まばたきから「くそ」まで―叱ってはいけないTourette症候群の正しい向き合い方
第100回医師国家試験 F問題 第6問
国試問題にチャレンジ
9歳の男児。異常な行動のため来院した。1年3か月前に転校したときからまばたきを頻繁にするようになり,1年前からは,更に頭を振ったり,肩をゆすったりするようになった。10か月前から「あー」,「うー」などと意味のないことを言い,最近は授業中にも「くそ」,「ばか」,「死ね」などと独り言を言うようになった。 対応として適切なのはどれか。
- a.転校を勧める。
- b.言語療法を行う。
- c.異常行動を自制させる。
- d.ジアゼパムを投与する。
- e.ハロペリドールを投与する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
多彩な運動チックと1つ以上の音声チックが18歳未満で発症し、1年以上続く場合はTourette症候群と診断され、汚言症は複雑音声チックの一つですが診断に必須ではありません。対応の基本は、本人・家族・学校に神経発達の問題であることを説明し、叱ったり自制を強いたりしないこと、そして転校など大きな環境変化を避けることです。症状が多彩で長期に及び日常生活に支障をきたす場合は、ドパミンD2受容体遮断作用をもつハロペリドールやアリピプラゾールなどの抗精神病薬が薬物療法の中心となり、錐体外路症状などの副作用に注意します。抗不安薬や言語療法はチックそのものには有効ではありません。ADHDや強迫症の併存も多いため、チックだけでなく子どもの生活全体を見て支援する姿勢が求められます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・9歳の男児。1年3か月前の転校(環境変化・心理的ストレス)を契機に症状が始まっている。 ・頻回のまばたき → 頭を振る、肩をゆする:突発的・急速・反復的で非律動的な運動であり、運動チックである。まばたきから始まり、顔面→頸部→肩へと部位が広がっていくのはチックの典型的な経過である。 ・「あー」「うー」など意味のない発声:単純音声チック。 ・「くそ」「ばか」「死ね」など社会的に不適切な言葉を口走る:汚言症(coprolalia)と呼ばれる複雑音声チック。
診断へのプロセス
チック症は症状の種類と持続期間で分類される。DSM-5では、18歳未満で発症し、多彩な運動チックと1種類以上の音声チックの両方が(必ずしも同時でなくてよい)経過中にみられ、最初のチック発症から1年以上続くものをTourette症(Tourette症候群)と診断する。本症例は複数の運動チックと音声チックがあり、発症から1年以上経過しているので、Tourette症候群と診断できる。
設問の考え方
チックへの対応の基本は、本人・家族・学校への疾患の説明(本人の意思や性格・しつけの問題ではなく神経発達の問題であること、叱ったり止めさせたりしないこと)と環境調整である。そのうえで、Tourette症候群のように症状が多彩で長期に及び、学校生活など日常生活に支障をきたしている場合には薬物療法の適応となる。薬物療法の中心はドパミンD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬であり、選択肢の中ではハロペリドールが該当する。
選択肢考察
- ×a. 転校を勧める。
本症例は転校を契機に発症しており、再度の転校は新たな環境変化という心理的ストレスとなり、むしろ症状を悪化させるおそれがある。いじめなど教育環境に重大な問題がない限り転校は必要なく、現在の学校で担任などに疾患を理解してもらい、周囲の受け入れを整えるほうが有益である。
- ×b. 言語療法を行う。
言語療法(言語聴覚療法)は構音障害、吃音、言語発達遅滞などに対して行われるものである。音声チックは発語・言語機能の障害ではなく、大脳基底核を含む神経回路の異常による不随意な発声であるため、言語療法では改善しない。
- ×c. 異常行動を自制させる。
チックは短時間であればある程度意識的に抑えられることがあるが、抑え込むと内的な緊張や不快感が高まり、あとで反動的に出現しやすい。周囲が注意したり叱ったりして止めさせようとすると、本人がチックを意識しすぎてストレスとなり、かえって悪化することが多い。したがって自制を強いる対応は不適切である。なお、近年行われるチックへの包括的行動介入(CBIT:チックの前兆に気付き、それと両立しない動作で置き換えるハビットリバーサル法などを含む)は専門家の指導下で行う治療法であり、単に「自制させる」こととは異なる。
- ×d. ジアゼパムを投与する。
ジアゼパムはベンゾジアゼピン系の抗不安薬であり、チックそのものに対する有効性は乏しい。チックに伴う不安や緊張が強い場合に補助的に使われることはあるが、本症例の治療の中心とはならない。また小児では眠気、ふらつき、依存形成、奇異反応(かえって興奮する)などにも注意が必要である。
- ○e. ハロペリドールを投与する。
Tourette症候群では線条体のドパミン神経伝達の過剰が病態に関与すると考えられており、ドパミンD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬がチックを抑制する。ハロペリドールはその代表薬で、チックへの有効性が確立しており、少量から開始して漸増する。本症例は運動・音声チックが1年以上続き、授業中にも汚言が出て学校生活に支障をきたしているので、薬物療法の適応である。ただし錐体外路症状(急性ジストニア、アカシジアなど)、眠気、体重増加などの副作用に注意が必要で、近年は副作用が比較的少ないアリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬も用いられる。効果が乏しい場合は児童精神科など専門医へ紹介する。
チックの分類
・単純運動チック:まばたき、顔しかめ、首振り、肩すくめなど。 ・複雑運動チック:跳びはねる、物や人に触る、他人の動作をまねる(反響動作)など。 ・単純音声チック:咳払い、鼻鳴らし、「あっ」「うっ」などの発声。 ・複雑音声チック:汚言症(卑猥・攻撃的な言葉)、反響言語(他人の言葉を繰り返す)、反復言語(自分の言葉を繰り返す)など。
DSM-5によるチック症の分類
・暫定的チック症:運動チックまたは音声チック(あるいは両方)があり、持続が1年未満。 ・持続性(慢性)運動または音声チック症:運動チックか音声チックのどちらか一方のみが1年以上持続。 ・Tourette症:多彩な運動チックと1つ以上の音声チックが、経過中のある時点で両方みられ、1年以上持続。 いずれも18歳未満の発症が条件である。
Tourette症候群の特徴
・男児に多く(男女比はおよそ3〜4:1)、発症は4〜6歳前後の運動チックが多い。10〜12歳頃に症状のピークを迎え、思春期以降に軽快することが多い。 ・症状は緊張・興奮・疲労で増悪し、何かに集中しているときや睡眠中には減少する。 ・汚言症は診断に必須ではなく、みられるのは一部の患者(1〜2割程度)である。 ・注意欠如・多動症(ADHD)、強迫症を高率に併存し、日常生活上の困難はむしろ併存症によることも多い。
治療
・心理教育と環境調整:本人・家族・学校に病態を説明し、叱責しないよう理解を求める。軽症のチックはこれだけで経過観察とすることが多い。 ・行動療法:チックへの包括的行動介入(CBIT)など。 ・薬物療法:ハロペリドール、ピモジド、アリピプラゾール、リスペリドンなどの抗精神病薬。α2アドレナリン受容体作動薬(クロニジン、グアンファシン)も用いられ、ADHD併存例で選択されることがある。
POINT
・複数の運動チック+音声チック、1年以上持続、18歳未満発症 → Tourette症候群。 ・汚言症(「くそ」「ばか」など)は複雑音声チックだが、診断に必須ではない。 ・チックを叱ったり無理に止めさせたりしない。転校など環境の大きな変化は避ける。 ・日常生活に支障がある場合の薬物療法はドパミンD2受容体遮断薬(ハロペリドール、アリピプラゾールなど)。 ・ADHD、強迫症の併存が多い。
