夫のクラミジアと妻の下腹部痛―「円柱上皮」が教える感染部位の地図
第102回医師国家試験 I問題 第67問
国試問題にチャレンジ
25歳の女性。下腹部痛と腟分泌物増加とを主訴に来院した。昨夜から下腹部痛が出現し,次第に増強してきた。外陰と腟とに瘙痒感はない。夫は数日前に性器クラミジア感染症と診断され,内服治療を受けている。体温37.5℃。腟鏡診で黄色の分泌物を認める。内診で右下腹部に圧痛を認めるが,腫瘤は触知しない。 感染部位はどれか。2つ選べ。
- a.腟
- b.尿道
- c.卵管
- d.膀胱
- e.子宮頸管
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Chlamydia trachomatisは円柱上皮に好んで感染する偏性細胞内寄生菌で、女性ではまず子宮頸管に感染し、子宮内膜を経て卵管へ上行します。黄色の帯下増加は子宮頸管炎、増強する下腹部痛・発熱・付属器圧痛は卵管炎の所見であり、重層扁平上皮の腟や移行上皮の膀胱は感染部位になりにくいと整理できます。上行感染が進むと骨盤内炎症性疾患や肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)をきたし、無症状のまま卵管性不妊症や異所性妊娠の原因となる点が臨床的に重要です。治療はマクロライド系やテトラサイクリン系で、β-ラクタム系は無効であり、パートナーの同時治療が欠かせません。上皮の種類と症状を結びつけて感染部位を推論する考え方は、性感染症全般の理解に役立ちます。
解答・解説
正解はc, eです
所見の整理
・25歳女性(性的活動期) ・前夜からの下腹部痛が次第に増強、腟分泌物の増加 ・外陰・腟の瘙痒感なし(カンジダ腟炎やトリコモナス腟炎を示唆しない) ・夫が数日前に性器クラミジア感染症と診断されている(性交渉による感染源の存在) ・体温37.5℃の微熱 ・腟鏡診で黄色の分泌物(子宮頸管からの膿性分泌物を示唆) ・内診で右下腹部(右付属器領域)に圧痛、腫瘤は触知しない(卵管留膿腫や卵巣膿瘍の形成はまだない)
診断へのプロセス
パートナーのクラミジア感染が判明しており、本人にも帯下増加と下腹部痛・発熱がみられることから、Chlamydia trachomatis による性器クラミジア感染症を最も疑う。女性では、まず子宮頸管の円柱上皮に感染して子宮頸管炎を起こし、膿性・粘液膿性の帯下の増加として現れる。さらに子宮内膜を経て上行性に卵管へ波及すると、卵管炎(付属器炎)、ひいては骨盤内炎症性疾患(PID: pelvic inflammatory disease)となり、下腹部痛・発熱・付属器の圧痛をきたす。本例の右下腹部の圧痛と微熱はこの上行感染を反映していると考えられる。 鑑別として急性虫垂炎(右下腹部痛・発熱)や異所性妊娠も念頭に置くべきだが、パートナーのクラミジア感染、帯下増加、内診での付属器圧痛がそろうことから、クラミジアによる子宮頸管炎と卵管炎が最も考えやすい。
設問の考え方
クラミジアは円柱上皮細胞に好んで感染する細胞内寄生性の細菌であり、重層扁平上皮には感染しにくい。女性性器では子宮頸管(円柱上皮)が初発部位となり、そこから上行して子宮内膜・卵管へと広がる。本例の症状(黄色帯下=子宮頸管炎、右付属器の圧痛と発熱=卵管炎)から、感染部位として子宮頸管と卵管を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. 腟
成人女性の腟壁はエストロゲンの作用で厚い重層扁平上皮に覆われており、円柱上皮を標的とするクラミジアは感染しにくい。本例の黄色帯下は腟そのものの炎症ではなく、子宮頸管炎による頸管からの分泌物が腟内に貯留したものと考える。また外陰・腟の瘙痒感がない点も、腟炎(カンジダ腟炎・トリコモナス腟炎など)を積極的には示唆しない。
- ×b. 尿道
クラミジアは尿道の円柱上皮にも感染し得、男性では尿道炎が主な病型である。女性でも尿道炎を起こすことはあるが、本例では排尿時痛・頻尿などの尿路症状の記載がなく、現在の症状(帯下増加、下腹部痛、付属器の圧痛)を説明する感染部位としては該当しない。
- ○c. 卵管
子宮頸管に感染したクラミジアは子宮内膜を経て上行性に卵管へ至り、卵管炎(付属器炎)を起こす。本例の増強する下腹部痛、37.5℃の発熱、内診での右下腹部(右付属器領域)の圧痛は卵管炎を示す所見である。腫瘤を触知しないことから、卵管留膿腫や卵管卵巣膿瘍の形成には至っていないと考えられる。クラミジア性卵管炎は炎症が軽く見過ごされやすい一方で卵管の癒着・閉塞を残しやすく、卵管性不妊症や異所性妊娠の重要な原因となる。
- ×d. 膀胱
膀胱の粘膜は移行上皮(尿路上皮)であり、クラミジアが膀胱炎を起こすことは通常ない。女性の膀胱炎の起炎菌の大部分は大腸菌などの腸内細菌である。本例には頻尿・排尿時痛・残尿感といった膀胱炎症状の記載もない。
- ○e. 子宮頸管
子宮頸管の内腔は円柱上皮で覆われており、女性におけるクラミジアの最初の感染部位である。クラミジア性子宮頸管炎では粘液膿性の帯下が増加し、腟鏡診で頸管からの黄色の分泌物として観察される。本例の黄色帯下はこれに合致する。ただし子宮頸管炎単独では無症状のことも多く、感染に気付かないまま上行感染を起こしやすい。診断は子宮頸管の擦過検体を用いた核酸増幅法(PCR法など)で行う。
性器クラミジア感染症の概要
病原体は Chlamydia trachomatis(血清型D〜K)で、日本で最も多い性感染症(STI: sexually transmitted infection)である。偏性細胞内寄生性で、主に円柱上皮に感染する。 ・男性:尿道炎(漿液性の分泌物、排尿時の軽い不快感)、精巣上体炎 ・女性:子宮頸管炎 → 子宮内膜炎 → 卵管炎(付属器炎)→ 骨盤腹膜炎(PID)→ 肝周囲炎(Fitz-Hugh−Curtis症候群:右季肋部痛、肝表面と腹壁の間のバイオリン弦状の癒着) ・その他の感染部位:咽頭(オーラルセックスによる)、直腸、結膜(封入体結膜炎) 女性では無症状〜軽症のことが多く、自覚のないまま卵管障害が進行して、卵管性不妊症や異所性妊娠の原因となる。
妊娠・新生児との関連
妊婦の子宮頸管炎は絨毛膜羊膜炎を介して流早産の原因となり、産道感染によって新生児結膜炎や新生児肺炎を起こし得る。このため妊婦健診でクラミジアのスクリーニングを行う。
診断と治療
・診断:子宮頸管擦過検体(男性は初尿)を用いた核酸増幅法(PCR法など)が標準である。 ・治療:マクロライド系(アジスロマイシン単回投与など)、テトラサイクリン系(ドキシサイクリン)、ニューキノロン系の一部が有効である。β-ラクタム系は細胞壁のペプチドグリカンを標的とするため、クラミジアには臨床的に有効でない。 ・パートナーも同時に検査・治療を行うことが再感染(ピンポン感染)の予防に重要である。
POINT
・クラミジアは円柱上皮に感染する(子宮頸管・尿道・咽頭・直腸・結膜)。成人の腟(重層扁平上皮)や膀胱(移行上皮)には感染しにくい ・女性では子宮頸管炎から上行して卵管炎・PID・肝周囲炎(Fitz-Hugh−Curtis症候群)をきたす ・帯下増加=子宮頸管炎、下腹部痛・発熱・付属器圧痛=卵管炎 ・卵管性不妊症・異所性妊娠の原因として重要。パートナーの同時治療を行う
