胎盤を越える病原体、越えない病原体―TORCHで読み解く先天異常と「A型肝炎」の立ち位置
第102回医師国家試験 E問題 第21問
国試問題にチャレンジ
先天異常の原因とならないのはどれか。
- a.梅毒
- b.風疹
- c.A型肝炎
- d.トキソプラズマ感染症
- e.サイトメガロウイルス感染症
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
妊娠中の母体感染で先天異常を起こす代表的な病原体はTORCH(トキソプラズマ、梅毒などその他、風疹、サイトメガロウイルス、単純ヘルペス)としてまとめられ、多くは胎盤を通過して胎児に感染します。先天梅毒のHutchinson三徴、先天性風疹症候群の心疾患・感音難聴・白内障、先天性トキソプラズマ症の水頭症・散在性脳内石灰化・網脈絡膜炎、先天性サイトメガロウイルス感染症の脳室周囲石灰化と進行性難聴は、それぞれ特徴として押さえておきたい所見です。A型肝炎は糞口感染で慢性化せず、胎児感染や先天異常の原因とはなりません。B型・C型肝炎は主に分娩時に母子感染しますが、問題は形態異常ではなく児のキャリア化です。「どの経路で感染し、どんな障害を残すか」を病原体ごとに整理しておくことが、妊婦健診での検査や予防指導を理解する土台になります。
解答・解説
正解はcです
本問は、妊娠中の母体感染が胎児へ及び、先天異常(生まれつきの形態異常や臓器障害)を起こしうる病原体を問うている。 病原体が胎児に影響を及ぼす経路は主に、(1) 胎盤を通過して胎児に達する経胎盤感染(子宮内感染)、(2) 分娩時に産道の血液・分泌物に触れて感染する産道感染、(3) 出生後の母乳などを介した感染、の3つである。このうち器官形成期を含む妊娠中に胎児へ到達する経胎盤感染が、形態異常を含む先天異常の主な原因となる。 経胎盤感染で先天異常を起こす代表的な病原体は、頭文字をとってTORCH(トーチ)症候群としてまとめられる。トキソプラズマ(T)、その他(O:梅毒など)、風疹(R)、サイトメガロウイルス(C)、単純ヘルペスウイルス(H)である。選択肢の梅毒、風疹、トキソプラズマ、サイトメガロウイルスはいずれもこれに含まれる。 一方、A型肝炎ウイルスは糞口感染(汚染された水・食物の経口摂取)で広がる急性肝炎の原因であり、慢性化せず、ウイルス血症の期間も短い。妊婦が罹患しても胎児への垂直感染や先天異常の原因となることは基本的にない。したがって、先天異常の原因とならないのはA型肝炎である。
選択肢考察
- ×a. 梅毒
梅毒の病原体である梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)は胎盤を通過し、胎児に先天梅毒を起こす。未治療の母体、特に早期梅毒では胎児感染の率が高く、流産・死産の原因にもなる。早期先天梅毒では皮疹、肝脾腫、骨軟骨炎、鼻炎(鼻閉)などがみられ、晩期先天梅毒ではHutchinson(ハッチンソン)の三徴(Hutchinson歯、実質性角膜炎、内耳性難聴)、鞍鼻、前額突出などの頭蓋顔面の変形を生じる。したがって先天異常の原因となる。
- ×b. 風疹
妊娠初期(特に妊娠20週ごろまで、なかでも12週未満)に母体が風疹に初感染すると、ウイルスが胎盤を通過して先天性風疹症候群(CRS:congenital rubella syndrome)を起こす。三大症状は先天性心疾患(動脈管開存症など)、難聴(感音難聴)、白内障であり、ほかに緑内障、網膜症、胎児発育不全、小頭症、精神運動発達遅滞、血小板減少性紫斑などもみられる。したがって先天異常の原因となる。
- ○c. A型肝炎
A型肝炎ウイルス(HAV)は糞口感染で伝播し、急性肝炎を起こしたのち慢性化せずに治癒する。妊婦が感染しても胎盤を介した胎児感染は基本的に起こらず、先天異常の原因とはならない。これに対し、B型肝炎(HBV)やC型肝炎(HCV)は母子感染(垂直感染)を起こすが、その多くは分娩時の産道感染であり、形態異常を生じる先天異常というよりは、児がキャリア化し将来の慢性肝疾患につながる点が問題となる(HBVは出生直後からのHBグロブリン・HBワクチン投与で母子感染を予防する)。以上より、本問の正解はA型肝炎である。
- ×d. トキソプラズマ感染症
トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)は原虫であり、ネコの糞に含まれるオーシスト(卵胞子)や、加熱不十分な肉に含まれるシストを経口摂取して感染する。妊娠中に母体が初感染すると経胎盤的に胎児へ感染し、先天性トキソプラズマ症を起こす。古典的三徴は水頭症、脳内石灰化(びまん性・散在性)、網脈絡膜炎であり、ほかに小頭症、けいれん、精神運動発達遅滞などを生じる。したがって先天異常の原因となる。
- ×e. サイトメガロウイルス感染症
サイトメガロウイルス(CMV)は先天性感染症のなかで最も頻度が高い病原体である。母体の初感染だけでなく再活性化・再感染でも胎児感染が起こりうる。症候性の先天性CMV感染症では、低出生体重、黄疸、点状出血斑(血小板減少)、肝脾腫、小頭症、脳室周囲石灰化、網脈絡膜炎などがみられる。出生時に無症状でも、後から進行性の感音難聴や発達遅滞が明らかになることがあり、小児の非遺伝性感音難聴の主要な原因である。したがって先天異常の原因となる。
TORCH症候群
妊娠中の母体感染が胎児に及び、先天異常や胎児・新生児の重篤な障害を起こす病原体の総称である。 ・T:トキソプラズマ(Toxoplasma)… 水頭症、脳内石灰化(散在性)、網脈絡膜炎 ・O:その他(Others)… 梅毒、水痘・帯状疱疹ウイルス、パルボウイルスB19、HIV、B型肝炎、HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス)など ・R:風疹(Rubella)… 先天性心疾患、感音難聴、白内障 ・C:サイトメガロウイルス(Cytomegalovirus)… 小頭症、脳室周囲石灰化、肝脾腫、点状出血、感音難聴 ・H:単純ヘルペスウイルス(Herpes simplex virus)… 主に産道感染による新生児ヘルペス(全身型・中枢神経型・皮膚眼口限局型)
主な病原体とその他の特徴
・パルボウイルスB19:胎児の赤芽球系を障害し、高度貧血から胎児水腫を起こす。 ・水痘・帯状疱疹ウイルス:妊娠初期の感染で先天性水痘症候群(瘢痕性皮膚病変、四肢低形成、眼・脳の異常)を起こしうる。 ・B型肝炎・C型肝炎・HIV・HTLV-1:主に分娩時や母乳を介した母子感染が問題となり、児のキャリア化や将来の発症につながる。形態異常の原因となるものではない。
母子感染の経路
・経胎盤感染:風疹、CMV、トキソプラズマ、梅毒、パルボウイルスB19など ・産道感染:B型肝炎、単純ヘルペス、B群溶血性レンサ球菌(GBS)、クラミジア、淋菌など ・経母乳感染:HTLV-1、HIV、CMVなど
予防
風疹は妊娠前のワクチン接種(生ワクチンのため妊娠中は禁忌で、接種後2か月間は避妊)、トキソプラズマは生肉摂取やネコの糞の処理を避ける、CMVは乳幼児の唾液・尿との接触後の手洗いが基本となる。梅毒は妊娠初期の血清学的スクリーニングとペニシリンによる治療で先天梅毒を予防する。
POINT
・胎内感染で先天異常を起こす代表はTORCH(トキソプラズマ、梅毒などその他、風疹、サイトメガロウイルス、ヘルペス)である。 ・A型肝炎は糞口感染で慢性化せず、母子感染・先天異常の原因とならない。 ・B型・C型肝炎の母子感染は主に分娩時の感染で、問題はキャリア化である。 ・先天性風疹症候群の三大症状:先天性心疾患、感音難聴、白内障。 ・先天性トキソプラズマ症の三徴:水頭症、脳内石灰化、網脈絡膜炎。 ・先天性感染症で最も頻度が高いのはサイトメガロウイルスで、感音難聴の原因として重要。
