石綿が胸膜に刻む白い板―職業性因子と病態の「すり替え」を見抜く
第102回医師国家試験 E問題 第31問
国試問題にチャレンジ
組合せで正しいのはどれか。
- a.石綿 ―― 胸膜のプラーク形成
- b.金属ヒューム ―― チトクロム酸化酵素の阻害
- c.塩化ビニルモノマー ―― 末梢血管の攣縮
- d.径10μm以上の粉じん ―― 肺胞への沈着
- e.高気圧作業後の急な減圧 ―― 体液中二酸化炭素の気泡化
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
胸膜プラークは石綿曝露に特徴的な良性病変で、曝露から15〜30年ほどで主に壁側胸膜に生じ、石灰化して画像で確認されることが多く、肺癌や悪性中皮腫のリスク評価の指標となります。一方、チトクロム酸化酵素を阻害するのはシアン化合物や硫化水素であり、金属ヒュームは金属熱を、塩化ビニルモノマーは肝血管肉腫や指端骨溶解症を起こします。粉じんは10μm以上なら上気道で捕捉され、肺胞に沈着するのはおよそ数μm以下の粒子であり、減圧症で気泡化するのは二酸化炭素ではなく窒素です。職業性疾患の問題では細部をすり替えた選択肢が多いため、因子ごとに代表的な病態と機序を正確に対応づけておくことが重要です。こうした知識は、画像所見から職歴を聞き出し、労災補償や救済制度につなげる臨床の場面でも役立ちます。
解答・解説
正解はaです
本問は、代表的な職業性有害因子と、それによって生じる病変・発症機序の対応を問う一般問題である。 各選択肢について「その因子で起こる典型的な病態は何か」を想起し、組合せの右側と一致するかを確認すればよい。 ・石綿(アスベスト)→ 胸膜プラーク、石綿肺、肺癌、中皮腫 ・金属ヒューム → 金属熱(インフルエンザ様の発熱反応) ・塩化ビニルモノマー → 肝血管肉腫、指端骨溶解症 ・粉じんの粒径 → 大きい粒子ほど上気道で捕捉され、肺胞に届くのは小さい粒子 ・急な減圧 → 体液に溶け込んでいた窒素の気泡化(減圧症) このように整理すると、因子と病変が正しく対応しているのは石綿と胸膜プラークの組合せである。特に、酵素阻害の主体(シアン化合物・硫化水素)、減圧症で気泡となる気体(窒素)、肺胞に達する粒径(おおむね数μm以下)は、細部を入れ替えた誤りの選択肢として出題されやすい。
選択肢考察
- ○a. 石綿 ―― 胸膜のプラーク形成
胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)は石綿曝露に特徴的な病変で、石綿曝露の医学的指標として用いられる。初回曝露から15~30年ほど経過して出現し、高濃度曝露者だけでなく低濃度曝露者にもみられる。主に壁側胸膜に生じ、胸壁の背外側下部、傍脊椎領域、横隔膜ドーム部に好発する。肉眼的には白色で光沢のある、境界明瞭な板状の隆起で、組織学的には細胞成分に乏しく硝子化した膠原線維から成る。経過とともに石灰化し、胸部X線やCTで確認できる。プラーク自体は良性で通常は無症状だが、石綿曝露を示す重要な所見であり、肺癌・悪性中皮腫のリスク評価に役立つ。
- ×b. 金属ヒューム ―― チトクロム酸化酵素の阻害
金属ヒュームとは、溶接や金属の溶融で気化した金属が空気中で冷えて生じる微細な固体粒子(主に酸化物)である。酸化亜鉛や酸化銅などのヒュームを吸入すると、数時間後に悪寒・発熱・倦怠感・筋肉痛などインフルエンザ様症状を呈する金属熱が起こる。これは肺でのサイトカイン放出などを介した炎症反応であり、翌日から数日で回復し、曝露を繰り返すと耐性が生じる。ミトコンドリア呼吸鎖の末端酵素であるチトクロム酸化酵素(チトクロムcオキシダーゼ)を阻害するのは、シアン化合物(シアン化水素など)や硫化水素、アジ化物であり、細胞が酸素を利用できなくなる細胞内窒息(組織中毒性低酸素)を起こす。
- ×c. 塩化ビニルモノマー ―― 末梢血管の攣縮
塩化ビニルモノマー(ポリ塩化ビニルの原料)の職業性曝露で最も重要なのは、肝血管肉腫の発生である。そのほか肝線維化・門脈圧亢進症、手指の指端骨溶解症(末節骨の骨吸収)、強皮症様の皮膚硬化、手指のRaynaud現象などが報告されている。このRaynaud現象は、末梢血管壁の肥厚や内腔の狭小化といった器質的変化を背景とするものとされ、機能的な血管攣縮を主病態とする因子としては位置づけられない。末梢血管の攣縮を主病態とする職業性障害の代表は、振動工具による振動障害(手指の白ろう病)である。したがって本組合せは正しいとはいえない。
- ×d. 径10μm以上の粉じん ―― 肺胞への沈着
吸入された粉じんがどこに沈着するかは主に粒径(空気力学的径)で決まる。径10μm以上の大きな粒子は慣性衝突により鼻腔・咽頭など上気道でほとんどが捕捉され、気管支に達したものも線毛運動で排出されるため、肺胞にはほとんど到達しない。肺胞領域への沈着は径が10μmより小さくなるにつれて増え、およそ数μm以下(特に1~数μm程度)の粒子が肺胞に沈着しやすく、じん肺の原因となる。
- ×e. 高気圧作業後の急な減圧 ―― 体液中二酸化炭素の気泡化
潜水や潜函(ケーソン)作業などの高気圧下では、Henryの法則に従い呼吸気中の窒素が分圧に比例して血液・組織により多く溶け込む。その後急に減圧すると、溶けていた窒素が過飽和となって体液・組織中で気泡化し、血管閉塞や組織の圧迫を起こす。これが減圧症(潜函病)であり、関節痛(ベンズ)、皮膚のかゆみ・発疹、脊髄障害、呼吸困難(チョークス)などを生じる。気泡化するのは二酸化炭素ではなく窒素である。二酸化炭素は代謝で生じ、呼吸で速やかに排出されるため、減圧症の主体とはならない。
石綿(アスベスト)関連疾患
・胸膜プラーク:良性、石綿曝露の指標。潜伏期15~30年 ・石綿肺:びまん性の間質性肺線維症。下肺野優位 ・肺癌:喫煙との相乗作用が大きい ・悪性胸膜中皮腫:潜伏期は30~40年程度と長い ・良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚、円形無気肺 石綿による肺癌・中皮腫は労災補償や石綿健康被害救済制度の対象となる。
粉じんの粒径と沈着部位
・10μm以上:鼻腔・咽頭など上気道 ・数μm~10μm:気管・気管支(線毛運動で排出) ・数μm以下(特に1~数μm程度):肺胞に沈着 ・さらに微小な粒子(0.1μm前後)は呼気とともに排出される割合も多いが、ナノ粒子は拡散により肺胞にも沈着する 大気環境で用いる「浮遊粒子状物質(SPM)」は径10μm以下、「PM2.5」は径2.5μm以下の粒子である。
チトクロム酸化酵素を阻害する物質
シアン化合物、硫化水素、アジ化ナトリウム。一酸化炭素も同酵素を阻害するが、主な毒性はヘモグロビンとの結合による酸素運搬能の低下である。
主な職業性がんと原因物質
・塩化ビニルモノマー:肝血管肉腫 ・石綿:肺癌、中皮腫 ・ベンジジン、β-ナフチルアミン:膀胱癌 ・ベンゼン:白血病 ・クロム、ニッケル、ヒ素:肺癌 ・1,2-ジクロロプロパン:胆管癌(印刷業)
減圧症の予防と治療
予防は減圧を段階的・緩徐に行うこと。治療は高気圧酸素療法(再圧治療)で、気泡を再溶解・縮小させる。
POINT
・石綿曝露の指標は胸膜プラーク。石綿は肺癌・中皮腫・石綿肺も起こす。 ・チトクロム酸化酵素阻害はシアン化合物・硫化水素。金属ヒュームは金属熱。 ・塩化ビニルモノマーは肝血管肉腫と指端骨溶解症。 ・肺胞に沈着するのは径が数μm以下の粒子で、10μm以上は上気道で捕捉される。 ・減圧症で気泡化するのは窒素である(二酸化炭素ではない)。
