タバコは痰を減らす?―喫煙が気道から肺胞まで壊していく道筋
第100回医師国家試験 G問題 第78問
国試問題にチャレンジ
長期喫煙の影響で誤っているのはどれか。
- a.気道分泌を抑制する。
- b.末梢気道を障害する。
- c.肺のガス交換を障害する。
- d.気管支喘息を増悪させる。
- e.発癌のリスクを高める。
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
長期喫煙は、中枢気道では杯細胞過形成と気管支腺肥大によって粘液分泌を増やし、線毛機能の低下と相まって慢性の咳・痰(慢性気管支炎)を生じるため、「気道分泌を抑制する」は誤りです。末梢気道には早期から炎症・線維化による狭窄が起こり、肺胞ではプロテアーゼとアンチプロテアーゼの不均衡によって気腫化が進み、肺拡散能の低下などガス交換障害をきたします。これらが合わさった病態がCOPDで、その最大の危険因子が喫煙です。喫煙は気管支喘息を増悪させて吸入ステロイドの効果も弱め、多数の発癌物質によって肺癌(特に扁平上皮癌・小細胞癌)をはじめ多臓器の癌リスクを高めます。気道から肺胞まで部位ごとに影響を整理しておくと、COPDの病態理解や禁煙指導の説得力ある説明にそのまま役立ちます。
解答・解説
正解はaです
長期喫煙が呼吸器に及ぼす影響を、気道・肺胞・発癌の各側面から整理できるかを問う問題である。「誤っているのはどれか」という形式なので、喫煙の影響として事実と異なる記述を選ぶ。 タバコの煙には数千種類の化学物質が含まれ、そのうち数十種類は発癌物質である。煙を長期間吸い込むと、次のような変化が段階的に起こる。 ・中枢気道:刺激に反応して杯細胞(粘液を分泌する細胞)が増え、気管支腺が肥大して、粘液の分泌が増える。同時に線毛の働きが低下して痰を排出しにくくなり、慢性の咳・痰(慢性気管支炎)が生じる。 ・末梢気道(内径2mm未満の細い気管支・細気管支):炎症、壁の線維化、粘液栓などで内腔が狭くなる。 ・肺胞:好中球やマクロファージが出すプロテアーゼ(蛋白分解酵素)と、それを抑えるα1-アンチトリプシンなどとのバランスが崩れ、肺胞壁が壊れて気腫化する(肺気腫)。その結果、ガス交換に使える面積が減り、肺拡散能(DLco)が低下する。 ・これらの気流閉塞と肺胞破壊が合わさった病態が慢性閉塞性肺疾患(COPD)であり、COPDの最大の危険因子は喫煙である。 ・そのほか、気道炎症を強めるため気管支喘息を悪化させ、発癌物質により肺癌をはじめ多くの癌のリスクを高める。 したがって、気道分泌は抑制されるのではなく「増える」のであり、aが誤りである。
選択肢考察
- ○a. 気道分泌を抑制する。
誤った記述であり、これが正解である。長期喫煙では、煙の刺激によって気道上皮の杯細胞が増え(杯細胞過形成)、気管支腺(粘膜下腺)が肥大するため、粘液の産生はむしろ増加する。加えて、線毛の運動が障害されて粘液線毛クリアランス(痰を喉の方へ運び出す仕組み)が低下するため、粘液が気道にたまりやすくなる。これが喫煙者に慢性の咳や痰が多い理由であり、痰の出る咳が年に3か月以上、2年以上連続して続くものは慢性気管支炎と定義される。
- ×b. 末梢気道を障害する。
正しい記述である。喫煙による炎症は、内径2mm未満の末梢気道(細気管支)に早い段階から起こる。炎症細胞の浸潤、気道壁の線維化・肥厚、粘液栓、周囲の肺胞の破壊による気道を外側から引っ張る力(牽引)の低下などにより、末梢気道は狭くなったりつぶれやすくなったりする。末梢気道は全体の気道抵抗に占める割合が小さいため、初期には通常の呼吸機能検査で異常が出にくく、「サイレントゾーン」とも呼ばれる。末梢気道の閉塞はCOPDにおける気流閉塞の主要な原因の一つである。
- ×c. 肺のガス交換を障害する。
正しい記述である。喫煙により肺胞壁が破壊されて気腫化(肺気腫)すると、酸素と二酸化炭素を交換する肺胞の表面積や、肺胞を取り巻く毛細血管床が失われる。さらに末梢気道の閉塞によって換気と血流のバランス(換気血流比)が崩れる。これらによりガス交換が障害され、肺拡散能(DLco)の低下や低酸素血症を生じ、進行すると高二酸化炭素血症もきたす。また、喫煙で吸い込む一酸化炭素がヘモグロビンと結合する(一酸化炭素ヘモグロビン)ことも、組織への酸素運搬を妨げる。
- ×d. 気管支喘息を増悪させる。
正しい記述である。喫煙は気道の炎症と気道過敏性を高めるため、気管支喘息の発作や増悪の誘因となる。また、喫煙者の喘息では吸入ステロイド薬の効果が弱まる(ステロイド抵抗性)ことが知られており、症状のコントロールが難しくなる。能動喫煙だけでなく受動喫煙も、とくに小児喘息の発症・増悪の危険因子である。喘息とCOPDの特徴を併せもつ病態(asthma-COPD overlap:ACO)も喫煙者でみられる。
- ×e. 発癌のリスクを高める。
正しい記述である。タバコの煙には、タールに含まれるベンゾ[a]ピレンなどの多環芳香族炭化水素や、タバコ特異的ニトロソアミンなど、多数の発癌物質が含まれている。肺癌(特に扁平上皮癌と小細胞癌で喫煙との関連が強い)のほか、口腔・咽頭・喉頭・食道・胃・膵臓・肝臓・腎盂尿管・膀胱・子宮頸部などの癌や、急性骨髄性白血病のリスクも高まる。喫煙量と喫煙期間を掛け合わせた指標として喫煙指数(1日の本数×喫煙年数、Brinkman指数)やpack-years(1日の箱数×年数)が用いられ、値が大きいほどリスクが高い。
喫煙が健康に及ぼす主な影響
・呼吸器:COPD(慢性気管支炎・肺気腫)、気管支喘息の増悪、肺癌、特発性肺線維症・剝離性間質性肺炎・呼吸細気管支炎関連間質性肺疾患などの間質性肺疾患、気胸。 ・循環器:動脈硬化の促進による虚血性心疾患・脳卒中・大動脈瘤・末梢動脈疾患。閉塞性血栓血管炎(Buerger病)は喫煙との関連が特に強い。 ・消化器:消化性潰瘍、Crohn病の悪化(一方、潰瘍性大腸炎は非喫煙者に多い)。 ・妊娠:低出生体重児、早産、常位胎盤早期剝離、前置胎盤、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスク上昇。 ・その他:歯周病、骨粗鬆症、白内障など。
COPDの病態のポイント
・中枢気道:杯細胞過形成・気管支腺肥大による粘液過分泌。 ・末梢気道:炎症・線維化による狭窄。 ・肺胞:プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡と酸化ストレスによる肺胞壁破壊(気腫)。 ・呼吸機能検査:気管支拡張薬吸入後の1秒率(FEV1/FVC)が70%未満で気流閉塞と判定する。肺気腫優位型では肺拡散能が低下する。 ・最も有効な治療・予防は禁煙である。
受動喫煙
副流煙には主流煙より多くの有害物質が含まれるものがある。わが国では健康増進法の改正(2020年全面施行)により、多数の人が利用する施設での原則屋内禁煙が定められた。
POINT
・喫煙により気道分泌は「亢進」する(杯細胞過形成・気管支腺肥大)。線毛機能は低下し、痰がたまりやすい。 ・喫煙は末梢気道障害・肺胞破壊(気腫)を起こし、ガス交換(肺拡散能)を低下させる → COPDの最大の危険因子。 ・喫煙は気管支喘息の増悪因子であり、吸入ステロイドの効果も弱める。 ・タバコ煙には多数の発癌物質が含まれ、肺癌(扁平上皮癌・小細胞癌)をはじめ多臓器の癌リスクを高める。
