吸うとき胸の中はどうなっている?―陰圧から読み解く呼吸生理の基本5題
第100回医師国家試験 E問題 第9問
国試問題にチャレンジ
正しいのはどれか。
- a.成人の肺活量は500mLである。
- b.残気量は加齢とともに減少する。
- c.吸気時胸腔内圧は大気圧より低い。
- d.肺の血流量は立位より臥位で減少する。
- e.アドレナリンは気管支平滑筋を収縮させる。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
安静呼吸中の胸腔内圧は、胸郭が広がろうとする力と肺が縮もうとする力のつり合いで常に大気圧より低く、吸気時には胸郭の拡張によりさらに陰圧が強まって空気が肺に流入します。500mLは1回換気量の目安であり、成人の肺活量は男性3,000〜4,000mL、女性2,000〜3,000mL程度です。加齢では肺の弾性収縮力低下とエアトラッピングにより残気量が増加し、肺活量は低下します。臥位では静脈還流が増えて肺血流量が増加し、これが左心不全の起座呼吸の背景となります。アドレナリンはβ2受容体を介して気管支を拡張させ、収縮はアセチルコリン(M3受容体)などが担うため、これらの基本生理は気胸・心不全・喘息・アナフィラキシーなどの病態と治療を理解する土台となります。
解答・解説
正解はcです
呼吸生理の基本事項(肺気量分画、加齢変化、胸腔内圧、体位と肺循環、自律神経による気道平滑筋の調節)をまとめて問う一般問題である。
考え方
各選択肢はそれぞれ独立した知識を扱っているため、1つずつ標準的な生理学の知識と照らし合わせて判定する。 ・肺活量:成人の標準値は1回換気量(約500mL)よりはるかに大きい。 ・残気量:加齢で肺の弾性収縮力が低下すると、吐き切れずに残る空気は増える方向に変化する。 ・胸腔内圧:安静呼吸では呼気・吸気を通じて大気圧より低い(陰圧)状態が保たれ、吸気時にはさらに陰圧が強まる。 ・体位と肺血流:臥位では下肢などに貯留していた血液が心臓へ戻りやすくなり、右心拍出量すなわち肺血流量は増える。 ・アドレナリン:β2受容体を介して気管支平滑筋を弛緩させ、気管支を拡張する。 以上から、正しいのは「吸気時胸腔内圧は大気圧より低い」である。
選択肢考察
- ×a. 成人の肺活量は500mLである。
500mLは安静時の1回換気量(1回の呼吸で出入りする空気の量)の目安であり、肺活量ではない。肺活量(VC: vital capacity)は最大吸気位から最大呼気位まで吐き出せる空気の量で、1回換気量+予備吸気量+予備呼気量に相当する。成人の標準値はおおむね男性3,000〜4,000mL、女性2,000〜3,000mL程度で、身長・年齢・性別によって変わる。
- ×b. 残気量は加齢とともに減少する。
残気量(RV: residual volume)は最大限に息を吐いた後も肺内に残る空気の量であり、加齢とともに増加する。加齢により肺胞壁の弾性線維が減り肺の弾性収縮力が低下すると、呼気時に末梢の細い気道が早く閉塞しやすくなり(エアトラッピング)、空気を吐き切れなくなるためである。一方、全肺気量はほぼ不変のため、肺活量は加齢とともに減少し、残気量/全肺気量比は上昇する。
- ○c. 吸気時胸腔内圧は大気圧より低い。
胸腔内圧(胸膜腔内圧)は、外向きに広がろうとする胸郭と内向きに縮もうとする肺の弾性がつり合うことで、安静呼吸中は常に大気圧より低い(陰圧)。安静呼気終末でおよそ−5cmH2O、吸気時には横隔膜や外肋間筋の収縮で胸郭が広がるためさらに低下し、安静吸気終末でおよそ−8cmH2O程度になる。この陰圧の増大によって肺が引き伸ばされ、肺胞内圧が大気圧より低くなって空気が流入する。したがって本記述は正しい。なお、強い努力呼気や咳嗽時には胸腔内圧が大気圧を上回ることがある。
- ×d. 肺の血流量は立位より臥位で減少する。
記述は逆であり、臥位では肺血流量は立位より増加する。立位では重力により下半身の静脈に血液が貯留し、静脈還流量が減る。臥位になると下肢や腹部に貯留していた血液が心臓へ戻り、静脈還流量が増えるため、右心室から肺へ送り出される血液量(肺血流量)が増加する。また臥位では重力による肺尖部と肺底部の血流差(立位でみられる上下の不均等分布)も小さくなる。起座呼吸が左心不全で出現するのは、臥位での静脈還流増加が肺うっ血を悪化させるためである。
- ×e. アドレナリンは気管支平滑筋を収縮させる。
アドレナリンは気管支平滑筋にあるβ2受容体を刺激し、細胞内のcAMP(環状アデノシン一リン酸)を増やして平滑筋を弛緩させる。その結果、気管支は拡張する。このため、アナフィラキシーによる気管支攣縮の治療にアドレナリン筋注が用いられ、気管支喘息ではβ2刺激薬が気管支拡張薬として使われる。気管支平滑筋を収縮させるのは副交感神経(迷走神経)から放出されるアセチルコリン(ムスカリンM3受容体を介する)やヒスタミン、ロイコトリエンなどである。
肺気量分画
・1回換気量(TV):安静呼吸1回あたり約500mL ・予備吸気量(IRV):安静吸気位からさらに吸い込める量 ・予備呼気量(ERV):安静呼気位からさらに吐き出せる量 ・残気量(RV):最大呼気後も肺に残る量(約1,000〜1,500mL) ・肺活量(VC)=TV+IRV+ERV ・機能的残気量(FRC)=ERV+RV ・全肺気量(TLC)=VC+RV 残気量と機能的残気量はスパイロメトリーだけでは測定できず、ヘリウム希釈法や体プレチスモグラフ法で求める。
加齢による呼吸機能の変化
・肺の弾性収縮力低下 → 残気量・機能的残気量は増加 ・肺活量、1秒量、1秒率は低下 ・動脈血酸素分圧(PaO2)は低下する(換気血流比の不均等が増すため) ・全肺気量はほぼ不変
胸腔内圧と呼吸
胸腔内は通常陰圧であり、気胸で胸腔に空気が入ると陰圧が失われ、肺は自らの弾性で虚脱する。吸気時に胸腔内圧がさらに下がると静脈還流も促進される(呼吸ポンプ)。
気管支平滑筋の自律神経支配
・交感神経系(β2受容体):弛緩(気管支拡張)。気道平滑筋への交感神経の直接支配は乏しく、主に血中カテコールアミンが作用する。 ・副交感神経系(迷走神経、M3受容体):収縮(気管支収縮)、気道分泌の亢進。 喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の治療では、β2刺激薬と抗コリン薬がいずれも気管支拡張薬として用いられる。
POINT
・成人の肺活量は男性3,000〜4,000mL、女性2,000〜3,000mL程度。500mLは1回換気量。 ・加齢で残気量は増加、肺活量は減少、全肺気量はほぼ不変。 ・胸腔内圧は安静呼吸中は常に陰圧で、吸気時にさらに低下する。 ・臥位では静脈還流量が増え、肺血流量は増加する。 ・アドレナリンはβ2受容体を介して気管支平滑筋を弛緩させる(気管支拡張)。
