山帰りの高熱と黒いかさぶた―つつが虫病にペニシリンが効かない理由
第100回医師国家試験 I問題 第40問
国試問題にチャレンジ
34歳の男性。2日前から39℃ の発熱,全身倦怠感,結膜充血および頭痛が生じ,同時に前胸部に発疹を認め,全身に拡大していくため来院した。2週前に植物採取のため山に行った。1週前に右大腿内側の有痛性紅斑に気付いた。右鼠径リンパ節の有痛性腫大を認める。血液生化学所見:AST 562U/L,ALT 720U/L。右大腿内側の紅斑の写真を別に示す。 適切な治療薬はどれか。

- a.免疫グロブリン製剤
- b.ペニシリン系抗菌薬
- c.テトラサイクリン系抗菌薬
- d.副腎皮質ステロイド薬
- e.非ステロイド性抗炎症薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
山野への立ち入りから1〜2週後に、高熱・全身の発疹・黒色痂皮を伴う刺し口がそろえばリケッチア症を疑い、刺し口の所属リンパ節の有痛性腫大や肝機能障害が目立てばつつが虫病(Orientia tsutsugamushi、ツツガムシ幼虫が媒介)を考えます。原因菌は細胞壁のペプチドグリカンをほとんど持たない偏性細胞内寄生菌のため、β-ラクタム系は無効で、細胞内移行性がよくタンパク合成を阻害するテトラサイクリン系(ミノサイクリン、ドキシサイクリン)が第一選択です。免疫グロブリン製剤、ステロイド、NSAIDsはいずれも原因治療になりません。治療が遅れるとDICや多臓器不全で死亡しうるため、疑った時点で確定診断を待たずに投与を開始し、4類感染症として直ちに届け出ます。曝露歴の問診と刺し口を探す全身診察、そして病原体の構造から薬剤を選ぶ考え方は、感染症診療全般に通じる基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・34歳の男性。2週前に植物採取のため山に入っている(野外活動歴) ・1週前に右大腿内側の有痛性紅斑に気付いた(写真では、紅斑の中心に黒い痂皮を伴う刺し口がみられる) ・2日前から39℃の発熱、全身倦怠感、結膜充血、頭痛があり、同時に前胸部から全身へ広がる発疹が出現した ・刺し口と同じ側の右鼠径リンパ節に有痛性の腫大がある(刺し口の所属リンパ節) ・AST 562U/L、ALT 720U/Lと肝障害を伴う
診断へのプロセス
山野に入ってから1〜2週後に「発熱・発疹・刺し口」の3つがそろうのは、ダニ媒介のリケッチア感染症の典型像である。わが国で問題となるのは、つつが虫病(原因:Orientia tsutsugamushi、媒介:ツツガムシの幼虫)と日本紅斑熱(原因:Rickettsia japonica、媒介:マダニ)である。 本例では、潜伏期がおよそ1〜2週間であること、刺し口が黒色痂皮を伴う比較的大きな病変であること、刺し口の所属リンパ節(鼠径リンパ節)が有痛性に腫れていること、肝機能障害を伴うことから、つつが虫病と考えられる。刺し口はツツガムシが吸着しやすい陰部・腋窩・大腿内側・腹部など、皮膚が柔らかく衣類で覆われた部位によくみられる。確定診断は、血清抗体価の上昇(間接蛍光抗体法など)や、痂皮・血液からのPCRによる病原体遺伝子の検出で行う。
設問の考え方
リケッチアやオリエンチアは細胞内に寄生する小さな細菌で、つつが虫病の原因菌であるO. tsutsugamushiには細胞壁のペプチドグリカンがほとんどない。そのため細胞壁合成を阻害するβ-ラクタム系薬は効かず、細胞内に移行しやすく細菌のタンパク合成を阻害するテトラサイクリン系抗菌薬(ミノサイクリン、ドキシサイクリン)が第一選択となる。つつが虫病は治療が遅れると播種性血管内凝固(DIC)や多臓器不全で死亡しうるため、臨床的に疑った時点で、確定診断を待たずにテトラサイクリン系を投与する。
選択肢考察
- ×a. 免疫グロブリン製剤
つつが虫病の治療に免疫グロブリン製剤は用いない。免疫グロブリン製剤は、川崎病の急性期治療、免疫性血小板減少症、ギラン・バレー症候群、低(無)ガンマグロブリン血症の補充療法などで使われる。また破傷風では抗破傷風ヒト免疫グロブリンを投与して毒素を中和する。病原体を殺す作用はないため、本症には適さない。
- ×b. ペニシリン系抗菌薬
ペニシリン系などのβ-ラクタム系薬は、細菌の細胞壁(ペプチドグリカン)の合成を阻害して効果を発揮する。つつが虫病の原因菌O. tsutsugamushiは細胞壁のペプチドグリカンをほとんど持たず、しかも細胞内で増えるため、β-ラクタム系薬は無効である。発熱患者に対して一般的なセフェム系・ペニシリン系を投与しても解熱しないことが、リケッチア症を疑うきっかけになることもある。
- ○c. テトラサイクリン系抗菌薬
テトラサイクリン系抗菌薬は細菌のリボソーム30Sサブユニットに結合してタンパク合成を阻害し、細胞内への移行性もよいため、細胞内寄生菌であるリケッチアやオリエンチアに有効である。つつが虫病の第一選択薬であり、わが国ではミノサイクリンがよく用いられ、ドキシサイクリンも使われる。適切に投与すれば多くは1〜2日で解熱する。歯の着色などの副作用からテトラサイクリン系を使いにくい妊婦などでは、アジスロマイシンなどのマクロライド系が代替薬となる。
- ×d. 副腎皮質ステロイド薬
副腎皮質ステロイド薬は病原体を排除する作用を持たず、むしろ免疫を抑えるため、感染症そのものの治療薬にはならない。つつが虫病でも通常は用いない。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や重い間質性肺炎などの合併症を起こした重症例で、抗菌薬に加えて使うことが検討される程度である。
- ×e. 非ステロイド性抗炎症薬
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は発熱や頭痛を和らげる対症療法として使うことはあるが、病原体に作用しないため原因治療にはならない。また、つつが虫病ではDICや血小板減少を合併しうるため、NSAIDsによる出血傾向や腎障害に注意が必要である。
つつが虫病の概要
・病原体:Orientia tsutsugamushi(かつてはリケッチア属に分類されていたが、現在はオリエンチア属として独立している)。偏性細胞内寄生菌である。 ・媒介:ツツガムシ(ダニの一種)の幼虫が、ヒトの皮膚に吸着して組織液を吸う際に感染する。 ・流行:古典型(アカツツガムシ)は現在ほとんどみられず、新型(タテツツガムシ・フトゲツツガムシ)が主体である。秋〜初冬と、地域により春〜初夏に多い。北海道などを除く全国で発生がある。 ・潜伏期:約5〜14日。 ・症状:高熱、頭痛、倦怠感、結膜充血、体幹を中心とした紅斑(かゆみは少ない)、刺し口(黒色痂皮を伴う潰瘍)、刺し口の所属リンパ節から始まる全身のリンパ節腫脹。 ・検査:AST・ALT・LDHの上昇、CRP上昇、血小板減少。重症化すると肺炎、髄膜脳炎、DIC、多臓器不全をきたす。 ・診断:間接蛍光抗体法などによる血清抗体価の上昇(IgMの検出やペア血清での上昇)、痂皮や血液からのPCR。 ・届出:感染症法の4類感染症であり、診断した医師は直ちに届け出る。 ・治療:テトラサイクリン系(ミノサイクリン、ドキシサイクリン)が第一選択。代替としてマクロライド系(アジスロマイシン)など。クロラムフェニコールも有効である。β-ラクタム系・アミノグリコシド系は無効。
日本紅斑熱との比較
・病原体:Rickettsia japonica。媒介はマダニ。西日本(太平洋側)に多く、春〜秋に発生。 ・潜伏期:2〜8日とつつが虫病よりやや短い。 ・刺し口:つつが虫病より小さいことが多い。 ・発疹:四肢末梢(手掌を含む)にも目立ち、出血性になることがある。 ・所属リンパ節腫脹:つつが虫病ほど目立たない。 ・治療:テトラサイクリン系が第一選択で、重症例ではニューキノロン系の併用も行われる。
ダニが媒介する他の感染症
重症熱性血小板減少症候群(SFTS:マダニ媒介のウイルス感染症。発熱・消化器症状・血小板減少・白血球減少。致死率が高い)、ライム病(ボレリア。遊走性紅斑)など。野外活動歴のある発熱患者では、これらも鑑別に挙げる。
POINT
・野外活動歴+発熱+発疹+刺し口(黒色痂皮)→ リケッチア症(つつが虫病、日本紅斑熱)を疑う。 ・つつが虫病:Orientia tsutsugamushi、ツツガムシ幼虫が媒介、刺し口の所属リンパ節の有痛性腫大、肝機能障害。 ・治療はテトラサイクリン系(ミノサイクリン、ドキシサイクリン)。β-ラクタム系は無効。 ・重症化するとDICや多臓器不全で死亡しうるため、疑った時点で確定診断を待たずに治療を始める。 ・4類感染症として直ちに届出が必要。
