の分類
・伝音難聴:外耳・中耳の障害。気導閾値だけが低下し、骨導は正常で、A-B gapがある。例として耳垢栓塞、滲出性中耳炎、慢性中耳炎、耳硬化症、耳小骨奇形がある。 ・感音難聴:内耳(迷路性)または蝸牛神経・中枢(後迷路性)の障害。気導と骨導がともに低下し、A-B gapはない。 ・混合難聴:伝音と感音の両方の要素がある。
感音難聴の聴力像による整理
・高音漸傾型、両側対称:老人性難聴。 ・4,000Hz付近の限局した落ち込み(c5-dip)、両側:騒音性難聴(初期)。騒音性難聴は進行すると周囲の周波数にも広がる。 ・低音障害型、一側性、めまい発作を伴い変動する:Ménière病。めまいを伴わないものは急性低音障害型感音難聴という。 ・突然発症、一側性(型はさまざま):突発性難聴。 ・高度から重度、一側性、ムンプスの感染に伴う:ムンプス難聴。 ・一側性、ゆっくり進行し、語音明瞭度の低下が強い:聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)。後迷路性難聴の代表である。
老人性難聴の臨床
根本的な治療はなく、補聴器の装用が中心となる。高度の場合は人工内耳の適応となることもある。語音明瞭度が悪い例では、補聴器の効果が限られることがある。近年、難聴は認知症の修正可能な危険因子の一つとして注目されている。早期の聴覚補償とコミュニケーション支援が重要である。
POINT
・オージオグラムは、まずA-B gapの有無(伝音か感音か)、次に左右差、最後に周波数による障害の型をみる。 ・老人性難聴は、左右対称・両側性の高音漸傾型感音難聴で、緩やかに進行する。 ・騒音性難聴は4,000Hzのdip(c5-dip)、Ménière病は一側性の低音障害型でめまいを伴う。 ・突発性難聴は一側性で急性に発症し、発症日時を特定できる。ムンプス難聴は一側性で高度な難聴になる。 ・耳硬化症は伝音難聴で、骨導の2,000Hzに落ち込み(Carhart notch)がみられる。
