「まだ太っている」と言う34kgの体―飢餓が体温を下げるしくみ
第100回医師国家試験 I問題 第32問
国試問題にチャレンジ
18歳の女子。体重減少を心配する母に付き添われて来院した。14歳のとき友人から「あなたは太っている」と言われ悩んでいた。半年前から食事の量が減り,現在までに体重が12kg減少した。患者は活動的であり,まだ太り過ぎていると考えている。3か月前からは月経がない。身長164cm,体重34kg。 この疾患でみられるのはどれか。
- a.多汗
- b.多毛
- c.頻脈
- d.低体温
- e.高血圧
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
やせているのに太っていると感じるボディイメージの障害、過活動、無月経を伴う若年女性の著しい低体重は、神経性やせ症(神経性食思不振症)を考えます。極度の飢餓に対する適応として低T3症候群や交感神経活動の低下が起こり、代謝が落ちるため、低体温・徐脈・低血圧が代表的な身体所見となります。多汗・頻脈・高血圧は代謝亢進を示す逆の所見であり、体毛の変化は産毛(lanugo)の密生で、アンドロゲン過剰による多毛とは区別します。治療では急激な再栄養によるリフィーディング症候群(低P血症など)に注意し、栄養療法と精神療法を組み合わせます。「飢餓への省エネ適応」という視点で病態を理解しておくと、検査所見や合併症まで一貫して整理できます。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・18歳の女子。14歳のとき友人から太っていると言われて悩んだという、体型に関するきっかけがある。 ・半年前から食事量が減り、12kg(元の体重約46kgの4分の1以上)減少した。 ・現在の身長164cm、体重34kgで、BMI(体格指数=体重kg÷身長mの2乗)は34÷(1.64×1.64)≒12.6と著しい低体重である(標準体重を基準にしても約6割)。 ・これほどやせているにもかかわらず、本人は「まだ太り過ぎている」と考えている(ボディイメージの障害)。 ・活動的である(やせのわりに活動性が保たれ、むしろ過活動になりやすい)。 ・3か月前から無月経がある。 ・受診は本人の希望ではなく、心配した母に付き添われてのものであり、病識の乏しさがうかがえる。
診断へのプロセス
思春期〜青年期の女性で、摂食制限による著しい低体重、体重増加や肥満への強い恐怖、やせているのに太っていると感じるボディイメージの歪み、無月経、過活動がそろっており、神経性やせ症(神経性食思不振症、anorexia nervosa)と診断できる。器質的疾患(甲状腺機能亢進症、糖尿病、悪性腫瘍、炎症性腸疾患、下垂体機能低下症など)によるやせや、うつ病による食欲低下との鑑別は必要だが、本例のように体重への強いこだわりと活動性の保持があれば本症が考えやすい。
設問の考え方
極度の飢餓状態では、体はエネルギー消費を抑える方向へ適応する。甲状腺ホルモンのうち活性型のT3が低下し(低T3症候群)、交感神経の活動も抑えられるため、代謝が落ちて「低体温・徐脈・低血圧」が出現する。したがって、代謝亢進や交感神経亢進を示す所見(多汗・頻脈・高血圧)は本症では逆の所見になる。
選択肢考察
- ×a. 多汗
多汗は、甲状腺機能亢進症や褐色細胞腫のように代謝や交感神経活動が亢進した状態、低血糖発作、更年期障害などでみられる。神経性やせ症では基礎代謝が低下し熱産生が減るため、発汗はむしろ少なくなり、皮膚は乾燥しやすい。
- ×b. 多毛
一般に多毛とは、男性型の硬く太い毛が増える状態を指し、Cushing症候群、多嚢胞性卵巣症候群、先天性副腎過形成など、アンドロゲン(男性ホルモン)が過剰となる病態でみられる。神経性やせ症でみられるのは、背部や四肢などに細く柔らかい産毛(うぶ毛、lanugo)が密生する変化であり、アンドロゲン過剰による多毛とは性質が異なる。一方で頭髪は抜けやすくなる。本症の特徴として最も適切なのは低体温であり、多毛は選ばない。
- ×c. 頻脈
神経性やせ症では代謝の低下と迷走神経(副交感神経)優位の状態により、安静時徐脈(しばしば50/分未満、重症では40/分未満)となる。頻脈は甲状腺機能亢進症、貧血、発熱、脱水、パニック障害など交感神経が刺激される状態でみられる。ただし本症でも、低K血症などによる不整脈や再栄養期の心不全で頻脈を呈することがあり、その場合は危険な徴候である。
- ○d. 低体温
著しい低栄養に対する適応として、T3の低下(低T3症候群)などにより基礎代謝が低下し、熱産生が減る。加えて皮下脂肪が減少して断熱作用も失われるため、体温は35℃台まで下がることが多い。手足の冷感や寒がりもよくみられる。低体温は、徐脈・低血圧とともに本症の代表的な身体所見である。
- ×e. 高血圧
神経性やせ症では代謝の低下、循環血液量の減少、交感神経活動の低下により低血圧(収縮期90mmHg未満のことも多い)となり、起立性低血圧もみられやすい。高血圧は本症の所見ではない。緊張や不安が強い状態では白衣高血圧のように一時的に血圧が上がることはあるが、これは本症の特徴とは関係しない。
神経性やせ症(神経性食思不振症)の概要
・10歳代〜20歳代前半の女性に多い摂食障害である。精神疾患のなかでも死亡率が高く、死因は低栄養による合併症(不整脈、感染症、低血糖など)と自殺である。 ・DSM-5の診断の要点: ①必要量に比べてエネルギー摂取を制限し、年齢・身長に比べて有意に低い体重に至る、②体重増加や肥満への強い恐怖、または体重増加を妨げる持続的な行動、③体重・体型の感じ方の障害、自己評価への過度の影響、または低体重の深刻さの否認。かつての診断基準(DSM-IV)では無月経が必須項目だったが、DSM-5では削除された。 ・病型: 摂食制限型と、過食・排出型(自己誘発性嘔吐や下剤・利尿薬の乱用を伴う)がある。 ・病識が乏しく、本人は受診を望まないことが多い。過活動、食物への強いこだわり、完璧主義的な性格傾向がみられる。
身体所見と検査所見
・バイタル: 低体温、徐脈、低血圧 ・皮膚・毛: 産毛の密生、皮膚乾燥、柑皮症(カロテンの蓄積による手掌・足底の黄染)、脱毛。嘔吐を繰り返す例では手背の吐きだこ(Russell徴候)、唾液腺(耳下腺)腫脹、歯のエナメル質の侵食 ・内分泌: 視床下部性の無月経(LH・FSH・エストロゲン低下)、低T3症候群(T3低下、TSHは正常)、コルチゾール高値、成長ホルモン高値 ・血液・生化学: 汎血球減少、低血糖、高コレステロール血症、肝酵素上昇。過食・排出型では嘔吐による低K血症・代謝性アルカローシス ・その他: 骨粗鬆症、浮腫(特に再栄養時)、便秘
治療と注意点
・栄養療法と精神療法(認知行動療法、家族療法など)を組み合わせる。 ・著しい低体重では入院を検討する。急激な栄養補給では、低P血症を中心とした電解質異常、心不全、不整脈などを起こすリフィーディング症候群に注意し、少量から段階的に増量する。
POINT
・やせているのに太っていると考える、活動的、無月経の若年女性は神経性やせ症を考える。 ・飢餓への適応で代謝が低下し、低体温・徐脈・低血圧をきたす(多汗・頻脈・高血圧は逆の所見)。 ・体毛は産毛(lanugo)の密生であり、アンドロゲン過剰による多毛とは区別する。 ・内分泌では低T3症候群、低ゴナドトロピン性無月経が特徴である。 ・再栄養時のリフィーディング症候群(低P血症)に注意する。
