左の鎖骨の上に触れる硬いしこり―胸管がつなぐ胃癌とVirchow転移
第102回医師国家試験 H問題 第4問
国試問題にチャレンジ
頸部の写真を別に示す。 消化管癌の転移がみられやすいリンパ節の部位はどれか。

- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胃癌をはじめとする腹部消化管癌の遠隔リンパ節転移として代表的なのが、左鎖骨上窩リンパ節への転移(Virchow転移)です。腹部臓器のリンパは乳び槽から胸管を上行して左静脈角に注ぐため、その近傍の左鎖骨上窩に癌細胞が到達して転移巣をつくり、硬く可動性に乏しい無痛性のリンパ節として触れれば進行した病期を示します。一方、右鎖骨上窩は右リンパ本幹の流域で肺癌・食道癌・縦隔腫瘍の転移を、頸部の内深頸リンパ節は頭頸部の癌や感染症を考える部位です。正面写真では写真の右側が被検者の左側になる点に注意し、Schnitzler転移、Krukenberg腫瘍、Sister Mary Joseph結節とあわせて整理しておくと、解剖の知識を身体診察と進行度の判断に結びつけられます。
解答・解説
正解はbです
写真の読み方
写真は被検者を正面から撮影したもので、写真の右側が被検者の左側にあたる。したがって①〜③は被検者の左側、④⑤は右側である。 ・①: 左頸部(甲状軟骨の外側、胸鎖乳突筋の前縁付近) ・②: 左鎖骨上窩(鎖骨の直上) ・③: 左鎖骨下(前胸部) ・④: 右頸部(①の対側) ・⑤: 右鎖骨上窩(②の対側)
考え方
胃癌をはじめとする消化管癌の遠隔リンパ節転移として有名なのが、左鎖骨上窩リンパ節への転移で、Virchow(ウィルヒョウ)転移と呼ばれる。これは消化管からのリンパの流れと関係している。腹部臓器のリンパは腹部の大動脈周囲リンパ節を経て乳び槽に集まり、胸管となって胸腔内を上行し、左の静脈角(左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流部)で静脈に注ぐ。この合流部の近くに位置する左鎖骨上窩のリンパ節に、胸管を経由した癌細胞が到達して転移巣をつくる。 よって、写真の中で左鎖骨上窩を示す②が正解となる。「左」と「鎖骨上」の両方を満たすことが必要で、写真の左右を取り違えないことが重要である。
選択肢考察
- ×a. ①
①は左頸部(胸鎖乳突筋前縁付近の中〜上内深頸リンパ節の領域)を指す。この部位のリンパ節は口腔・咽頭・喉頭・甲状腺など頭頸部の癌や、頭頸部の感染症で腫大しやすい部位であり、消化管癌のリンパ行性転移の代表的な部位ではない。
- ○b. ②
②は左鎖骨上窩である。腹部消化管のリンパは胸管を通って左静脈角に注ぐため、その近傍にある左鎖骨上窩リンパ節に消化管癌が転移しやすい。これがVirchow転移であり、胃癌で特に有名である。触診では、左鎖骨の上縁で胸鎖乳突筋の鎖骨頭の後方あたりに、硬く可動性に乏しい無痛性のリンパ節として触れる。この転移を認めた場合、癌は遠隔転移を伴う進行した病期と判断される。
- ×c. ③
③は左鎖骨下(前胸部)で、この部位には触診で評価する代表的な表在リンパ節群は存在しない。鎖骨下のリンパ節は乳癌などで問題となる腋窩リンパ節の上位群(腋窩頂部)と関連するが、体表から触れることは少なく、消化管癌の転移部位として挙げられる部位ではない。
- ×d. ④
④は右頸部で、①の対側にあたる。①と同様に頭頸部領域の癌や炎症で腫大しやすい部位であり、消化管癌の転移の好発部位ではない。
- ×e. ⑤
⑤は右鎖骨上窩である。右側の鎖骨上窩リンパ節には、右リンパ本幹を介して右上肢・右頭頸部・右胸部(右肺や縦隔の一部)のリンパが流入するため、肺癌や食道癌、縦隔腫瘍などの転移で腫大することがある。しかし腹部消化管のリンパは主に胸管から左静脈角へ流れるため、腹部消化管癌の転移は左側に起こりやすく、右鎖骨上窩は典型部位ではない。
リンパの還流経路
・胸管: 乳び槽(第1〜2腰椎の高さ)に始まり、下半身全体と左上半身(左上肢・左頭頸部・左胸部)のリンパを集め、左静脈角に注ぐ。全身のリンパの大部分を運ぶ。 ・右リンパ本幹: 右上肢・右頭頸部・右胸部のリンパを集め、右静脈角に注ぐ。 このため腹部臓器の悪性腫瘍は左鎖骨上窩に転移しやすい。
胃癌などの遠隔転移に関連する人名のついた所見
・Virchow転移: 左鎖骨上窩リンパ節への転移(リンパ行性)。 ・Schnitzler転移: ダグラス窩(直腸子宮窩・直腸膀胱窩)への腹膜播種。直腸指診で硬い腫瘤として触れる。 ・Krukenberg腫瘍: 卵巣への転移性腫瘍。印環細胞癌を含むことが多い。 ・Sister Mary Joseph結節: 臍部への転移。 ・Blumer's shelf: 腹膜播種によりダグラス窩に形成される硬い棚状の腫瘤(Schnitzler転移とほぼ同義に用いられる)。
鎖骨上窩リンパ節腫大の臨床的意義
鎖骨上窩リンパ節の腫大は、他の部位の頸部リンパ節腫大に比べて悪性腫瘍の頻度が高く、特に中高年では重要な所見である。左側は腹部・骨盤内臓器(胃、膵、胆道、大腸、卵巣、精巣など)の癌、右側は肺・食道・縦隔の悪性腫瘍を考える手がかりになる。悪性リンパ腫でも腫大しうる。
Virchowについて
Rudolf Virchowは19世紀ドイツの病理学者で、細胞病理学の確立者として知られる。血栓形成の3要因(Virchowの三徴: 血流のうっ滞、血管内皮障害、血液凝固能の亢進)にも名を残している。
POINT
・Virchow転移 = 左鎖骨上窩リンパ節への転移(胃癌など消化管癌で有名)。 ・機序: 腹部のリンパは胸管を通り左静脈角に注ぐため、その近傍の左鎖骨上窩に転移する。 ・正面写真では写真の右側が被検者の左側。 ・Schnitzler転移(ダグラス窩)、Krukenberg腫瘍(卵巣)、Sister Mary Joseph結節(臍)とあわせて覚える。
