10年続く鼻のトラブルとにおいの消失―慢性副鼻腔炎が嗅覚を奪うしくみ
第99回医師国家試験 F問題 第27問
国試問題にチャレンジ
42歳の女性。最近,匂いが分からないことに気付いて受診した。10年前から粘膿性鼻漏,後鼻漏および鼻閉塞を自覚している。 嗅覚障害の原因として最も考えられるのはどれか。
- a.鼻中隔弯曲症
- b.アレルギー性鼻炎
- c.慢性副鼻腔炎
- d.副鼻腔囊胞
- e.上顎癌
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
嗅覚障害は、におい分子が嗅裂に届かない呼吸性、嗅上皮が傷む嗅粘膜性、嗅神経より中枢の障害による中枢性に分けて考えます。長期にわたる粘膿性鼻漏・後鼻漏・鼻閉に嗅覚障害を伴う場合は慢性副鼻腔炎が最も考えやすく、粘膜腫脹や鼻茸による嗅裂の閉塞が主な機序で、嗅覚障害の原因として最も多い疾患です。アレルギー性鼻炎は水様性鼻漏とくしゃみ、副鼻腔嚢胞は頬部腫脹や眼症状などの圧迫症状、上顎癌は片側性の血性鼻漏と進行性の経過が特徴で、鼻汁の性状と経過から鑑別できます。多発性鼻茸と喘息を伴い早期から嗅覚障害が強い場合は、難治性の好酸球性副鼻腔炎を想起することも重要です。症状の性状と経過から病態を読み解く姿勢は、耳鼻咽喉科に限らず日常診療の基本になります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・42歳の女性、最近になって匂いがわからないことに気付いた(嗅覚障害)。 ・10年前から粘膿性鼻漏(粘り気があり膿を含む鼻汁)、後鼻漏(鼻汁がのどの方へ流れ落ちる症状)、鼻閉塞(鼻づまり)が続いている。
診断に至る考え方
まず鼻漏の性状に注目する。粘膿性の鼻漏は副鼻腔や鼻腔の炎症で膿性分泌物が産生されていることを示し、くしゃみと水様性鼻漏が中心のアレルギー性鼻炎とは性質が異なる。次に経過である。一般に副鼻腔炎は症状が12週間(約3か月)以上続くと慢性と定義されるが、本例は10年に及ぶ極めて長い経過であり、慢性炎症性疾患を考えるべきである。また、これだけ長く大きな変化なく経過していることから、悪性腫瘍の可能性は低い。
嗅覚障害の機序
嗅覚障害は原因部位によって、におい分子が嗅上皮(鼻腔最上部の嗅裂にある)まで届かない「呼吸性(気導性)嗅覚障害」、嗅上皮そのものが傷む「嗅粘膜性嗅覚障害」、嗅神経より中枢が障害される「中枢性嗅覚障害」などに分けられる。慢性副鼻腔炎では、粘膜の腫脹や鼻茸(鼻ポリープ)が嗅裂をふさいで呼吸性嗅覚障害を起こすとともに、炎症が嗅粘膜に及ぶと嗅粘膜性障害も加わる。嗅覚障害の原因として最も頻度が高い疾患でもある。 以上から、長期の粘膿性鼻漏・後鼻漏・鼻閉に嗅覚障害を伴う本例は、慢性副鼻腔炎による嗅覚障害と考えるのが最も妥当である。
選択肢考察
- ×a. 鼻中隔弯曲症
鼻中隔(左右の鼻腔を分ける壁)が成長の過程で弯曲したもので、弯曲が強いと片側優位の鼻閉をきたす。高度の弯曲が嗅裂への気流を妨げれば嗅覚低下の一因となりうるが、それ自体は炎症性疾患ではないため、長年続く粘膿性鼻漏や後鼻漏は説明できない。本例の症状全体に合う原因とはいえない。
- ×b. アレルギー性鼻炎
IgEを介するⅠ型アレルギーで、発作性反復性のくしゃみ、水様性鼻漏、鼻閉が三主徴である。鼻粘膜の腫脹による鼻閉から嗅覚障害を起こすことはあるが、鼻汁は水様透明で粘膿性ではない。後鼻漏を伴う粘膿性鼻漏が主体の本例には合わない(ただし慢性副鼻腔炎との合併はよくみられる)。
- ○c. 慢性副鼻腔炎
副鼻腔の炎症が長期間持続する疾患で、粘膿性鼻漏、後鼻漏、鼻閉、嗅覚障害、頭重感などが主症状である。粘膜の腫脹や鼻茸(鼻ポリープ)によって嗅裂が閉塞し、においが嗅上皮に届かなくなる(呼吸性嗅覚障害)ことに加え、炎症が嗅粘膜に波及することで嗅覚が低下する。10年という長い経過、粘膿性鼻漏・後鼻漏・鼻閉という症状の組み合わせがすべて本症に一致し、嗅覚障害の原因として最も考えやすい。特に好酸球性副鼻腔炎では嗅覚障害が早期から強く出やすい。
- ×d. 副鼻腔囊胞
副鼻腔の自然口(排泄路)が閉鎖されて内部に分泌物がたまり、嚢状に拡大したものである。日本では上顎洞根治手術(Caldwell-Luc手術)の十数年〜数十年後に生じる術後性上顎嚢胞が多い。拡大に伴い頬部の腫脹・疼痛、眼球突出や複視などの圧迫症状を起こすのが特徴で、閉鎖腔であるため持続する粘膿性鼻漏や後鼻漏は典型的ではない。本例には手術歴や圧迫症状の記載もない。
- ×e. 上顎癌
上顎洞に発生する悪性腫瘍(多くは扁平上皮癌)で、片側性の悪臭を伴う血性鼻漏、鼻閉、頬部腫脹、歯痛・歯の動揺、眼症状などをきたす。症状は進行性であり、10年もの間同様の症状が続く経過は悪性腫瘍としては考えにくい。また両側性の症状を思わせる経過で、血性鼻漏の記載もない。
慢性副鼻腔炎
・定義:副鼻腔の炎症による症状が12週間以上持続するもの。 ・症状:粘膿性鼻漏、後鼻漏、鼻閉、嗅覚障害、頭重感、湿性咳嗽(後鼻漏による)など。 ・所見:鼻内視鏡で中鼻道の膿性分泌物や鼻茸を認める。単純X線やCTで副鼻腔の陰影(粘膜肥厚・液体貯留)をみる。CTは病変の広がりや手術適応の評価に有用である。 ・治療:保存的治療としてマクロライド少量長期投与(14員環マクロライドを通常量の半量で3か月程度)、鼻洗浄、ネブライザー療法など。無効例や鼻茸の大きい例では内視鏡下鼻副鼻腔手術(ESS)を行う。
好酸球性副鼻腔炎
成人発症で、両側の多発性鼻茸、篩骨洞優位の陰影、早期からの嗅覚障害、粘稠な鼻汁を特徴とする。気管支喘息(特にアスピリン喘息=NSAIDs過敏喘息)の合併が多く、末梢血好酸球増多を伴う。マクロライドの効果は乏しく、ステロイドが有効だが、術後も再発しやすい難治性の病型であり、指定難病である。重症例では抗IL-4/13受容体抗体(デュピルマブ)などの生物学的製剤も用いられる。
嗅覚障害の分類と主な原因
・呼吸性(気導性):におい分子が嗅裂に届かない。慢性副鼻腔炎、鼻茸、アレルギー性鼻炎など。 ・嗅粘膜性:嗅上皮の障害。感冒後(ウイルス感染後)、薬剤性など。 ・中枢性:嗅神経〜脳の障害。頭部外傷(嗅神経の断裂)、脳腫瘍、Parkinson病・Alzheimer型認知症などの神経変性疾患。 ・検査:基準嗅力検査(T&Tオルファクトメトリー)、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)など。静脈性嗅覚検査で反応がなければ予後不良の目安となる。
POINT
・長期にわたる粘膿性鼻漏+後鼻漏+鼻閉+嗅覚障害 → 慢性副鼻腔炎。 ・慢性副鼻腔炎は嗅覚障害の原因として最も多い。鼻茸・粘膜腫脹による呼吸性嗅覚障害が主。 ・アレルギー性鼻炎の鼻汁は水様性(くしゃみ・水様性鼻漏・鼻閉が三主徴)。 ・副鼻腔嚢胞は頬部腫脹・眼症状などの圧迫症状、上顎癌は片側性血性鼻漏・進行性の経過が特徴。 ・嗅覚障害+鼻茸多発+喘息 → 好酸球性副鼻腔炎を想起。
