感染対策の主役は「手」にある―院内感染を断ち切る最強の一手
第100回医師国家試験 E問題 第48問
国試問題にチャレンジ
院内感染防止策として最も重要なのはどれか。
- a.手洗い
- b.マスク着用
- c.感染創消毒
- d.抗菌薬投与
- e.汚染物廃棄
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
院内感染の伝播経路として最も多いのは接触感染であり、その主な媒介は医療従事者の手指です。そのため、病原体や場面を問わず有効で簡便な手洗い(手指衛生)が、標準予防策の中核として院内感染防止策で最も重要とされます。目に見える汚れがなければ擦式アルコール製剤、汚れがある場合やノロウイルス・C. difficileの芽胞が関わる場合は石けんと流水を用い、WHOの5つのタイミングや手袋を外した後にも行います。マスクは飛沫・空気感染対策、創消毒や汚染物廃棄は補助的な対策であり、抗菌薬の不適切な使用はむしろ耐性菌やC. difficile感染症を増やします。標準予防策と感染経路別予防策の二段構えを理解することは、臨床実習初日から求められる基本的な実践力につながります。
解答・解説
正解はaです
院内感染(医療関連感染)とは、医療機関の中で新たに病原体に感染することをいい、入院患者だけでなく医療従事者の感染も含む。代表的な起因菌にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、緑膿菌などの薬剤耐性菌、クロストリディオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)などがあり、ノロウイルスやインフルエンザウイルスによる集団発生も問題となる。 院内感染の伝播経路として最も頻度が高いのは接触感染であり、その主な媒介となるのは、患者に触れたり汚染された環境に触れたりした医療従事者の手指である。そのため院内感染対策の基本方針である標準予防策(スタンダードプリコーション:感染症の有無にかかわらず、すべての患者の血液・体液・分泌物・排泄物・傷のある皮膚・粘膜を感染の可能性があるものとして扱う考え方)の中でも、手指衛生は最も基本的かつ効果の大きい手段と位置づけられている。 選択肢はいずれも感染対策に関係する行為だが、「最も重要」と問われれば、あらゆる病原体・あらゆる場面に共通して有効で、しかも簡便に実施できる手洗い(手指衛生)が答えとなる。
選択肢考察
- ○a. 手洗い
院内感染防止策として最も重要である。院内感染の多くは医療従事者の手指を介した接触伝播によって起こるため、手指衛生を徹底すれば伝播の連鎖を最も効率よく断つことができる。方法には、目に見える汚れがない場合に行う擦式アルコール製剤による手指消毒と、汚れがある場合やアルコールが効きにくい病原体(ノロウイルス、C. difficile の芽胞など)が疑われる場合に行う石けん(または抗菌性石けん:クロルヘキシジンやポビドンヨードのスクラブ剤など)と流水による手洗いがある。世界保健機関(WHO)は、患者に触れる前、清潔・無菌操作の前、体液に曝露した可能性のある後、患者に触れた後、患者周辺の環境に触れた後の5つのタイミングで手指衛生を行うよう推奨している。手袋を着用した場合も、外した後に手指衛生が必要である。
- ×b. マスク着用
有効な感染対策の一つではあるが、最も重要とはいえない。サージカルマスクは、インフルエンザや百日咳など飛沫で伝播する感染症に対する飛沫予防策、および血液・体液が飛び散るおそれのある処置での標準予防策の一部として用いる。結核・麻疹・水痘のような空気感染(飛沫核感染)する疾患では、医療従事者はN95マスクを着用する。いずれも特定の伝播経路・場面に限った対策であり、最も頻度の高い接触感染には効果が限られる。
- ×c. 感染創消毒
最も重要な対策ではない。感染を起こしている創の処置は、その患者個人の治療として行うものであり、院内での伝播防止に直接寄与する範囲は限られる。むしろ、創部から排出される膿や滲出液は他の患者への感染源になるため、処置の際には手袋などの防護具を用い、処置後の手指衛生を行うことが伝播防止の要点となる。なお、手術の際の術野消毒は、生体消毒薬を用いて切開部を中心に広範囲に行い、手術部位感染を予防する。
- ×d. 抗菌薬投与
院内感染防止策として最も重要なものではなく、使い方を誤ればかえって院内感染の問題を大きくする。抗菌薬の不適切な使用(不要な投与、広域抗菌薬の漫然とした長期投与、多剤併用など)は、MRSAなどの薬剤耐性菌の出現・選択や、腸内細菌叢の乱れによるC. difficile 感染症を招く。抗菌薬は培養と薬剤感受性試験の結果に基づいて適切に選び、必要な期間に限って使用する(抗菌薬適正使用)。予防的抗菌薬投与も、手術部位感染予防のように適応が確立した場面に限られる。
- ×e. 汚染物廃棄
院内感染対策の一環として必要だが、最も重要とはいえない。血液や体液が付着した物、使用済みの注射針などの感染性廃棄物は、非感染性廃棄物と分別し、バイオハザードマークを付けた密閉容器に入れて収集・運搬し、焼却などで感染性を失わせて処分する。使用済みの針はリキャップせず、耐貫通性容器に直接廃棄することで針刺し事故を防ぐ。これらは環境や医療従事者を守るうえで大切だが、伝播の主経路である手指を介した接触感染への対策としては手指衛生に及ばない。
標準予防策と感染経路別予防策
院内感染対策は二段構えで行う。 ・標準予防策:すべての患者に対して行う基本の対策。手指衛生、個人防護具(手袋、ガウン、マスク、ゴーグルなど)の適切な使用、呼吸器衛生・咳エチケット、患者に使用した器材の適切な処理、環境整備、リネンの取り扱い、針刺し防止などを含む。 ・感染経路別予防策:特定の病原体に感染している(または疑われる)患者に、標準予防策に上乗せして行う。 接触予防策:MRSA、C. difficile、ノロウイルス、疥癬など。手袋・ガウンの着用、器具の専用化、個室管理など。 飛沫予防策:インフルエンザ、風疹、流行性耳下腺炎、百日咳、マイコプラズマなど。サージカルマスク着用、患者間の距離の確保など。 空気予防策:結核、麻疹、水痘(播種性帯状疱疹を含む)。陰圧個室、医療従事者のN95マスク着用など。
手指衛生の実際
・擦式アルコール製剤:短時間で効果が高く、手荒れも少ないため、手が目に見えて汚れていないときの第一選択。 ・石けんと流水:手が目に見えて汚れているとき、ノロウイルスや C. difficile(芽胞)などアルコールに抵抗性の病原体が関わるとき。 ・手術前の手洗い(手術時手洗い)は、通常の手洗いより長時間かけて、抗菌性石けんや持続効果のある消毒薬を用いて行う。
院内感染対策の組織
医療機関には感染対策委員会や感染制御チーム(ICT)が置かれ、サーベイランス(発生状況の監視)、職員教育、抗菌薬適正使用の推進などを担う。
POINT
・院内感染の主な伝播経路は、医療従事者の手指を介した接触感染である。 ・したがって院内感染防止策で最も重要なのは手洗い(手指衛生)であり、標準予防策の中核をなす。 ・ノロウイルスや C. difficile ではアルコールが効きにくいため、石けんと流水による手洗いを行う。 ・マスクは飛沫・空気感染対策、抗菌薬の乱用はむしろ耐性菌を増やす。
