補うと助かる病気、補うと危ない病気―エストロゲン補充療法の禁忌を見抜く
第101回医師国家試験 F問題 第52問
国試問題にチャレンジ
閉経後の女性に対するエストロゲン補充療法の禁忌はどれか。
- a.認知症
- b.うつ病
- c.骨粗鬆症
- d.脂質異常症
- e.静脈血栓症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
閉経後のエストロゲン補充療法は、血管運動神経症状の改善、骨吸収抑制による骨量維持、LDL低下・HDL上昇などの効果をもち、骨粗鬆症や脂質異常症はむしろ改善が期待できる病態です。一方、経口エストロゲンは肝臓の初回通過効果により凝固因子を増やし、アンチトロンビンやプロテインSを減らすため静脈血栓塞栓症のリスクを上げ、静脈血栓症やその既往は禁忌となります。そのほか乳癌、子宮内膜癌、原因不明の不正性器出血、冠動脈疾患や脳卒中の既往、重度の活動性肝疾患、妊娠も禁忌で、認知症やうつ病は禁忌に含まれません。子宮のある女性では黄体ホルモンを併用し、高トリグリセリド血症では経皮製剤を考慮するなど、作用機序から利益とリスクを考える視点は、経口避妊薬やSERMの理解にもつながります。
解答・解説
正解はeです
閉経後の女性に対するエストロゲン補充療法(ERT:estrogen replacement therapy)は、閉経で低下したエストロゲンを補う治療である。子宮のある女性では、子宮内膜増殖症や子宮内膜癌を予防するために黄体ホルモンを併用し、これをホルモン補充療法(HRT:hormone replacement therapy)という。 本問は、エストロゲン補充の「効果・適応」と「有害事象・禁忌」を区別できるかを問うている。
エストロゲンの主な効果
・ほてり・発汗などの血管運動神経症状の改善 ・骨吸収の抑制による骨量の維持 ・LDLコレステロールの低下とHDLコレステロールの上昇 ・腟の萎縮や性交痛の改善
エストロゲンの主な有害事象
経口のエストロゲンは、腸から吸収されたあと門脈を通って最初に肝臓へ運ばれる(初回通過効果)。そのため肝臓での凝固因子の産生が増え、凝固を抑える因子(アンチトロンビンやプロテインS)が減る。その結果、凝固能が高まり、静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症・肺塞栓症)のリスクが上がる。 したがって、静脈血栓症がある、または既往がある女性にエストロゲンを投与すると、血栓症の再発や増悪を招くおそれがあり、禁忌とされる。その他の選択肢は禁忌には当たらない。
選択肢考察
- ×a. 認知症
禁忌ではない。エストロゲンには神経保護作用があると考えられ、かつてはアルツハイマー型認知症の予防や治療への効果が期待された。しかし、大規模なランダム化比較試験(WHI:Women's Health Initiativeの関連研究)では、65歳以上で開始したHRTで認知症のリスクがむしろ上がった。このため現在は、認知症の予防や治療を目的としたHRTは推奨されていない。とはいえ、認知症の存在そのものはエストロゲン投与の禁忌には含まれない。
- ×b. うつ病
禁忌ではない。閉経周辺期(更年期)には、エストロゲンの変動に関連して抑うつ気分がみられることがある。この時期のうつ症状には、ERT・HRTで気分の改善が期待できる場合がある。ただし、中等症以上のうつ病の治療の中心は抗うつ薬と精神療法であり、HRTは補助的な位置づけである。いずれにしても、うつ病はエストロゲン投与の禁忌ではない。
- ×c. 骨粗鬆症
禁忌ではなく、むしろ適応の一つである。エストロゲンは破骨細胞の分化・活性化を抑え、骨吸収を抑制する。閉経後はこの作用が失われて骨吸収が骨形成を上回るため、骨量が急速に減少する(閉経後骨粗鬆症)。HRTは骨密度を上げ、大腿骨近位部骨折や椎体骨折を減らすことが示されている。ただし血栓症や乳癌のリスクを考慮し、骨粗鬆症の治療薬としては、ビスホスホネート製剤や選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)などが優先されることが多い。
- ×d. 脂質異常症
禁忌ではない。閉経後はエストロゲンの低下によってLDLコレステロールが上昇しやすく、脂質異常症が増える。エストロゲンは肝臓のLDL受容体を増やしてLDLコレステロールを下げ、HDLコレステロールを上げるため、脂質プロファイルの改善が期待できる。ただし経口のエストロゲンは、肝臓での中性脂肪の合成を促して中性脂肪(トリグリセリド)を上昇させる。このため高トリグリセリド血症の患者には、慎重に投与するか経皮製剤を選ぶ。
- ○e. 静脈血栓症
禁忌であり、これが正解である。エストロゲン、特に経口製剤は、肝臓での凝固因子(第II・VII・X因子やフィブリノゲンなど)の産生を増やす。同時に、凝固を抑えるアンチトロンビンやプロテインSを減らして凝固能を亢進させる。このため深部静脈血栓症や肺塞栓症のリスクが上がる。HRTのリスクは開始後早期、特に最初の1年に高いとされる。現在あるいは過去に急性血栓性静脈炎や静脈血栓塞栓症のある患者は、HRTの禁忌である。経皮製剤は肝臓での初回通過効果を受けにくく、血栓リスクは経口製剤より低いとされるが、禁忌の扱いは変わらない。
HRTの主な禁忌(わが国のHRTガイドラインに準拠した要点)
・重度の活動性肝疾患 ・現在の乳癌およびその既往 ・現在の子宮内膜癌、低悪性度子宮内膜間質肉腫 ・原因不明の不正性器出血 ・妊娠が疑われる場合 ・急性血栓性静脈炎または静脈血栓塞栓症とその既往 ・心筋梗塞および冠動脈に動脈硬化性病変の既往 ・脳卒中の既往
慎重投与の例
子宮内膜癌の既往、卵巣癌の既往、肥満、60歳以上または閉経後10年以上経過してからの新規投与、血栓症のリスクをもつ女性、冠攣縮や微小血管狭心症の既往、慢性肝疾患、胆嚢炎・胆石症の既往、重症の高トリグリセリド血症、コントロール不良の糖尿病・高血圧、子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症の既往、片頭痛、てんかん、急性ポルフィリン症、全身性エリテマトーデス(SLE)など。
HRTの主な有益性とリスク
有益性:血管運動神経症状の改善、骨量減少・骨折の予防、泌尿生殖器の萎縮症状(閉経関連泌尿生殖器症候群:GSM)の改善、脂質代謝(LDL低下・HDL上昇)の改善。 リスク:静脈血栓塞栓症、脳卒中、乳癌(黄体ホルモン併用で長期投与した場合に増える)、エストロゲン単独投与での子宮内膜癌(子宮がある場合は黄体ホルモンを併用して予防する)、胆嚢疾患。
タイミング仮説
閉経から10年以内、または60歳未満で開始した場合は、有益性がリスクを上回りやすいとされる。逆に高齢になってから開始すると、心血管疾患や認知症のリスクが上がりうる。
POINT
・エストロゲン(特に経口)は肝臓で凝固因子を増やし、静脈血栓塞栓症のリスクを上げる → 静脈血栓症は禁忌 ・HRTの主な禁忌:乳癌、子宮内膜癌、原因不明の不正性器出血、静脈血栓塞栓症、心筋梗塞・冠動脈疾患、脳卒中の既往、重度の活動性肝疾患、妊娠 ・骨粗鬆症・脂質異常症(LDL高値)はエストロゲンで改善が期待できる ・経口エストロゲンは中性脂肪を上げるので、高TG血症では注意する ・子宮のある女性には黄体ホルモンを併用する(子宮内膜癌の予防)
