5日かけて忍び寄る片麻痺―「見えにくい血腫」を間接所見で見抜く慢性硬膜下血腫
第101回医師国家試験 G問題 第46問
国試問題にチャレンジ
75歳の男性。5日前から徐々に増悪する頭痛と左上下肢の脱力とを主訴に来院した。意識は清明。左上下肢の不全麻痺と左半身の感覚低下とを認める。頭部単純CTを示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.くも膜下出血
- b.急性硬膜外血腫
- c.慢性硬膜下血腫
- d.右中大脳動脈塞栓症
- e.右基底核部ラクナ梗塞
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
高齢者で数日〜数週かけて徐々に進む頭痛や片麻痺は、突然発症する脳血管障害ではなく、ゆっくり増大する占拠性病変を考える手がかりになります。慢性硬膜下血腫はCTで頭蓋骨内板に沿う三日月型の脳実質外病変として描出され、濃度は低・等・高・混合とさまざまで、等吸収の場合は脳溝の消失、側脳室の圧排、正中偏位といった間接所見で見抜くことが重要です。急性硬膜外血腫は縫合線を越えない凸レンズ型、くも膜下出血は脳槽・脳溝に沿う高吸収域、脳梗塞は脳実質内の低吸収域と、部位・形・濃度・発症様式で鑑別できます。軽微な外傷の数週後に起こり、認知機能低下で受診することもある「治る認知症」の代表で、穿頭血腫洗浄・ドレナージ術で改善が期待できるため、見逃さないことが臨床的に大きな意味を持ちます。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・75歳の高齢男性 ・5日前から「徐々に」増悪する頭痛と左上下肢の脱力(亜急性~緩徐な経過) ・意識清明 ・左上下肢の不全麻痺と左半身の感覚低下 → 運動路・感覚路はいずれも延髄で交叉するため、右大脳半球の病変が示唆される
頭部単純CTの読影
画像の向きは、向かって左が患者の右である。患者の右側では、頭蓋骨の内側に沿って前頭部から頭頂・後頭部まで、脳表を広く覆う三日月状の病変がみられる。濃度は脳実質とほぼ同じ(等吸収域)で、一部はやや高い部分が混じる。右側の脳溝は見えにくくなり、右側脳室は圧排されて細くなり、正中構造は左側へ偏位している(mass effect:占拠性効果)。一方で、脳実質内に明らかな出血や梗塞を示す低吸収域はなく、脳溝や脳底槽に沿った高吸収域もない。
診断へのプロセス
病変は脳実質の外(頭蓋骨と脳表の間)にあり、縫合線を越えて大脳半球の表面に沿って広がる三日月型である。この形は、硬膜とくも膜の間の広い潜在腔に血液がたまる硬膜下血腫の特徴である。さらに、数日かけて緩徐に進行する頭痛・片麻痺という経過と、高齢男性という背景は、慢性硬膜下血腫に典型的である。等吸収域の血腫は脳実質との区別がつきにくいが、脳溝の消失、脳室の圧排、正中偏位といった間接所見を手がかりに見つけ出すことが大切である。 以上から、右慢性硬膜下血腫による左片麻痺・感覚障害と頭蓋内圧亢進(頭痛)と考えられる。
設問の考え方
選択肢の病態は、病変の部位(脳実質外か脳実質内か)、CTでの形・濃度、発症様式(突然か緩徐か)で鑑別できる。脳実質外にあり、三日月型で、緩徐な経過をたどるものを選べばよい。
選択肢考察
- ×a. くも膜下出血
くも膜下出血は、多くが脳動脈瘤の破裂によって、くも膜下腔(脳の表面と脳槽)に血液が流れ込む病態である。典型例では「突然の、これまで経験したことのない激しい頭痛」で発症し、片麻痺などの局所症状は乏しいことが多い。CTでは脳底槽(鞍上槽)に五角形(ペンタゴン)状、あるいはシルビウス裂や脳溝に沿って広がる高吸収域がみられる。本例は5日間かけて徐々に悪化する経過であり、CTでも脳槽・脳溝の高吸収域はなく、脳表を覆う三日月状の病変であるため合致しない。
- ×b. 急性硬膜外血腫
急性硬膜外血腫は、頭部外傷に伴う頭蓋骨骨折で主に中硬膜動脈が損傷され、頭蓋骨と硬膜の間に血液がたまる病態である。硬膜は頭蓋縫合部で骨に強く付着しているため、血腫は縫合線を越えにくく、CTでは両凸レンズ型(凸レンズ型)の高吸収域となる。受傷直後に一時的に意識が回復する「意識清明期(lucid interval)」を経て、数時間のうちに急速に悪化するのが典型的である。本例には外傷のエピソードがなく、経過は5日と緩徐で、病変は縫合線を越えて広がる三日月型の等吸収域であるため否定的である。
- ○c. 慢性硬膜下血腫
高齢男性で、数日にわたり徐々に進行する頭痛と片側の運動・感覚障害がみられ、CTで症状と反対側(右)の大脳半球表面を覆う三日月状の脳実質外病変と、脳溝消失・側脳室の圧排・正中偏位を認めることから、最も考えられる。慢性硬膜下血腫は、軽微な頭部外傷の数週~数か月後(おおむね3週間以降)に発症することが多く、外傷自体を本人が覚えていないことも少なくない。CTの濃度は、血腫の時期や再出血の有無によって低吸収・等吸収・高吸収・混合吸収とさまざまであり、本例のような等吸収域の血腫は見落とされやすい。形は三日月型が多いが、厚くなると凸レンズ型に近くなることもある。
- ×d. 右中大脳動脈塞栓症
心房細動などで心臓内にできた血栓が流れて中大脳動脈を閉塞する心原性脳塞栓症では、反対側の片麻痺・感覚障害(右病変なら左側)を生じるため、症状の左右は本例と矛盾しない。しかし発症様式は突然で、症状は発症時に最も強いことが多い。CTでは、発症早期には変化が乏しい(early CT signとして皮髄境界の不明瞭化などがみられる)が、時間の経過とともに中大脳動脈の灌流域に一致した脳実質内の低吸収域が出現する。本例は緩徐進行性であり、病変も脳実質外にあるため合致しない。
- ×e. 右基底核部ラクナ梗塞
ラクナ梗塞は、高血圧などによる動脈硬化で、基底核や内包などを栄養する細い穿通枝が閉塞して生じる、直径15mm未満の小さな梗塞である。純粋運動性片麻痺や純粋感覚性脳卒中などを呈し、頭痛や意識障害はまれである。CTでは基底核などの脳深部に小さな低吸収域がみられ、占拠性効果(正中偏位や脳室の圧排)はほとんど生じない。本例は頭痛を伴い、脳実質外に正中偏位を来す病変があるため合致しない。
慢性硬膜下血腫の概要
・硬膜とくも膜の間(硬膜下腔)に、被膜に包まれた血腫が徐々に貯留する病態である。 ・高齢者、男性、アルコール多飲者、抗凝固薬・抗血小板薬の服用者、脳萎縮のある人、透析患者などに多い。脳萎縮があると脳表と硬膜の間の架橋静脈が引き伸ばされ、軽微な外傷でも破綻しやすい。 ・発症機序:軽い頭部外傷を契機に硬膜下に少量の出血や液体貯留が生じ、その周囲に新生血管に富む被膜が形成される。被膜からの反復する微小出血や、線溶系の亢進による血液の液状化によって、数週~数か月かけて血腫が増大する。 ・症状:頭痛、片麻痺、歩行障害、認知機能低下・意欲低下(認知症と誤られやすい)、尿失禁など。症状は緩徐に進行する。
CT所見
・頭蓋骨内板に沿った三日月型の脳実質外病変で、縫合線を越えて広がる。 ・濃度は低吸収・等吸収・高吸収・混合(鏡面形成を含む)とさまざまである。 ・等吸収域の場合は、脳溝の消失、脳室の圧排・変形、正中偏位、脳表と骨の間の皮質の内方偏位などの間接所見が診断の手がかりとなる。両側性の等吸収血腫では正中偏位が目立たず、特に見落としやすい。MRIも診断に有用である。
治療
・症状があり血腫が厚い場合は、局所麻酔下での穿頭血腫洗浄・ドレナージ術が標準的で、多くは劇的に症状が改善する。 ・無症候性で小さな血腫は経過観察とし、五苓散などの漢方薬が用いられることもある。 ・再発率はおよそ1割前後とされる。
頭蓋内出血のCT像の比較
・急性硬膜外血腫:凸レンズ型の高吸収域、縫合線を越えない、意識清明期 ・急性硬膜下血腫:三日月型の高吸収域、縫合線を越える、強い外傷・脳挫傷を伴い予後不良が多い ・慢性硬膜下血腫:三日月型、濃度はさまざま(低~等~高・混合)、高齢者で緩徐進行 ・くも膜下出血:脳底槽の五角形(ペンタゴン)状高吸収域、脳溝・シルビウス裂に沿う高吸収域
POINT
・高齢者で数日~数週かけて進行する頭痛・片麻痺・認知機能低下 → 慢性硬膜下血腫を疑う。 ・CTでは頭蓋骨内板に沿う三日月型の脳実質外病変。濃度は低・等・高・混合とさまざま。 ・等吸収域の血腫は、脳溝消失・脳室圧排・正中偏位などの間接所見で見抜く。 ・硬膜外血腫は凸レンズ型、硬膜下血腫は三日月型、くも膜下出血は脳槽・脳溝に沿う高吸収域。 ・治療は穿頭血腫洗浄・ドレナージ術で、治る認知症(treatable dementia)の一つとして重要。
