StudyMed医師国家試験

嘔吐のあとに来た痛みと濁った左胸水―「順番」が見抜く特発性食道破裂

第103回医師国家試験 D問題 第56問

国試問題にチャレンジ

第103回 D問題 第56問

50歳の男性。心窩部痛のため搬入された。多量の飲酒後に激しく嘔吐し痛みが出現した。胸部エックス線写真で中等量の左胸水貯留を認めた。ドレナージにて混濁した胸水を認める。  最も考えられるのはどれか。

  1. a.急性心筋梗塞
  2. b.Mallory-Weiss症候群
  3. c.Boerhaave症候群
  4. d.十二指腸潰瘍穿孔
  5. e.急性膵炎

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、飲酒後の心窩部痛から、命に関わる上部消化管の損傷を見抜く問題だ。注目してほしいのは2点。「嘔吐と痛みのどちらが先か」という発症の順番と、「胸水がどちら側に、どんな性状でたまったか」だよ。心窩部痛を見たら、まず何を鑑別に挙げるかな。
医学生医学生
胃・十二指腸潰瘍、膵炎、胆石……あと、循環器内科の実習で「心窩部痛でも心電図は必ずとれ」と言われました。
ドクタードクター
素晴らしい。下壁梗塞は心窩部痛や嘔気で来ることがあるから、心筋梗塞は常に頭に置いておくべきだ。ただ今回は、激しく嘔吐した「あとで」痛みが出ている。つまり嘔吐が痛みの原因になっている可能性が高いんだ。
医学生医学生
嘔吐が原因で起こる病気というと、Mallory-Weiss症候群ですか。飲酒後の嘔吐で有名ですよね。
ドクタードクター
いいところに目をつけたね。嘔吐のときは腹圧が急に上がるのに、上部食道括約筋がうまく緩まないと、食道内圧が一気に上昇して壁が裂ける。粘膜だけが裂けるのがMallory-Weiss症候群、壁の全層が裂けるのがBoerhaave症候群、つまり特発性食道破裂だ。では、この2つを分けるのはどこだろう。
医学生医学生
Mallory-Weissは吐血が主症状だったと思います。今回は吐血の記載がなくて、胸水があります。
ドクタードクター
その通り。Mallory-Weiss症候群は胃食道接合部付近の粘膜の縦走裂創で、繰り返す嘔吐のあとの新鮮血の吐血が典型だ。多くは自然に止血して予後は良い。壁が破れていないから、内容物が胸腔へ漏れることはない。胸水、それも混濁した胸水は説明できないんだ。
医学生医学生
全層が裂けると、食道の中身が縦隔に漏れるということですね。
ドクタードクター
そう。胃液、食物残渣、唾液、細菌を含んだ内容が縦隔に漏れ、さらに胸膜を破って胸腔に流れ込む。破裂は下部食道の左後壁に圧倒的に多いから、左胸腔に液がたまりやすい。細菌や残渣が混じるので胸水は濁り、膿胸に進む。嘔吐後の痛み、左胸水、混濁胸水がそろえば、Boerhaave症候群が最も考えられる。
医学生医学生
なるほど、左側というのにもちゃんと意味があったんですね。でも急性膵炎も飲酒が原因で、左胸水が出ることがあると消化器の講義で習いました。
ドクタードクター
鋭い指摘だね。膵炎でも重症例では左優位の胸水がみられることがある。ただ膵炎は、心窩部から背部に抜ける持続痛が先にあって、嘔吐はそれに伴って起こるもの。順番が逆なんだ。それに細菌や食物残渣を含む濁った胸水の説明としては、食道破裂のほうがずっと自然だ。診断には膵酵素の上昇や画像での膵腫大の確認も必要になる。
医学生医学生
十二指腸潰瘍穿孔はどうでしょう。穿孔という点では似ている気がします。
ドクタードクター
穿孔は同じでも、漏れる場所が違う。十二指腸潰瘍穿孔では腹腔内に漏れるから、突然の激しい心窩部痛から腹部全体に痛みが広がり、筋性防御や板状硬といった腹膜刺激症状が出る。立位胸部エックス線で横隔膜下の遊離ガス像が見えるのが特徴で、胸水はふつう伴わない。
医学生医学生
心筋梗塞で胸水が出るとしたら、心不全による漏出性の透明な胸水ですよね。
ドクタードクター
そう、濁った胸水にはならない。これで残る選択肢がすべて外れるね。臨床では、確認のために胸部CTで縦隔気腫や食道周囲の液体・ガスを見たり、水溶性造影剤で食道造影をして造影剤の漏出を確認したりする。胸水のpHが低く、唾液由来のアミラーゼが高く、食物残渣が混じっていれば、さらに強く疑える。
医学生医学生
造影剤はバリウムではなく水溶性なんですね。縦隔に漏れたら困るから、とCBTの勉強で覚えました。
ドクタードクター
その理解でいい。もう一つ、嘔吐・胸痛・皮下気腫を「Mackler三徴」と呼ぶけれど、全部そろうことは少ないから、そろわないからといって否定しないこと。それから、この病気は時間との勝負だ。
医学生医学生
放っておくと縦隔炎から敗血症になりそうです。
ドクタードクター
まさに。上部消化管穿孔の中でも最も重篤なものの一つで、診断が遅れると縦隔炎・膿胸から敗血症性ショックに至り、死亡率が高い。発症早期、おおむね24時間以内なら、穿孔部の縫合閉鎖と縦隔・胸腔ドレナージが基本だ。時間が経った例ではドレナージ中心の治療やステント留置なども状態に応じて選ばれる。絶食と広域抗菌薬の併用も欠かせない。
医学生医学生
救急外来で「飲んで吐いたあとに胸が痛い」と聞いたら、吐血がなくても食道破裂を疑わないといけないんですね。
ドクタードクター
その通り。むしろ吐血が目立たないことが多いのがBoerhaave症候群の怖いところだ。「吐いてから痛い」という順番を問診で必ず確認しよう。

まとめ

飲酒後の激しい嘔吐に続いて胸痛や心窩部痛が出現し、左胸水、特に混濁した胸水を伴う場合は、食道壁全層が裂けるBoerhaave症候群(特発性食道破裂)を考えます。破裂は下部食道の左後壁に多く、漏れた食道内容によって縦隔炎や左膿胸をきたし、胸水は低pH・高アミラーゼで食物残渣を含むのが特徴です。同じく嘔吐を契機とするMallory-Weiss症候群は粘膜のみの裂創で吐血が主体となり、胸水は生じません。十二指腸潰瘍穿孔は腹腔内の遊離ガス、急性膵炎は痛みが嘔吐に先行する点で区別できます。診断・治療の遅れが致命的になりうる疾患であり、「嘔吐と痛みの順番」を問診で確認する習慣が、救急で見逃しを防ぐ鍵になります。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・50歳男性、多量の飲酒のあと激しく嘔吐し、その直後から心窩部痛が出現した。 ・胸部エックス線写真で中等量の左胸水がある。 ・胸腔ドレナージで得られた胸水は混濁している。

診断へのプロセス

心窩部痛は上部消化管疾患を最初に考える症状だが、胆道・膵疾患、心筋梗塞などの心疾患、胸膜・肺疾患でも起こりうるため、幅広く鑑別する必要がある。 本例で最も重要なのは「激しい嘔吐のあとに痛みが出た」という発症の順序である。嘔吐のときは腹腔内圧と食道内圧が急激に高まるが、上部食道括約筋が十分に緩まないと、食道の内圧が一気に上がって食道・胃食道接合部の壁が裂けることがある。この機序で起こる代表的な疾患が、粘膜だけが裂けるMallory-Weiss症候群と、食道壁の全層が裂けるBoerhaave症候群(特発性食道破裂)である。 両者を分けるのは胸腔内所見である。食道壁全層が破れると、胃液・食物残渣・唾液・細菌を含む食道内容が縦隔へ漏れ、さらに胸膜を破って胸腔へ流れ込む。破裂は下部食道の左後壁に起こることが圧倒的に多いため、左胸腔に液体がたまりやすい。漏れた内容には細菌と食物残渣が含まれるので、胸水は混濁し、膿胸へ進展する。本例の「嘔吐後の痛み+左胸水+混濁した胸水」はこの経過にそのまま当てはまり、Boerhaave症候群と診断できる。粘膜だけの損傷であるMallory-Weiss症候群では、内容物が胸腔へ出ることはない。

確定と対応

実際には胸部CT(縦隔気腫、食道周囲の液体貯留、胸水)や水溶性造影剤による食道造影(造影剤の食道外への漏出)で破裂部位を確かめる。胸水のpHが低く(酸性)、アミラーゼ(唾液由来)が高値で、食物残渣が混じっていれば、さらに強く疑える。治療が遅れると縦隔炎・膿胸から敗血症性ショックに至り死亡率が高いため、早期の診断と外科的治療が重要である。

選択肢考察

  1. ×a.  急性心筋梗塞

    急性心筋梗塞は下壁梗塞などで心窩部痛や嘔気・嘔吐を示すことがあり、心窩部痛では常に鑑別に入れるべき疾患である。しかし本例は「激しい嘔吐のあとで痛みが始まった」という経過で、嘔吐が痛みの原因になっている。また心筋梗塞に伴う左心不全で胸水がみられることはあっても、それは漏出性で透明な液体であり、混濁した胸水の説明にはならない。診断には心電図変化や心筋トロポニンなどの心筋逸脱酵素の上昇の確認が必要だが、本例の所見からは考えにくい。

  2. ×b.  Mallory-Weiss症候群

    Mallory-Weiss症候群も飲酒後の激しい嘔吐をきっかけに発症する点は同じだが、損傷は胃食道接合部付近の粘膜(粘膜〜粘膜下層)の縦走裂創にとどまり、壁全層には及ばない。主症状は嘔吐をくり返したあとの新鮮血の吐血で、多くは自然止血し予後は良好である。食道壁が穿孔していないため内容物が縦隔や胸腔へ漏れることはなく、胸水、特に混濁した胸水は生じない。したがって本例の所見とは合わない。

  3. ○c.  Boerhaave症候群

    Boerhaave症候群は特発性食道破裂ともよばれ、嘔吐に伴う食道内圧の急上昇で食道壁全層が裂ける疾患である。好発部位は下部食道の左後壁で、飲酒後の嘔吐を契機とする中年男性に多い。漏れ出た食道内容物によって縦隔炎や胸膜炎が起こり、左胸腔に混濁した胸水(膿胸)がたまる。胸痛・心窩部痛・背部痛など胸部と腹部の症状が混在しやすく、皮下気腫や縦隔気腫を伴うこともある。「飲酒→激しい嘔吐→疼痛」という経過と、左胸水・混濁胸水という所見のすべてを一元的に説明でき、最も考えられる。

  4. ×d.  十二指腸潰瘍穿孔

    十二指腸潰瘍穿孔では、突然の激しい心窩部痛に続いて腹部全体に広がる痛みと筋性防御・板状硬などの腹膜刺激症状がみられる。穿孔した消化管から腹腔内に空気が漏れるため、立位胸部エックス線写真で横隔膜下の遊離ガス像(free air)がみられるのが特徴である。病変は腹腔内に限られるため、胸水の貯留は通常みられない。嘔吐のあとに痛みが出たという経過や、混濁した左胸水という所見の説明にはならない。

  5. ×e.  急性膵炎

    急性膵炎はアルコールが主な原因の一つで、飲酒後に心窩部痛・悪心・嘔吐をきたすため鑑別に挙がる。しかし急性膵炎では通常、心窩部から背部へ放散する持続痛が先に出て、嘔吐は痛みに伴って起こるものであり、「嘔吐してから痛みが出た」本例とは順序が逆である。膵炎でも左側優位の胸水がみられることはあるが、主に重症例でみられるもので、診断には血中・尿中の膵酵素(アミラーゼ・リパーゼ)の上昇や腹部超音波・CTでの膵腫大の確認が必要となる。細菌や食物残渣を含む混濁した胸水の説明としては食道破裂のほうがはるかに合う。

特発性食道破裂(Boerhaave症候群)の概要

・病態:嘔吐時に腹腔内圧が上がる一方で上部食道括約筋が十分に緩まず、食道内圧が急上昇して食道壁の全層が破れる。外傷や内視鏡操作などの外的原因によらないため「特発性」とよぶ。 ・好発:中年男性、飲酒後の嘔吐を契機とすることが多い。 ・部位:下部食道の左後壁が最も多い。この部位は筋層が薄く、周囲の支持組織も乏しいためとされる。そのため左胸腔に穿破しやすい。 ・症状:嘔吐後の激しい胸痛・心窩部痛・背部痛、呼吸困難。古典的には「嘔吐・胸痛・皮下気腫」の三徴(Mackler三徴)が知られるが、そろうことは少ない。 ・検査:胸部エックス線写真(縦隔気腫、皮下気腫、左胸水、気胸)、胸部CT(縦隔気腫、食道周囲の液体・ガス、胸水)、水溶性造影剤による食道造影(造影剤の漏出)。胸水は混濁し、低pH、高アミラーゼ(唾液由来)、食物残渣の混入が特徴的である。 ・治療:発症早期(おおむね24時間以内)であれば開胸・開腹による穿孔部の縫合閉鎖と縦隔・胸腔ドレナージが基本である。時間が経過した例では、ドレナージを中心とした治療や、状態に応じた保存的治療・ステント留置などが選ばれる。絶食、広域抗菌薬、栄養管理を併用する。 ・予後:診断・治療が遅れると縦隔炎・膿胸・敗血症で死亡率が高い。上部消化管の穿孔の中でも最も重篤なものの一つである。

嘔吐を契機とする上部消化管損傷の比較

・Mallory-Weiss症候群:胃食道接合部付近の粘膜の縦走裂創。嘔吐をくり返したあとの吐血が主症状。大半は保存的治療や内視鏡的止血で軽快する。 ・Boerhaave症候群:食道壁全層の破裂。吐血は目立たないことが多く、胸痛・縦隔気腫・胸水・ショックが前景に立つ。緊急手術の適応となることが多い。

POINT

・飲酒後の激しい嘔吐のあとに胸痛・心窩部痛、そして左胸水(混濁)→Boerhaave症候群(特発性食道破裂)を考える。 ・破裂部位は下部食道の左後壁が多い→左胸水・左膿胸をきたしやすい。 ・Mallory-Weiss症候群は粘膜のみの裂傷で吐血が主体。胸水や縦隔気腫は生じない。 ・消化性潰瘍穿孔は横隔膜下の遊離ガス像(free air)が特徴で、胸水は伴わない。 ・特発性食道破裂は早期診断・早期手術が予後を左右する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。