透析の前にまず補液―多発性骨髄腫の腎障害を断ち切る「悪循環」の読み方
第120回医師国家試験 D問題 第49問
国試問題にチャレンジ
72歳の男性。全身倦怠感を主訴に来院した。3か月前から家庭菜園での作業時に息切れがあり,次第に口渇や全身倦怠感を自覚したため受診した。既往歴はなく,毎年健診を受診して異常を指摘されたことはない。身長170cm,体重65kg。体温37.0℃。脈拍92/分,整。血圧108/66mmHg。頸部リンパ節を触知しない。口腔内と腋窩は乾燥している。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。下腿に浮腫を認めない。皮膚のツルゴールは低下している。尿所見:蛋白1+,潜血(±)。血液所見:赤血球230万,Hb 6.9g/dL,Ht 20%,白血球7,700,血小板16万。血液生化学所見:総蛋白8.8g/dL,アルブミン2.8g/dL,尿素窒素56mg/dL,クレアチニン5.5mg/dL,尿酸8.3mg/dL,血糖102mg/dL,HbA1c 5.2%(基準4.9~6.0),Na 140mEq/L,K 5.0mEq/L,Cl 115 mEq/L,Ca 12.1mg/dL,P 4.5mg/dL。血清免疫電気泳動でM蛋白を認める。 腎障害に対してまず行うべきなのはどれか。
- a.血液透析
- b.尿酸降下薬投与
- c.生理食塩液持続投与
- d.エリスロポエチン製剤投与
- e.活性型ビタミンD製剤投与
対話形式の解説
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医学生
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医学生まとめ
高齢者の高度貧血、総蛋白高値とアルブミン低値の乖離、腎障害、高カルシウム血症にM蛋白が加われば、CRAB症状を伴う多発性骨髄腫を考えます。低アルブミン血症ではCaを補正して評価する必要があり、試験紙法の尿蛋白は軽鎖を過小評価しうる点にも注意が必要です。骨髄腫の腎障害は、高Ca血症による多尿・脱水と腎血管収縮、さらに軽鎖による円柱腎症が重なって悪循環を形成するため、まず生理食塩液の持続投与で脱水を補正し、Caの尿中排泄を促します。続いてビスホスホネートやデノスマブ、カルシトニン、ステロイドで高Ca血症を管理し、原疾患の治療を早期に開始します。活性型ビタミンDは高Ca血症を悪化させるため禁忌であり、透析は保存的治療で改善しない場合に考慮するという優先順位を理解することが、救急・病棟での適切な初期対応につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・72歳男性。3か月前からの労作時息切れ、その後の口渇・全身倦怠感。毎年の健診で異常なし → 比較的最近、亜急性に進行した病態である。 ・口腔内・腋窩の乾燥、皮膚ツルゴール低下、血圧108/66mmHg・脈拍92/分 → 細胞外液量の減少(脱水)。 ・Hb 6.9g/dL、Ht 20%(MCV=Ht/赤血球数×10≒87fL)→ 高度の正球性貧血。白血球・血小板は保たれている。労作時息切れは主にこの貧血による。 ・総蛋白8.8g/dLと高いのにアルブミンは2.8g/dLと低い → 両者の差(グロブリン分画)が約6g/dLと著増しており、異常な免疫グロブリン(M蛋白)の存在を示唆する。 ・尿素窒素56mg/dL、クレアチニン5.5mg/dL → 高度の腎機能障害。BUN/Cr比は約10で、腎前性の要素だけでは説明しきれない腎実質障害の合併がうかがえる。尿蛋白は1+と軽いが、試験紙法は主にアルブミンに反応するため、Bence Jones蛋白(免疫グロブリン軽鎖)が大量に出ていても過小評価されうる。 ・Ca 12.1mg/dL。低アルブミン血症があるので補正する:補正Ca=実測Ca+(4-アルブミン)=12.1+(4-2.8)=13.3mg/dL → 著明な高カルシウム血症。 ・血清免疫電気泳動でM蛋白陽性。
診断に至る考え方
高齢者の貧血、高蛋白血症(グロブリン高値)、腎障害、高カルシウム血症にM蛋白が加われば、多発性骨髄腫と考えられる。これらはCRAB症状(高Ca血症、腎障害、貧血、骨病変)と呼ばれ、多発性骨髄腫による臓器障害の典型である。骨髄腫細胞は破骨細胞を活性化して骨吸収を亢進させ、高カルシウム血症をきたす。 本例の腎障害は複数の機序が重なって生じている。 (1) 高カルシウム血症は尿細管で集合管の水再吸収を妨げ(腎性尿崩症様の多尿)、腎血管を収縮させる。多尿による脱水が腎血流をさらに下げ、腎機能低下 → Ca排泄低下 → 高Ca血症の悪化という悪循環に陥る。 (2) 免疫グロブリン軽鎖が遠位尿細管で円柱を形成して閉塞させる円柱腎症(骨髄腫腎)や、近位尿細管障害も腎機能を悪化させる。
設問の考え方
「腎障害に対してまず行うべきこと」は、可逆的で、かつ悪循環の中心にある要素、すなわち脱水と高カルシウム血症を是正することである。生理食塩液を十分に持続投与すると、細胞外液量が回復して腎血流と糸球体濾過量が改善し、ナトリウムとともにカルシウムの尿中排泄が促される。尿量が増えることで軽鎖の尿細管内濃度が下がり、円柱形成を防ぐ効果も期待できる。そのうえで骨吸収抑制薬などの高Ca血症治療と、多発性骨髄腫そのものへの化学療法を早急に開始する。
選択肢考察
- ×a. 血液透析
現時点で、補液や薬物では管理できない高カリウム血症(K 5.0mEq/Lにとどまる)、溢水・肺水腫(むしろ脱水)、尿毒症による意識障害・心膜炎といった緊急透析の適応を示す所見はない。本例の腎障害には脱水と高カルシウム血症による可逆的な要素が大きく、これらを補正すると腎機能が速やかに回復することがある。したがって最初に行う治療ではない。補液や薬物療法が効かない重症高Ca血症や、乏尿が続いて尿毒症が進行する場合には透析を考慮する。
- ×b. 尿酸降下薬投与
尿酸8.3mg/dLと軽度高値だが、これは腎機能低下と脱水による排泄低下を反映したものと考えられ、腎障害の主因ではない。脱水が補正されて腎機能が改善すれば尿酸の排泄も増える。化学療法開始時の腫瘍崩壊症候群の予防として尿酸降下薬を用いることはあるが、「腎障害に対してまず行う」処置としては優先度が低い。
- ○c. 生理食塩液持続投与
本例の腎障害を悪化させている脱水と高カルシウム血症の両方に同時に作用する、最初に行うべき治療である。生理食塩液の投与で循環血漿量が回復すると、腎血流と糸球体濾過量が増え、近位尿細管でのナトリウム再吸収に伴うカルシウム再吸収も減るため、尿中へのCa排泄が増える。尿量が確保されることで軽鎖の尿細管内濃度が下がり、円柱腎症の進行予防にもつながる。高齢者では心不全を起こさないよう、尿量や体重、呼吸状態を観察しながら投与量を調整する。
- ×d. エリスロポエチン製剤投与
腎機能低下によるエリスロポエチン産生低下(腎性貧血)が関与している可能性はある。しかしHb 6.9g/dLという高度の貧血は、骨髄腫細胞の骨髄浸潤による造血障害の影響が大きいと考えられる。いずれにせよ貧血に対する治療であり、腎障害そのものを改善させるものではない。効果発現にも時間がかかるので、まず行うべき処置ではない。
- ×e. 活性型ビタミンD製剤投与
活性型ビタミンDは腸管からのカルシウム吸収を促し、骨吸収にも働くため、血清Caをさらに上昇させる。補正Ca 13.3mg/dLの高Ca血症がある本例に投与すると、高Ca血症とそれによる腎障害を悪化させるので禁忌である。慢性腎臓病に伴う低Ca血症・二次性副甲状腺機能亢進症に用いる薬であり、本例の病態とは逆である。
多発性骨髄腫
・形質細胞が単クローン性に増殖し、M蛋白(単クローン性免疫グロブリンまたはその軽鎖)を産生する造血器腫瘍である。高齢者に多い。 ・臓器障害としてCRAB症状がある:C=高カルシウム血症(hyperCalcemia)、R=腎障害(Renal insufficiency)、A=貧血(Anemia)、B=骨病変(Bone lesions:打ち抜き像、病的骨折、腰痛)。正常免疫グロブリンの低下による易感染性、血液粘稠度の上昇(過粘稠度症候群)、赤沈の著明な亢進、末梢血での連銭形成もみられる。 ・診断には、骨髄中のクローン性形質細胞の割合(10%以上)、血清・尿の蛋白電気泳動と免疫固定法、血清遊離軽鎖(κ/λ比)、全身の骨病変評価(CT、MRI、PET-CT等)を用いる。
骨髄腫に伴う腎障害
・円柱腎症(骨髄腫腎):濾過された軽鎖が遠位尿細管でTamm-Horsfall蛋白(ウロモジュリン)と結合して円柱を作り、尿細管を閉塞させる。脱水、高Ca血症、造影剤、NSAIDsが誘因となる。 ・ほかに高Ca血症による腎障害、ALアミロイドーシスや軽鎖沈着症による糸球体障害(この場合はアルブミン尿が多くネフローゼを呈しうる)、近位尿細管障害(Fanconi症候群)がある。 ・試験紙法の尿蛋白は主にアルブミンを検出するため、軽鎖主体の蛋白尿は過小評価される。尿蛋白定量(スルホサリチル酸法等)と試験紙法の乖離が手がかりとなる。
高カルシウム血症の治療
(1) 生理食塩液の十分な補液による脱水補正と尿中Ca排泄促進(最優先) (2) 骨吸収抑制:ビスホスホネート製剤(ゾレドロン酸など。腎機能に応じて減量または慎重投与)、抗RANKL抗体デノスマブ(腎機能低下例でも使えるが低Ca血症に注意) (3) カルシトニン:効果発現が数時間と早いが、作用は弱く数日で効かなくなる(エスケープ現象)。ビスホスホネートの効果が出るまでのつなぎに用いる。 (4) 副腎皮質ステロイド:骨髄腫など造血器腫瘍に伴う高Ca血症に有効で、骨髄腫の治療にもなる。 (5) ループ利尿薬(フロセミド):Ca排泄を促すが、脱水を悪化させるおそれがあるため、十分な補液で循環血漿量が回復したあと、溢水の予防などの目的に限って用いる。 (6) 以上で改善しない重症例や腎不全例では、低Ca透析液による血液透析を行う。 並行して、原疾患である多発性骨髄腫への治療(プロテアソーム阻害薬、免疫調節薬、抗CD38抗体、ステロイド等)を早急に開始する。
POINT
・低アルブミン血症では補正Ca=実測Ca+(4-Alb)で評価する。本例は12.1→13.3mg/dLの著明な高Ca血症である。 ・総蛋白高値+アルブミン低値(グロブリン高値)、高度貧血、腎障害、高Ca血症、M蛋白 → 多発性骨髄腫(CRAB)。 ・骨髄腫の腎障害は、高Ca血症・脱水による腎前性障害と軽鎖による円柱腎症が重なる。 ・初期対応は生理食塩液の大量持続投与で脱水と高Ca血症を是正し、続いてビスホスホネート・デノスマブなどの骨吸収抑制薬、カルシトニン、ステロイドを使う。 ・活性型ビタミンDは高Ca血症を悪化させるので禁忌。透析は保存的治療が無効な場合に考慮する。
