水は増えても尿は減る―卵巣過剰刺激症候群を「血管の漏れ」から読み解く
第101回医師国家試験 F問題 第51問
国試問題にチャレンジ
卵巣過剰刺激症候群でみられないのはどれか。
- a.多尿
- b.腹水貯留
- c.血液濃縮
- d.凝固能亢進
- e.低蛋白血症
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
卵巣過剰刺激症候群は、排卵誘発後のhCG刺激で腫大した卵巣からVEGFなどが放出され、全身の血管透過性が亢進して体液がサードスペースへ移動する医原性の病態です。その結果、腹水・胸水、血液濃縮(ヘマトクリット上昇)、アルブミン漏出による低蛋白血症、血液濃縮と高エストロゲン状態による凝固能亢進がみられます。一方、血管内は脱水となるため腎血流が低下して乏尿となり、多尿はみられません。治療では利尿薬を原則避け、輸液とアルブミンで循環を保ちつつ血栓予防を行い、予防にはGnRHアゴニストトリガーや全胚凍結が用いられます。「体内の水は多いが血管内は足りない」という視点は、ネフローゼや心不全など他の浮腫性疾患の理解にも通じる大切な考え方です。
解答・解説
正解はaです
卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome:OHSS)は、不妊治療で行う排卵誘発に伴う医原性の合併症である。排卵誘発剤、特にゴナドトロピン製剤(hMG・FSH製剤)で多数の卵胞が発育し、その後にhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)を投与したり、妊娠が成立して内因性のhCGが増えたりすると起こりやすい。
病態の流れ
1. 多数の卵胞がhCGの刺激を受けて黄体化し、卵巣が腫大する。卵巣からVEGF(血管内皮増殖因子)などの血管作動性物質が大量に放出される。 2. 全身の血管透過性が高まり、アルブミンを含む血漿成分が血管の外(腹腔・胸腔・間質)へ漏れ出す(サードスペースへの体液移動)。 3. その結果、次のような変化が起こる。 ・腹水・胸水・浮腫がたまる ・血管内の水分が減り、血液が濃縮する(ヘマトクリット上昇) ・アルブミンが失われ、低蛋白血症になる 4. 循環血液量が減ると腎血流が低下して乏尿となり、腎前性の急性腎障害をきたす。 5. 血液の濃縮と高エストロゲン状態が重なり、凝固能が高まって血栓症を起こしやすくなる。 このように、どの所見も「血管透過性亢進 → 血管内脱水」という一つの病態から説明できる。尿量は減少する方向に変化するため、「多尿」は本症の所見に合わない。
選択肢考察
- ○a. 多尿
OHSSでは多尿はみられないので、これが正解である。血漿成分が血管外へ移動して循環血液量が減ると、腎血流と糸球体濾過量が低下する。さらに、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系や抗利尿ホルモン(ADH)が働いてナトリウムと水を体内に保持しようとする。そのため尿量は減少し、乏尿(1日400mL未満)となる。重症例では腎前性の急性腎障害に進み、低ナトリウム血症や高カリウム血症を伴うこともある。尿量の減少と体重の増加は、重症化を示す重要なサインとして経過観察に用いられる。
- ×b. 腹水貯留
OHSSでみられる代表的な所見である。VEGFなどによって血管透過性が高まり、血漿成分が腹腔内に漏れ出して腹水がたまる。腹部膨満感、腹痛、悪心・嘔吐、体重増加で気づかれることが多い。重症例では胸水や心嚢液の貯留、全身の浮腫も加わり、呼吸困難をきたす。腹水の量は重症度を判定する主な指標の一つであり、腹部が強く張って呼吸や循環が障害される場合は腹水穿刺を行う。
- ×c. 血液濃縮
OHSSでみられる所見である。血漿成分が血管外へ移動するため、血管内に残った血液は濃縮され、ヘマトクリット値と白血球数が上昇する。ヘマトクリットは重症度判定や治療効果の評価に使われ、およそ45%以上では重症と判断される。血液濃縮は循環不全や腎機能障害、血栓症の要因となるため、輸液によって補正する。
- ×d. 凝固能亢進
OHSSでみられる所見である。凝固能が高まるのは、主に次の二つが重なるためである。一つは血液濃縮による血液粘稠度の上昇、もう一つは排卵誘発で血中エストロゲンが非常に高くなり、肝臓での凝固因子の産生が増えることである。これに安静臥床による血流の停滞が加わると、深部静脈血栓症や肺塞栓症、脳梗塞などの血栓塞栓症が起こりうる。血栓は上肢や頸部の静脈など、通常はまれな部位に生じることもある。OHSSで最も重篤な合併症の一つであり、重症例では抗凝固療法を検討する。
- ×e. 低蛋白血症
OHSSでみられる所見である。血管透過性の亢進によって、分子量の比較的小さいアルブミンが血管外へ漏れ出し、血清総蛋白と血清アルブミンが低下する。低アルブミン血症になると血漿の膠質浸透圧(水分を血管内に引き留める力)が下がるため、さらに体液が血管外へ移動しやすくなり、腹水・胸水・浮腫が悪化するという悪循環に陥る。治療では、循環血漿量を保つためにアルブミン製剤を投与することがある。
OHSSの危険因子
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、若年、やせ型、AMH(抗ミュラー管ホルモン)高値、胞状卵胞が多い、排卵誘発中の血中エストラジオールが高い、発育卵胞が多い、OHSSの既往、妊娠の成立(特に多胎妊娠)。
発症時期
hCGの投与後数日以内に起こる早発型と、妊娠成立に伴う内因性hCGの増加によって遅れて起こる遅発型がある。遅発型は重症化・長期化しやすい。
主な症状・所見
卵巣腫大、腹部膨満感、腹痛、悪心・嘔吐、体重増加、腹水・胸水、乏尿、ヘマトクリット上昇、白血球増加、低蛋白血症、電解質異常(低ナトリウム血症・高カリウム血症)、肝機能異常、血栓症。
治療
・軽症は外来で経過観察し、体重・腹囲・尿量を確認する ・中等症以上は入院し、輸液とアルブミン製剤で循環血漿量を保つ ・利尿薬は血管内脱水を悪化させるため、原則として安易に使わない ・呼吸や循環の障害があれば腹水穿刺・胸水穿刺を行う ・血栓予防として抗凝固療法を検討する ・腫大した卵巣は茎捻転や破裂を起こしうるので注意する
予防
・ゴナドトロピンを少量から慎重に使う ・GnRHアンタゴニスト法を採用し、卵胞を成熟させる最終段階(トリガー)にhCGの代わりにGnRHアゴニストを用いる ・得られた胚をすべて凍結し、その周期には移植しない(全胚凍結)ことで妊娠によるhCG上昇を避ける ・ドパミン作動薬(カベルゴリン)を投与する ・リスクが高い周期ではhCG投与を中止する(キャンセル)
POINT
・OHSSの本態は、VEGFなどによる血管透過性亢進で体液が血管外へ移動することである ・腹水・胸水、血液濃縮(Ht上昇)、低蛋白血症、凝固能亢進(血栓症)がみられる ・循環血液量の減少により尿は乏尿となり、多尿にはならない ・hCGの投与や妊娠の成立で増悪する。PCOSは高リスク ・利尿薬は原則として使わず、輸液・アルブミンで循環を保ち、血栓予防を行う
