ピロリ陰性でも潰瘍は繰り返す―決算期の心窩部痛に効く「薬」と「禁煙」
第100回医師国家試験 A問題 第26問
国試問題にチャレンジ
36歳の男性。心窩部痛を主訴に来院した。10年前から十二指腸潰瘍の再発を繰り返している。夜遅くまで残業することが多く,食事も不規則になることが多い。喫煙60本/日を15年間。2週前から会社の決算期にあたり毎晩遅くまで仕事をしていたところ,心窩部痛が強くなった。血液所見:赤血球454万,Hb 13.4g/dL,白血球7,800。血液生化学所見:尿素窒素14mg/dL,クレアチニン1.1mg/dL。13C尿素呼気試験陰性。 対応として適切なのはどれか。2つ選べ。
- a.禁煙の指導
- b.絶食の指示
- c.酸分泌抑制薬の投与
- d.非ステロイド性抗炎症薬の投与
- e.ヘリコバクター・ピロリの除菌
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
十二指腸潰瘍の二大原因はヘリコバクター・ピロリ感染とNSAIDsですが、喫煙やストレスも攻撃因子と防御因子のバランスを崩し、発症・治癒遅延・再発に関与します。尿素呼気試験陰性でNSAIDs服用もない合併症のない再発性潰瘍では、プロトンポンプ阻害薬などの酸分泌抑制薬による治療と、禁煙をはじめとする生活習慣の改善が基本となり、再発例では維持療法も考慮されます。絶食は出血や穿孔などの合併症がある場合に限られ、NSAIDsは潰瘍を悪化させるため避け、ピロリ陰性なら除菌の適応はありません。なお尿素呼気試験はプロトンポンプ阻害薬や抗菌薬の服用で偽陰性になりうること、原因不明の難治性潰瘍ではZollinger-Ellison症候群を鑑別すべきことも重要です。原因に応じて治療を選び分ける考え方は、消化性潰瘍の日常診療の根幹をなします。
解答・解説
正解はa, cです
所見の整理
・36歳男性、10年来の十二指腸潰瘍の再発を繰り返している。 ・誘因:決算期の長時間労働(精神的・身体的ストレス)、不規則な食事、そして喫煙60本/日×15年(ブリンクマン指数900)という重喫煙。これらを背景に2週前から心窩部痛が増強しており、十二指腸潰瘍の再発と考えられる。 ・出血の評価:Hb 13.4g/dLと貧血はなく、尿素窒素14mg/dLも正常である。上部消化管から大量に出血すると、血液中の蛋白が腸管で吸収され尿素窒素がクレアチニンに比べて不釣り合いに上昇するが、それもない。したがって現時点で問題となる出血はないと判断できる。穿孔を示唆する記載(突然の激痛、腹膜刺激症状)もない。 ・13C尿素呼気試験陰性:ヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)は強力なウレアーゼをもち、服用させた13C標識尿素を分解して13CO2を呼気中に出す。これが陰性なので、H. pylori感染は否定的である。
診断と方針の考え方
十二指腸潰瘍の最大の原因はH. pylori感染であり、次いで非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)である。本例はH. pylori陰性で、NSAIDs服用の記載もないため、喫煙やストレスなどが関与した非H. pylori・非NSAIDs性の潰瘍再発と考えられる。 治療の基本は、①攻撃因子である胃酸の分泌を抑える薬物療法(プロトンポンプ阻害薬など)と、②増悪因子の除去(禁煙、ストレスや不規則な生活の是正)である。合併症(出血・穿孔・狭窄)のない潰瘍では絶食は不要で、H. pylori陰性であれば除菌の適応はない。
選択肢考察
- ○a. 禁煙の指導
適切である。喫煙は消化性潰瘍の発症・治癒遅延・再発の危険因子である。ニコチンなどにより胃酸分泌が増える一方、膵臓からの重炭酸分泌の低下、粘膜血流の低下、プロスタグランジン産生の低下など粘膜防御機構が損なわれる。十二指腸では胃から流入する酸を重炭酸で中和することが重要なため、この影響を強く受ける。本例は1日60本という重喫煙者で、再発を繰り返す大きな要因と考えられ、禁煙指導は治療と再発予防の両面で欠かせない。
- ×b. 絶食の指示
不適切である。絶食は、活動性の出血や穿孔など合併症を伴う潰瘍で、止血・安静や手術準備の目的に短期間行うものである。本例は貧血も尿素窒素上昇もなく、穿孔の所見もない合併症のない潰瘍であり、外来で治療可能である。現在は強力な酸分泌抑制薬で十分に治癒が得られるため食事制限の意義は小さく、長期の絶食は栄養状態を悪化させ粘膜の修復をかえって妨げうる。規則正しい食事をとるよう指導すればよい。
- ○c. 酸分泌抑制薬の投与
適切である。潰瘍治療の中心は、攻撃因子である胃酸の分泌を抑えることである。第一選択はプロトンポンプ阻害薬(PPI:壁細胞のH+/K+-ATPaseを阻害)またはカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB:ボノプラザン)で、十二指腸潰瘍では通常6週間投与する。H2受容体拮抗薬も用いられる。H. pylori陰性で再発を繰り返す例では、治癒後も酸分泌抑制薬による維持療法で再発を予防することが考慮される。
- ×d. 非ステロイド性抗炎症薬の投与
禁忌である。NSAIDsはシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害し、胃・十二指腸粘膜を守るプロスタグランジンの産生を低下させる。その結果、粘液・重炭酸分泌や粘膜血流が減り、潰瘍の悪化、出血、穿孔を招く。NSAIDsはH. pyloriに次ぐ消化性潰瘍の二大原因の一つであり、潰瘍の患者への投与は避けるべきである。心窩部痛に対する鎮痛目的であっても使ってはならない。
- ×e. ヘリコバクター・ピロリの除菌
不適切である。13C尿素呼気試験が陰性であり、H. pylori感染は否定的なので除菌療法の適応はない。除菌療法(PPIまたはP-CAB+アモキシシリン+クラリスロマイシンの3剤併用)はH. pylori陽性の潰瘍で再発を大幅に減らす有効な治療だが、感染がなければ効果はなく、抗菌薬による副作用や耐性菌の問題だけが残る。なお、PPIや抗菌薬の服用中は偽陰性となりうるため、検査前にこれらを一定期間(PPIは2週間以上)中止しておく必要がある。
消化性潰瘍の成因:攻撃因子と防御因子
攻撃因子(胃酸、ペプシン、H. pylori、NSAIDs、喫煙、ストレス)と防御因子(粘液、重炭酸、粘膜血流、プロスタグランジン、上皮の再生)のバランスが崩れて潰瘍が生じると考える。
十二指腸潰瘍と胃潰瘍の比較
・十二指腸潰瘍:比較的若年(20〜40歳代)に多く、胃酸分泌が亢進していることが多い。空腹時・夜間の心窩部痛が典型で、食事で軽快しやすい。H. pylori感染率が高い。 ・胃潰瘍:中高年に多く、食後の痛みが多い。胃癌との鑑別のため生検が重要となる。
H. pylori感染の診断法
・内視鏡を用いる方法:迅速ウレアーゼ試験、鏡検法(組織)、培養法 ・内視鏡を用いない方法:尿素呼気試験、血中・尿中抗体、便中抗原 尿素呼気試験は感度・特異度が高く非侵襲的で、除菌判定にも用いられる。PPI・P-CAB・抗菌薬・一部の防御因子増強薬は偽陰性の原因となる。
消化性潰瘍の治療
・H. pylori陽性:除菌療法(一次除菌不成功ならクラリスロマイシンをメトロニダゾールに替えて二次除菌)。 ・NSAIDs潰瘍:可能ならNSAIDsを中止し、PPI(またはP-CAB)で治療。継続が必要ならPPIなどを併用して予防する。 ・非H. pylori・非NSAIDs潰瘍:酸分泌抑制薬による治療と維持療法、生活習慣(喫煙・ストレス)の改善。H. pylori陰性でNSAIDsも服用していないのに難治性・再発性・多発性の潰瘍がある場合は、ガストリン産生腫瘍によるZollinger-Ellison症候群も鑑別に挙げ、空腹時血中ガストリンを測定する。 ・出血例:内視鏡的止血術。穿孔:手術または保存的治療(絶食・胃管・PPI・抗菌薬)。
POINT
・十二指腸潰瘍の二大原因はH. pylori感染とNSAIDs、増悪・再発因子として喫煙・ストレスも重要 ・13C尿素呼気試験陰性 → 除菌の適応なし(PPI服用中の偽陰性に注意) ・治療の基本は酸分泌抑制薬(PPI・P-CAB・H2受容体拮抗薬)+禁煙など生活指導 ・合併症のない潰瘍に絶食は不要 ・潰瘍患者にNSAIDsは禁忌 ・H. pylori陰性・NSAIDs非服用の難治性潰瘍ではZollinger-Ellison症候群も考える
