血を吐かない食道の病気―吐血の原因を「粘膜」と「血管」で整理する
第103回医師国家試験 B問題 第30問
国試問題にチャレンジ
吐血の原因として考えにくいのはどれか。
- a.食道アカラシア
- b.食道静脈瘤
- c.Mallory-Weiss症候群
- d.急性胃粘膜病変
- e.胃癌
対話形式の解説
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ドクターまとめ
吐血はTreitz靱帯より口側の食道・胃・十二指腸からの出血で、その原因は胃・十二指腸潰瘍、急性胃粘膜病変、Mallory-Weiss症候群、胃癌などの「粘膜傷害」と、食道・胃静脈瘤などの「血管異常」に整理できます。食道アカラシアはAuerbach神経叢の障害による蠕動消失と下部食道括約筋の弛緩不全という運動機能異常で、粘膜の破綻を伴わず、嚥下困難や未消化食物の逆流が主症状であり、吐血の原因としては考えにくい疾患です。ただし長期経過では食道癌の合併リスクが高まるため経過観察が必要です。吐血の色は出血の量・速さと胃酸との接触時間で変わり、喀血との区別も問診で重要になります。出血の仕組みから原因を整理する考え方は、救急外来での吐血患者の初期対応と内視鏡治療につながる実践的な土台となります。
解答・解説
正解はaです
吐血とは、Treitz靱帯(十二指腸空腸曲を支える靱帯)より口側の上部消化管、すなわち食道・胃・十二指腸からの出血を口から吐き出すことである。吐血の原因を考えるときは、出血を起こす病態を大きく2つに分けて整理するとよい。 ①粘膜の傷害: 逆流性食道炎、Mallory-Weiss症候群、急性胃粘膜病変、胃・十二指腸潰瘍、食道癌、胃癌など。粘膜が破綻し、その下の血管が露出・損傷して出血する。 ②血管の異常: 食道・胃静脈瘤、血管拡張症(毛細血管拡張症など)、Dieulafoy潰瘍など。異常な血管そのものが破綻して出血する。 一方、食道アカラシアは食道の運動機能の異常(蠕動の消失と下部食道括約筋の弛緩不全)であり、粘膜の破綻も異常血管も伴わない。症状は嚥下困難や未消化の食物の逆流であり、吐血は通常みられない。したがって「考えにくい」ものとしてアカラシアを選ぶ。 なお、吐いた血の色は出血の速さと量、胃酸との接触時間で変わる。出血が多く速い場合は鮮紅色の新鮮血となり、出血が少量で胃内に停滞した場合は胃酸でヘモグロビンが塩酸ヘマチンに変化し、黒褐色のコーヒー残渣様となる。
選択肢考察
- ○a. 食道アカラシア
食道アカラシアは、食道壁内のAuerbach神経叢(筋層間神経叢)の神経節細胞が変性・消失することで、食道の蠕動が失われ、下部食道括約筋(LES)が嚥下時に弛緩しなくなる機能性疾患である。食道は著しく拡張するが、粘膜の破綻は通常伴わない。主症状は嚥下困難(固形物・液体とも)、未消化の食物の逆流、胸痛、体重減少などであり、吐血の原因としては考えにくい。ただし長期経過例では食物停滞による食道炎や食道癌の合併リスクが高まることは知っておく必要がある。
- ×b. 食道静脈瘤
食道静脈瘤は肝硬変などによる門脈圧亢進症で生じ、門脈血が左胃静脈などを経て食道の粘膜下の静脈へ逃げることで静脈が拡張・蛇行したものである。破裂すると大量の新鮮血を吐血し、ショックに陥ることもある代表的な吐血の原因である。内視鏡で静脈瘤表面に赤い発赤所見(red color sign:RC sign)がみられる部位は、静脈瘤を覆う粘膜上皮が薄くなっており、破裂の危険が高い。
- ×c. Mallory-Weiss症候群
Mallory-Weiss症候群は、飲酒後などの激しい嘔吐・嘔吐反射によって腹腔内圧・胃内圧が急激に上昇し、食道胃接合部付近の粘膜が縦に裂けて出血する疾患である。裂創は胃噴門部側に多い。典型的には「何度か嘔吐した後に新鮮血を吐いた」という経過をとり、吐血の代表的な原因の一つである。多くは自然止血するが、出血が続く場合は内視鏡的止血術(クリップ法など)を行う。
- ×d. 急性胃粘膜病変
急性胃粘膜病変(AGML:acute gastric mucosal lesion)は、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、アルコール、精神的・身体的ストレス(手術、熱傷、重症疾患など)などを誘因として、胃粘膜にびらん・潰瘍・出血が急速に多発する病態である。急激な心窩部痛、悪心・嘔吐とともに吐血や下血をきたし、吐物はコーヒー残渣様であることが多い。吐血の原因として重要である。
- ×e. 胃癌
胃癌、特に進行胃癌は潰瘍を形成することが多く(Borrmann分類の2型:限局潰瘍型、3型:浸潤潰瘍型が大部分を占める)、潰瘍面や腫瘍表面からの持続的な出血によって吐血やタール便をきたしうる。少量の出血が続く場合はコーヒー残渣様吐血や鉄欠乏性貧血として気づかれることが多い。
吐血と喀血・下血の区別
・吐血: 上部消化管からの出血。胃酸に触れると暗赤色〜黒褐色(コーヒー残渣様)になり、食物残渣が混じり、酸性である。 ・喀血: 気道・肺からの出血。咳とともに出て、泡沫を含む鮮紅色で、アルカリ性である。 ・下血(タール便): 上部消化管出血でも、血液が腸管を通過する間に変化して黒色のタール便となる。一般に50〜100mL程度以上の出血でタール便がみられる。
上部消化管出血の主な原因
・頻度が高いもの: 胃潰瘍・十二指腸潰瘍(最多)、急性胃粘膜病変、食道・胃静脈瘤、Mallory-Weiss症候群、胃癌 ・その他: 逆流性食道炎、食道癌、Dieulafoy潰瘍、血管拡張症など
食道アカラシアの要点
・病態: Auerbach神経叢の神経節細胞の減少・消失による食道蠕動の消失とLES弛緩不全。 ・検査: 食道造影で下部食道の先細り像(bird beak sign)と口側食道の拡張。食道内圧検査(高解像度内圧検査)でLES弛緩不全と一次蠕動波の消失。内視鏡で器質的狭窄(特に癌)を除外する。 ・治療: カルシウム拮抗薬などの薬物療法、内視鏡的バルーン拡張術、経口内視鏡的筋層切開術(POEM)、腹腔鏡下Heller筋層切開術+噴門形成術。 ・食道癌の発生リスクが高いため、長期の経過観察が必要である。
吐血患者への初期対応
まず気道確保、血圧・脈拍の評価、輸液・輸血による循環動態の安定化を行い、その後に緊急上部消化管内視鏡検査で出血源を確認し、内視鏡的止血術(クリップ、焼灼、薬剤局注など。静脈瘤では内視鏡的静脈瘤結紮術〈EVL〉や硬化療法〈EIS〉)を試みる。
POINT
・吐血はTreitz靱帯より口側(食道・胃・十二指腸)からの出血。 ・原因は「粘膜傷害」(潰瘍、AGML、Mallory-Weiss症候群、癌など)と「血管異常」(静脈瘤など)に整理する。 ・食道アカラシアは粘膜傷害を伴わない運動機能異常で、主症状は嚥下困難と未消化食物の逆流。通常吐血はきたさない。 ・大量・急速な出血は新鮮血、少量で胃内に停滞するとコーヒー残渣様になる。
